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目先の保身に固まり、破滅していく国の人々

2012年04月11日 19:09

数日前、厚生労働省がフリーターの就職支援を強化するため、全国の主なハローワークに「わかもの支援窓口」を設置することを発表したというニュースがありました。

そのニュースの内容で、特に目を引かれたのは、その「支援」の対象年齢の上限が45歳とされていることです。
少し前だと、そういう行政による就労支援の対応は40歳ぐらいまでとされていた。もっと前だと、せいぜい35歳ぐらいまでにされていたと思う。

バブル景気が崩壊した後、学校を卒業しても就職が上手くいかなかった世代が、もう「若者」と呼ばれない年頃になっていることが端的に表されているのだなと感じられる。

日本の労働法は正社員の解雇に大きな制限を設けている。それで、特に力のある労働組合がある大企業とか官庁では、景気が悪くなって、国家の財政が厳しくなって合理化の必要性に迫られても、職員・従業員の数を削減しようにも、高度成長期やバブル期に大量に雇用した者をリストラすることができない。待遇も容易に下げられない。
だから、新卒者の採用を抑制するしかなかったのでしょう。

今、政府が来年の国家公務員の採用を半分近く減らすとか宣言したこともそうだ。それが今の若い世代の無業者・非正規雇用者の増加の主たる原因のひとつになっている。

そして、最近の内閣府の調査によれば、2010年春に学校を卒業した人のうち、就職できなかったり、就職から3年以内に退職する者の割合が大学・専門学校生で52%、高卒で68%(いずれも中退者を含む)に上ることが分かっている。

今の日本の長期的な出生数の減少は将来の社会保障の持続性を損ない、経済的な衰退にも繋がるから、それを阻止する対策が望まれていると言うが、若い世代の雇用の不安定さがそれの大きな原因のひとつになっている。

結婚しないから子供が生まれない。じゃあ、どうして結婚しないのかと言うと、特に男性の方の傾向だけれど、安定した正社員の仕事に就けないから、女性の親に結婚を認めてもらえない。
どうして、正社員じゃなければ結婚がなかなか認められないかというと、いきなり職を失う可能性のある状況だと、妻子は安心して養ってもらえないからだ。

もう、ここ十数年、議論が繰り返されてきた問題の基本的な因果関係よ。

「今更、当たり前すぎる話を繰り返すなよ」って言われそうだが、もう一度、立ち止まって考えてみろ。

企業はどうして、労働者をなかなか正社員で雇用しなくなったの?
それは景気の見通しが立たないから、定年まで雇用を保証したくないからだ。うっかり正社員で雇ってしまうと、景気が悪くなった時、会社は人件費の重さに耐えられなくて、倒産しかねないからだ。

個人の家族計画だってそうじゃないか。一度、子供を産んだら、普通だったら、20年前後は大きな負担をしなくてはならない。現代の日本社会の法・倫理観では、よほどのことが無ければ、その責任を途中で放棄することは許されない。
極端な話にすれば、公務員や東京電力みたいな会社に勤めているのでない限り、景気の見通しが立たない中では、なかなか踏み切れることではないですよね。

若い世代を正社員にしなければ、将来の社会の支え手が不足して、国力が衰退してしまうと懸念されているけれど、でも、国も企業も体力がギリギリになっているから、正社員を増やし過ぎると倒産してしまう。

それらは相反している現象で、普通に考えて、両者を同時に成り立たせることなど不可能じゃないかって思わないか?

このように、問題の構造を全体視していないか、見て見ぬ振りだから、「フリーターの正規雇用への就労支援」などという場当たり的なことしかしないのだ。


養老孟子の『バカの壁』という著書で、現代の日本人の「共同体」意識に関して、以下のようなことが述べられていた。

昨今は不況のせいで、どこの企業でもリストラが行われている。
しかし、本当の共同体ならば、リストラということは許されないことなのです。リストラは共同体からの排除になるのですから、よほどのことがないとやってはいけないことだった。
本来の共同体ならば、ワークシェアリングというのが正しいやり方であって、リストラは昔で言うところの「村八分」だから、それを平気でやり始めているあたりからも、企業という共同体がいかに壊れているかということがわかる。

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養老 孟司

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そうなのだ。企業は景気がとても良い時代は、「従業員は家族」みたいな調子が言いことをホザいていた。勤労者の大家族的に抱えて、生活を支えていることの社会的貢献をアピールしておった。
ところが、景気が悪くなったら、手の平を返したわけでしょ。

つまり、『北斗の拳』で、女戦士マミヤの村を襲撃し、南斗水鳥拳の戦士レイの妹のアイリを人質にした山賊“牙一族”の首領みたいな態度と同じですよ。
この首領は調子が良い時は、手下である息子たちに「オヤジ」と呼ばれ、自分も「息子たち」と呼びかけて一族の絆を尊重するような態度を見せていた。
ところが、ケンシロウとレイの策に騙されて窮地に追い込まれると、その息子たちを捨て駒にして自身だけ逃げようとして、「自分がいれば、代わりの子供は幾らでも作れる」と居直る。

「最近、震災で絆の大切さに気付いた」とかホザいている“キズナ厨”が増殖しているけれど、大半はこんなレベルじゃないかって気がするわ。

尤も、俺はそういうのを手厳しく批判する気も更々無い。部分部分は触れてきたけれど、生物として、人間の本質はそんなものではないかという結論に至りつつあるからだ。だから、動物も人間も、育てることが大きな負担になったら、自分の子供を殺す本能が備わっている。

でも、そういうのを忌避する倫理観が備わってしまったのが今の人間で、そういうことを回避できる知能もあるとも思いたければ、企業が特定の世代を労働市場から排除するやり方は、あまり懸命じゃないとは思いますね。
なので、労働問題に関しては、池田信夫や城繁幸あたりに近い考えを持っている。

極端な喩え話をすると、今の日本の雇用慣習をそのままで、出生数を上げさせるには、どういう政策をすればいいと思う?
それは、経済的な事情で養育が厳しくなった子供を捨てることを容認するように、法や社会の制度を改革することではないだろうか。
5年ぐらい前、熊本県の慈恵病院(だったかな)で、“こうのとりのゆりかご”っていう設備が設置されるようになったじゃないですか。
色々な事情で養育できない乳幼児を置いて、代わりに育ててくれる里親なり施設なりに任せることの橋渡しみたいな設備だったと思うが、その当時の宰相だった安倍晋三が強い不快感を示したんだよね。
親の責任放棄を助長しかねない設備は、好ましくないみたいな話だ。
そういう倫理観やそれに基づいたような法を改正して、子育てが負担になった時、その束縛から解放され易くしなければ、最初から子作りを躊躇する者が減らないのかも知れない。
極端に書いているけれど、産みの親の責任感を緩和する政策でなければ、多産化の効果が無いのではないかってことですよ。

雇用だって、そうでしょ。
例えば、企業に「正社員をもっと雇わなければならない。非正規雇用は駄目だ」って強制するような法律を作ったところで、今の経済情勢では却って、働く場所を失う人が増えてしまうっていう懸念が多いわけでしょ。
昔はそうではなかったものが、いつの間にか、国民の意識は何かに誘導されるように変化して、企業の福利厚生に従業員の生活や人生設計を面倒見させる考え方が薄れている。
会社はそんなものを背負う余裕は無いから、しょうがない。だから、2008年のリーマンショック後の大量解雇に対して、あまり強い批判はなかったのではないのか。
民主党政権がやろうしていた派遣労働に対する規制は、そこそこ議席を取り戻した野党の自公がイチャモンをつけて頓挫した。

つまり、企業の従業員に対する責任感を軽くしてやるから、国民は働く場所が得られるのだっていう理屈ですよ。
極端な話、それが今の少子化の問題にも当てはまるんじゃないかな。

でも、人権問題上、そんなわけにもいかないから、池田や城の主張みたいに労働慣習を根本的に改革して、若い世代に椅子を再分配するのが最善の政策なのだ。
そうしなければ、国全体の生産性の向上も望めないのだ。

ところが、既に安定した処遇に浴している層は自分たちの既得権益が目減りするのが嫌だから、そういう政策には賛成しない。
旧弊な政党の愚かな政治家は大局を見ず、そういう有権者に迎合なのだ。

橋下徹が率いる大阪維新の会の躍進は目覚しく、次の国政選挙で300人の候補者を擁立すると公言している。それで、200人以上を当選させ、過半数を本気で狙っているらしい。
その最悪の事態を避けるため、現在の与党はどうすればいい?

自民党もだけれど、今から、どう繕っても今までの失政を挽回して、特に若い有権者の心を取り戻せるとは思えないだろ。
この際、民主党と自民とは手を組んで、今すぐ議会を解散して、選挙をやってしまった方がお互いに傷が浅くて済むのではないかな。
橋下が何千人も集めた塾生の中から候補者を選定したり、選挙の準備をする時間のゆとりを与えたら、今の雰囲気では大惨敗しそうではないか。

思うのだけれど、橋下の背後にはかなり大きな力を持っている世界規模の闇勢力がいるのではないか。
大阪っていう自治体の財政赤字を解消するため、福祉予算の仕分けにも積極的になることをいつも公言している。
大阪という地域に限らず、今の日本の福祉の裏側には、様々な黒い利権団体が存在している。マルクス主義の政党、暴力団、日本で最も信者の数が多い新興宗教団体、在日朝鮮人の団体、江戸時代の被差別階級の出自の人権擁護を訴える団体。現状、日本で生活保護を受けるためには、そういう団体とのコネが必要である。何も後ろ盾が無ければ、窓口で追い返されるよな。
そういうのが全国の自治体の福祉の矛盾の解消の妨げになっている。大阪という土地だったら尚のことだろうけれど、命を狙われても不思議ではない。
既成政党の殆どと、そういう裏社会に暴力装置を持っていそうな団体を全部敵に回すようなことをやるくらいだから、余程の後ろ盾があるのではないかと勘繰ったりしてしまう。
一部で、市職員の組合活動に対する規制の手法をファシストと罵る声もあるが、確かにこれが日本の国政を牛耳れるようになったら、何を始めるか底が見えない末恐ろしさがあるな。

民主党政権の野田首相・幹部が今すぐ議会を解散できないのは、とどのつまり、与党も野党も、今すぐ解散しても選挙に勝って再選される自信の無い人々がゴネるからなんだろう。

変えなければならない疲弊した制度を自分たちの安穏とした生活が脅かされるのが困るからと言って、改革に反対する人々が選挙で選んだ政治家だ。
だから、問題を先送りにして、結局は全体的に大きな損失を招いてしまうという罠に気付かないんだろうな。

これが近未来の日本がディストピアとなってしまう歴史のシナリオの序幕かも知れないのにな。

日本の今後の自動車市場

2012年04月08日 03:41

近年の自動車業界は採算の悪化で、スポーツカーの開発に消極的になっていた。
「若者の自動車離れ」という現象がメディアで取り上げられるようになったのは、五年ぐらい前からだろうか。
トヨタ自動車は経営陣もその現象に危機感を募らせ、それに歯止めを掛けるため、利益を度外視で、「若者にも手が届く価格のスポーツカー」の開発・販売計画を立て、傘下に入れた富士重工とタイアップして、つい最近、販売が開始された。

しかし、そういう話を本気で額面通りに受け取っている消費者はどれだけいるだろうか?
本当に若者を対象にした物ならば、1,300~1,500cc程度の排気量のクラスにするべきで、3ナンバーの大きさの車種にするなんて、ありえない気がする。

下記の記事で取り上げられている専門店とやらも意味が分らない。

スポーツカー「86」専門店=全国に283店オープン―トヨタ

トヨタ自動車系列の販売各社は7日、新型スポーツカー「86」(ハチロク、排気量2000cc)の専門店「AREA86」を全国に283店オープンした。既に受注台数は8000台を上回り、月間販売目標の8倍以上に積み上がっている。上位グレードの納車は10月以降と半年待ちの状況で、人気を集めている。
 店内には、試乗車と展示車を用意するほか、専門スタッフを配置。「スポーツカー好きが集う大人のたまり場」をコンセプトに、86の走りを楽しめるような取り組みを実施。車離れが顕著な若者にもスポーツカーの魅力を訴えていく考えだ。
 名古屋市昭和区の店舗には午前9時の開店後、クルマ好きが続々と来場して大盛況となった。近所に住む会社員の松岡達哉さん(34)は「最近トヨタが出していなかった車でおもしろい」と評価する。試乗できるのは、大半の店舗で来週以降。「早く乗ってみたい」と話していた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120407-00000027-jij-bus_all

元々、こういうジャンルの車種に乗る人間はディーラーとは付き合わないで、個人個人でいじって楽しんでいくものなんだろ。
他でもない売る方が、メーカーのイメージの悪化を避けるため、改造車を締め出していた。
「スポーツカー好きが集う大人のたまり場」だなんて、ちゃんちゃらおかしいのである。
っていうか、「若者に」とか喧伝したそばから、「大人」がメインの購買層であることを認めているじゃないか。

まぁ、実は「若者の自動車離れ」と言われる現象に歯止めを掛けることとは別の深慮遠謀なのではないかと睨んでいる。

前もこういうことを書いたことがあるかも知れないが、これからの日本も結婚しない男女・独身者が増え続け、世帯辺りの人数が減少していく。
デカいミニバンの需要は頭打ちになって、少人数しか乗れないけれど、運転が楽しかったり、何か個性がある車種への需要が相対的に大きくなっていくのではないのか。

結婚しない理由は雇用が悪かったりして、経済的な条件が満たせないっていう要因もあるけれど、国民全体の人生観も変わっていて、経済的なゆとりがあっても、結婚によって自分の消費行動とか、余暇の過ごし方を束縛されることを忌避している者が増えているのだろう。

以下のような記事に対する有象無象の反応を見ても感じるが、男も女もわがままになっていて、相手に歩み寄らず、自分の世界を大事にする人が増えているのかな?

乗せて欲しいクルマは BMW、オープンカーはイヤっ…主婦の友調べ

主婦の友しあわせ総研は、女性誌『Ray』『mina』などの読者で構成された独自調査組織「主婦の友読者ネットアンケートクラブ」の女性会員1000人を対象に「女性のクルマ選び」についてのアンケート調査を実施した。

調査の結果、男性にクルマを所有してほしいという回答は73.7%。できれば所有してほしいという回答も含めると93.7%の女性が男性にクルマを求めているという結果となった。
また、クルマを持っていることでモテ度が上がるかとの問いには83.5%の女性がポイントアップすると回答した。

男性に乗ってほしいクルマのタイプでは、エコカー、ステーションワゴン、セダンが比較的人気だった一方で、オープンカーやスポーツカーなど「デートカー」と呼ばれていた車種の支持率は低め。特にオープンカーは軽自動車・コンパクトカーよりもNGという意外な結果になった。

続いて、男性に乗ってほしい具体的な車種名を聞いたところ、『BMW』が断トツで支持されており、次に『プリウス』『ベンツ』『ランドクルーザー』『アウディ』の順に人気があった。

調査の結果、女性は派手なスポーツカーより、控え目だけれども高級感のあるBMWやメルセデスベンツといった車種が好みのよう。「目立つ自動車はドン引き」、「改造車など、クルマにお金をかけ過ぎてる人はいやだ」という意見も多く、派手なクルマで誘われるより、落ち着きを感じるクルマは、男性に誘われる女性にとって安心感につながるのかもしれないと分析している。

《レスポンス 纐纈敏也@DAYS》

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120407-00000004-rps-bus_all

男も女も自分のしたいこと、欲しい物を我慢してまで結婚しなくなっている傾向があるんじゃないかな。
勿論、俺は安倍晋三的な価値観で、そういう意識を批判する気は更々無い。

ただ、今の国内市場で需要を掘り起こすには、こういうことに目をつけて、ラインナップを揃えていかなければならないんじゃないかなって話ですよ。
そして、トヨタはそういうのを察したから、こんな微妙なスポーツカーを試験的に投入してきたのかなと思ったのである。

大体、所帯持ちだって、家族全員で自動車に乗って出掛ける日なんて、限られているのだ。
カーシェアリングと呼ばれるシステムがもっと普及したりして、必要な時だけミニバンを借りて乗り易い環境が整っていったら、今までは家族で乗ることを考えて、しょうがなくミニバンを買っていたような層の次の購入対象が変化していくかも分らない。
普段の日は燃費が良く、小さくて運転し易い軽自動車・小型車にしてもいいし、或いは思いっきり趣味に走った自動車に乗ってもいいではないか。
そうすれば、メーカーだって、製造する台数が増えるわけだからな。

まぁ、トヨタがまた、スポーツカーに経営資源を割いたことに他のメーカーも追随しようとしている。本田はNSX、三菱はランサーエボリューションの新しいモデルの開発を計画しているのだろう。

業界全体がそういう雰囲気になっているのに、マツダは再来月でRX-8の生産を中止して、エコカーに集中するなんて言っているみたいだけれど、大丈夫なのか?

マツダって、1~2年ぐらい前、地盤の事業所で酷い事件が起こっただろう。期間従業員だか、派遣社員だか知らないが、そこでの勤務経験がある男がファミリアに乗って、事業所内を暴走して、社員を無差別に襲い、一人が死亡した事件だ。
よほど理不尽な目に合わされなければ、あんなこと、できないだろう。

http://www.mynewsjapan.com/reports/1427

上記のリンク先のようなパワハラによる過労自殺もあったし、どれだけブラックなんだろうな。
こんなメーカーが作った自動車なんか、どんな労働者の怨念が篭っているか分らないから、怖くて乗れないわ。
この会社はその内、もっと大きな不祥事が発覚して、信用を失って衰退していくんじゃないかって気がするぜ。

日本の自動車メーカーでもう一社、先が思いやられるところを挙げれば、日産だろうか。
エコカーの分野では、トヨタや本田に水をあけられ、巻き返しのために電気自動車のリーフを開発したら、昨年は福島原子力発電所で大事故が発生して、原子力発電への忌避感が一気に高まった。電気自動車をマトモに普及させれば、新しい発電所の建設が必要だけれど、今の世の中はそれどころじゃなくなってしまっているのだ。
なんて、ツキに見放された企業なんだろうか。何か、不運を呼び寄せるマイナスのオーラに満ちている会社かも知れない。

まぁ、ルノーの傘下に入ってから、一時の苦境は脱したものの、まだ病み上がりの財務内容なのに、役員が同業他社ではありえないほどの高額報酬を貪るようなことをしているから、天罰が下ったようなものかも知れない。
ルノーの軍門に下ってからか、スカイラインやフェアレディは不細工になったもんだ。デザインの国のフランス人が経営を握っていることが、信じられない出来である。

ワタミ従業員の過労自殺に思うこと

2012年03月25日 00:00

前々から、労働問題で悪評が知れ渡っていた外食産業のワタミで、女性従業員が長時間労働による過労が原因で発症した精神障害によって、自殺に追い込まれたという事件があった。
神奈川県労働局が遺族の請求で行った審査の結果、今年2月14日付けで、女性の自殺は過労による労働災害であることが正式に認定された。

同社の創業者であり取締役会長の渡邉美樹は当初、自身のTwitterで、「労務管理ができていなかったとの認識は無い」とのコメントを発表、ありえない居直りであった。
これに対して、ネットでも相当の批判的な声が上がっていた。あまりに厳しい批判が続いたから、「当社の認識と異なっており、今回の決定は遺憾」という声明を完全に撤回せざるをえなくなったようだがな。

基本的に俺も批判的だし、この会社の経営者の人物が嫌いである。
だけれど、ここは俺のブログだから、その辺の批判の声や労働問題を語っている論者と似たりよったりなことは書かないで、ちょっと別の視点から突っ込んでみたい。

このニュースが公になってから、渡邉美樹という経営者の遵法精神の欠如・非常識ぶりを晒す意図で、日本経済新聞社の刊行物に掲載されている物らしいが、作家の村上龍との対談で発言した以下の内容があちこちの掲示板・ブログでコピペされるようになったようだ。

ワタミ社長「『無理』というのはですね、嘘吐きの言葉なんです。途中で止めてしまうから無理になるんですよ」
村上龍「?」
ワタミ「途中で止めるから無理になるんです。途中で止めなければ無理じゃ無くなります」
村上「いやいやいや、順序としては『無理だから→途中で止めてしまう』んですよね?」
ワタミ「いえ、途中で止めてしまうから無理になるんです」
村上「?」
ワタミ「止めさせないんです。鼻血を出そうがブッ倒れようが、とにかく一週間全力でやらせる」
村上「一週間」
ワタミ「そうすればその人はもう無理とは口が裂けても言えないでしょう」
村上「・・・んん??」
ワタミ「無理じゃなかったって事です。実際に一週間もやったのだから。『無理』という言葉は嘘だった」
村上「いや、一週間やったんじゃなくやらせたって事でしょ。鼻血が出ても倒れても」
ワタミ「しかし現実としてやったのですから無理じゃなかった。その後はもう『無理』なんて言葉は言わせません」
村上「それこそ僕には無理だなあ」

これを読んだ人の大半は、ワタミという企業では、言い逃れようがないパワーハラスメントが日常的に行われているのではないかという悪印象を持つだろう。俺もそういう批判的な感想を持っている。
しかし、その一方で別のことを考えたんだけれど、ワタミの無茶苦茶な論理を聞いていると、何年か前に読んで、このブログでも拙評を書いて公開した一冊の本の内容を思い出して、色々と考えたんですよ。

『モチベーション・コントロール 勝てる男になる科学的手法』という本だ。

モチベーション・コントロール―勝てる男になる科学的手法

俺がしばしば、このブログの訪問者に一読を薦めているあの本の著者の別著だ。
男性向けのビジネス・自己啓発の本で、内容を全て説明するのは端折って、今回のテーマに関係のありそうなことに触れるだけに留めておくが、主に企業に勤める立場を中心に含めて、この社会で出世していくためには、自己の時間・体力・資力を削って、最初は見返りを殆ど期待できないボランティアをして、周囲の信頼を築いていくことの重要性というものが繰り返し説かれている。
例えば、同じ位の賃金をもらっている同僚の1.2倍は働かなければならない。それに見合った対価――残業代・休日出勤代を受け取れないのに時間外労働をさせられても愚痴をこぼしてはならない。サービス残業をすることは会社に対するボランティアをしたことになり、雇い主の信頼を得られる。
そうすれば、会社の経営が厳しくなっても、リストラの対象にはならないどころか、将来は役員への昇進の道が開ける。
(それをこなすモチベーションを自己の内に作る方法が、この本の主題なのだが)抜粋すれば、このようなことが書かれている。

簡潔に言うと、この本の著者がボランティアと呼ぶものは、遠い将来まで見返りが期待できない奉仕・低賃金労働を他者にし続けることなのだ。
今の競争が厳しい社会では、既得権益に乗っかることができなければ、それをやり通せる人しか浮かび上がれないようになっているようだ。

実例として、以下のようなことも書かれているが、テレビ業界の製作会社では、時給1,000円に満たないアルバイトの身分で働かされているアシスタント・ディレクターがおる。彼らはその給料に見合わない激務を強いられるけれど、それに不満を漏らさず、耐え抜いて給料分以上の働きをした奴が正社員に昇格して、責任を負わされる仕事を更に続けていけば、テレビ局やら電通などとのコネもできて、自分の懐に莫大な利益が転がってくる機会に恵まれるようになるし、AKBに所属しているようなアイドルとも結婚できるかも知れないぞ。

付け加えると、この社会のそういう法則は、ハンディキャップ原理として生物学的に証明されているんだそうだ。確か、『利己的な遺伝子』にもそんなことが書かれていた気がするが、猫が自分の舌で他の固体の頭を舐める行為もそれに該当するらしいな。

ここで、ワタミというブラック企業のことに話を戻すけれど、もう言わんとすることは察しがつくだろ。
ワタミグループって全社を挙げて、矢鱈とボランティアをやりたがっていて、従業員にもそれを強いているところがあるよね(休日にボランティア活動するように宿題を出されたりするらしい)。
渡邉美樹っていう人物は今日の成功を得るまで、相当の苦労人だったわけだけれど、正に上記のモチベーション・コントロールに書かれているようなことを実行してきたわけではないか。
自分の成功体験があるから、従業員にもそれを真似してもらいたいっていう考えがあるのかも知れないな。

ここで誤解されたくないから言っておくけれど、俺はワタミを擁護する意図でこの記事を書いているわけではない。そんなつもりは全く無いことを断言する。

この渡邉美樹は社員に対して、「ビルから飛び降りろ!」とか「何も食べなくても感動を食べれば生きていける!」なんて言葉を普通に吐いているらしい。
要するに、「死ぬ気でやれば、どんな目標も実現不可能じゃない!」という発破なのだろうな。

今時、ワタミに限らず、こういう会社が日本には多いけれど、もう、ボランティア強制社会ですね。

俺はこのブログで、自分が仮に作った“自殺力”という言葉を使ったタイトルの記事を書いてきた。
ワタミに限らず、社員教育や自己啓発系のセミナーなんかで、「死ぬ気でやれば」的な言葉を用いられることが少なからずある。
確かに人間の中には、何かに挑む時、“死ぬ気でやれば”、普段は眠っていた力を目覚めさせる可能性が存在し、だからこそ、大袈裟な話ではなく、今日までの人類の歴史や科学技術の発展があることは誰にも否定できない。
つまり、幣ブログでは、そういう概念のことを仮に《自殺力》と呼ぶことにしている。
でも、“死ぬ気”で挑戦した人の全てがそれらの発展・成功に寄与できて、天寿を全うしたわけではなく、本当に死んでしまった人も多くいた。
逆に言うと、今月は“自殺予防月間”とやららしく、政府は自殺を減らそうなんて言っているらしいが、人間の殆ど全ての自殺行為は、普段は眠っている自分の能力を引き出して、自分が叶えたい願いを実現させたり、自分の今の苦境を打開するために行われるのではないかというのが、生物学で分ってきたことらしい。
そういう言葉を使いたがる人にそういう認識があるかどうかは兎も角、「死ぬ気でやれば」っていうのは、比喩ではないのだ。
これは去年から、『まどか☆マギカ』の拙評の記事でも散々、書いてきた概念である(このアニメの内容は、そういうことを意味していると解釈したから)。

おそらく、ワタミの創業者もそうだと思うけれど、裸一貫から成功して、並の人が一生掛かっても稼げないような財を築いていたり、高い地位についている人は大抵、自殺行為を体験してきたことになる。

渡邉美樹の「反省している」なんていうのは本心ではない。どこかの非行青少年矯正施設のヨットスクールの校長と同じで、自分の思想は正しいと信じて疑わず、してきたことが間違っていただなんて露ほども思っていないに違いない。

俺が言いたいことは、そういう成り上がりの経営者が“自殺”を強いられるような環境で苦労してきて、財と地位を築いたという立志伝を誇るのは構わない。
だけれど、それ――つまり、“自殺行為”によって、普段は眠っている自分の能力を覚醒させること――を従業員とか、“最近の意欲の低い若者”とかに強要するようなことは間違っていると思う。

究極的に人間は“自殺”するように創造されているから、「自殺はいけない」「予防しましょう」だなんて綺麗事のキャンペーンばかりやって無くせるとは思えないし、誰かが自殺しようとしているのを他者が阻止する権利など無いと思う。それの積み重ねの上に、今日の我々の生活が成り立っている以上は……。

その一方で、他者に対して、特定の目的のために自殺を強いる権利なんか、誰にも無いとも考えている。
そういう考え方に基いて、ワタミのような企業の経営者が罪作りであることは、全く否定のしようがないということになる。

とどのつまり、信用できるものは自分で判断しなければならないということ

2012年03月24日 13:42

埼玉県にある結婚相談所が誇大広告を出したこと、虚偽の事実を謳っての勧誘行為を行ったことで、県は特定商取引方に基づき、半年間の業務停止命令を出したそうです。

市町広報に誇大広告 結婚相談所 県が業務停止命令
鶴ケ島市などの自治体広報紙に誇大広告を載せるなどしたとして、県は二十一日、特定商取引法に基づき、「結婚相談所MBR」を運営する「ジェーティーコーポレーション」(川越市)に対し、二十二日から六カ月間の業務停止命令を出した。広報紙の有料広告欄に「登録料三万円」「結果が出た時に料金をいただく『成功報酬型』」との広告を掲載していたが、実際は登録時に約三十四万円を支払わせていたという。県はこれまでに鶴ケ島市と毛呂山、川島両町の広報紙で、同社の誇大広告を確認したという。

 県によると、同社は二〇〇四年ごろに結婚相手の紹介事業を開始。独身の息子や娘がいる親に「代理婚活」を勧める電話をかけ、子の名前を登録するよう勧誘していた。ホームページでは「成婚者数日本一」と虚偽の事実もうたっていたが、県内の消費生活支援センターには「自治体の広報紙に広告が掲載された会社なので信用した」との声も寄せられたという。

 鶴ケ島市は昨年十二月までに同社の広告を計十三回掲載。市の担当者は「文面上は問題ないと判断した。市は広告内容に責任を負う立場ではないが、『市がお墨付きを与えた』と誤解を招かないような対策は今後の検討課題」としている。 (杉本慶一)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/20120322/CK2012032202000030.html


この会社のWEBサイトを拝見したら、経済産業大臣認定を取っていて、安心・信頼して任せられることをアピールしていて、社会貢献を謳っているけれど、実際にはえげつないことをやっていたわけですね。
もう、“婚活”っていう流行語が蔓延る前から、結婚相談所のトラブルは横行していたわけだけれど、そういう利用者の不安を解消するためにMCSAという業界団体も設立されたのだろ。
ところが、それに所属している会社がこういうことをやらかしたら、何を基準に業者を信用すれば良いのか、分らなくなりますね。

それは兎も角、今の日本の社会では様々な要因が重なって、過去に比べて、平均初婚年齢が上昇の一途で、中には一生結婚しない層も多分に含まれている。

そして、日本の社会は欧米と比べて、それを偏見の目で見る雰囲気が強いからなのか、婚外子の数が少ない。若年層の婚姻数の推移がそのまま出生数の増減に比例しているようだ。
だから、人口の増減が経済や社会保障に与える影響を憂慮していることを標榜している政府は、以下のニュースのような構想を立てたりしているのだろう。

「結婚優遇税」、財務相に提案
安住財務相が、社会保障と税の一体改革について県民と意見交換する「『明日の安心』対話集会in茨城」が20日、茨城県取手市寺田の福祉交流センターで開かれ、安住氏は「社会保障を安定して続けるために消費税増税は不可欠」と訴えた。

 集会は政府が全国で開いており、この日は県内から33人が参加した。

 安住氏は消費税増税の必要性や低所得者への配慮などについて説明し、「人口が増えなければ経済は良くならない。増税分は、社会保障の中でも特に子育て支援に充てる」とした。

 出席者から、結婚や子育てを税制面で助ける「結婚優遇税」の創設を提案されると、安住氏は「若い人が結婚し、子育てしやすい社会にすることは政治の最優先課題」と述べた。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120321-OYT1T00333.htm
(2012年3月21日19時27分 読売新聞)

婚姻者には何らかの課税を優遇で軽減すれば、婚姻数が増えて、少子化対策になるだなんていう発想だけれど、あまり効果は期待できないのではないかという気がする。

だって、現在の時点でも単身者は既婚者の世帯と比べて、高い税・保険料を負担させられているし、実家で親とかと同居している人は兎も角、一人暮らしは基本的に生活費が割高じゃないですか。電気代や光熱費もそうだし、家電も一通りそろえなければならないし、自炊するならば、食材だって割高な少量のパックを購入するだろ。自治体の行政サービスだって、老人や子供のいる世帯と比べれば、独身者が恩恵を受けられることは全然少ない。

今の社会の現状だって、貧しい一人暮らしの若者が経済的な楽を手に入れるためには、結婚して、一人当たりの生活コスト・納税を削減した方が良いのだ。

欧米の諸国で、成人した子供が親と同居するのは好ましくないみたいな考え方がある国では、日本と比べて、若年層の婚姻率は低くなくて、先進国の中では出生率も下位ではない。
ハッキリした統計資料はどこにあるか分らないし、記憶も曖昧だけれど、山田某という学者の“パラサイト・シングル”を主題にした本にそんなことが書かれていた。アメリカの若者は親に寄生できないから、実家から出て行ったら、比較的早く結婚するみたいな話だ。

だけれど、日本の場合は逆に経済的なゆとりがなければ、結婚できない風潮が濃いじゃないですか。
それはパラサイト・シングルに限らず、一人暮らしの人の意識でも強くあるような気がする。
有り体に言ってしまえば、経済的にキツくても独り身の生活を捨てられないっていうような意識の人が、他国と比べて高い割合でいるのではないか。
まぁ、俺個人の仮説レベル――確たる根拠をまだ探してはいないので、断言はできないのだけれど……。

それと、日本は他所の国と比べて、正社員以外の就業形態の社会的地位が低いのもそうだけれど、経済的に安定しなければ、結婚してはいけない風潮も強い。
特に男性は、殆どの結婚相談所で入会資格に安定した職に就いていることを要求される。
経済的に厳しいからこそ、結婚するべきだみたいな考え方が当たり前の国もあるというのに、日本はまず、自己努力でそれを克服することを要求される。それができれば、性格が合うかどうか分らない他人と連れ添おうとは益々、考え辛くなる面があるのではないか。

それに日本人は他国人と比べて、孤独を愛する傾向も強いかも知れないですね。最近、独居者の孤独死が社会問題としてクローズアップされるようになっているだろ。
今のところ、他所の国の同じような事例を紹介したメディアは見かけないけれど、もしかすると、日本の社会特有の問題なのかも分らない。

年収が300万円に満たない層で、非婚者の割合が著しく高いけれど、つい最近のニュースで、「最近の若者は大卒で5割、高卒で7割近くの奴が卒業しても無職かフリーター、或いは新卒で就職できた会社を3年以内に辞めているっていう記事があった。

これ以上、既婚者を税制で優遇したり、「子ども手当て」みたいなものをばら撒いたりしても、婚姻数は増えないだろうな。

だから、若年層の雇用の改善とか、今の企業に従業員の生活設計の面倒を見るゆとりが無いなら、昭和の高度成長期・バブル期までは企業が担っていた役割を政府が替わってやるなどする対策をするべきだという発想が自然に導かれると思うんだけれど……。
でも、政府も財政が火の車で、十分な対処ができるわけないから、誰が総理大臣・厚生労働大臣・少子化担当相になっても、上辺だけの綺麗事でお茶を濁すことの繰り返しなのだ。

そもそも、年金といい、原子力発電所といい、碌なディスクローズできておらず、詐欺ばかりの政府が、「若い人が未来に希望を持って、結婚して子育てできる社会にすることは政治の最優先課題」みたいな綺麗事をホザいても、誰も当てにできるとは思えないだろう。
大体、今はある程度の豊かさや平和は確保されているけれど、それがいつ瓦解するか分らない国で、子供なんて産んだって可哀相だ。

福島の原子力発電所から漏れている放射能の危険について、政府も電力会社も正確な情報を公開しているかどうか怪しいところがあるし、年金も言うに及ばないし、結婚相談所だって、経済産業大臣が「安心して利用できますよ」って太鼓判を押している業者が、今日の冒頭で紹介したニュースみたいな詐欺行為を平然と行ってきた。
インターネットは②チャンネルもウィキペディアも嘘が多いし、ツィッターにはデマが流されることも多い。
俺が書いているこのブログもトンデモ文章だしな。

もう、国の対策はどうすればいいとか、そういうレベルの話を続けてもしょうがない。
つまるところ、ありとあらゆる人物・組織・情報の中から、信用できるものと疑わなければならないものを選別できる感覚を個人個人が自分で身につけるしか、生きる道がないではないか。
今、経済的にゆとりがあろうが無かろうが、それを正しく身につけた人間だけが、互いの人生に恩恵をもたらす伴侶とかを見つけられるんだろうな。そんな気がしてならない。

今日の記事は書き始めた時に意図していたことと別の落ちになって、タイトルのつけ方には迷った。「とどのつまり、信用できるものは自分で判断しなければならないということ」が今日の一貫したテーマになるのかな?

“人魚”と“ひとつなぎの秘宝”

2012年03月03日 08:00

昨年、このブログで『啓示』という題名の記事を二本ぐらい書いた。

ちょうど去年の今頃は『まどか☆マギカ』っていうテレビアニメが俄かに話題になってきたんだけれど、その内容にとても驚かされたことがきっかけだった。

もう読んでくれた人には説明はいらないけれど、例の震災・原発の事故が起こる直前、件のアニメの虚淵弦という脚本家が、本作の内容を原子力発電に例えた話題に触れ、「作中におけるキュゥべえの契約を、電気代を無料にすると言われて家の裏庭に原子炉を置かれるようなものである」と例えたことがあるからだ。

俺はその話を知って、流行する漫画とかアニメは近い将来、起こる事件とかを暗示しているところがあるのではないか。
少年ジャンプの『ジョジョの奇妙な冒険』の第三部に登場した、持っている漫画・書物に描かれることが現実になってしまう魔法の本、描いたことが現実になる呪いの筆みたいな物がこの世には本当に存在するのではないかという想像について。自分の拙い考えを書いてきたのだ。

今回の記事はその続きになるけれど、ここ1年ぐらい、気になっていることを書いてみたい。

今日の題名の人魚とは何かというと、最近は人魚が登場する漫画が目立っているなと気になっているという話だ。

『まどか☆マギカ』では、グリーフシードの穢れを溜めてしまった結果、“美樹さやか”が人魚のような姿の魔女になってしまったよな。
言わずと知れた、今、国民的人気を博している少年漫画の『ONE PIECE』には、“人魚の姫”の“しらほし”が物語の重要な鍵を握って登場している。
そして、去年の9月に発売されたと思うんだけれど、『ベルセルク』っていう漫画の単行本の36巻目には、話の重要な鍵を握っていそうな登場人物が人魚に化けるっていう展開があった。
また、3年ぐらい前になるけれど、『崖の上のポニョ』とかいう映画もあったし、2010年に公開されたドラえもんの劇場版は、人魚が登場する話だったらしい。

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人気のある漫画で、こういう風に揃ってやったように人魚という空想上の生き物が登場させられていることについて、何か変な意図・不思議な力が働いていたりするのではないかと思えてならない。

『魔法少女まどか☆マギカ』について、ネットで大勢の者が考察を披露しているようだが、さやかが魔女になった姿が人魚なのは、デンマークのアンデルセンが書いた“人魚姫”の童話の内容の照応だというような説が固まっているわけだ。
その姿は魔法少女になったことで報われなくなった恋と元の人間の身体に戻れないことによる絶望感を表しているというような解釈でいいかな?

人魚という空想上の生き物はどこの国の神話・民話にも登場するらしいが、欧州では南欧のギリシアでもゲルマン系の北方諸国でも、船乗りにとっては不吉な生き物であるというイメージが定着しているようだ。
大体、船乗りを誘惑したりして、船を難破させる災いの元凶ということになっている。

『まどか☆マギカ』の作中、美樹さやかが魔法少女になって、自分の肉体が死んでいることの絶望の深さのあまり、魔法少女になっていない“鹿目まどか”に対して、醜い嫉妬の感情を露にする場面がある。

これに対して、様々な感想を持たれているだろう。

魔法少女まどか☆マギカ DXフィギュア vol.2 美樹さやか

このアニメ作品の“魔法少女の契約”を金融や保険や雇用などの契約に例える解釈がある。
大阪市長のハシシタみたいなのが典型的だけれど、よく、社会のルールとか、契約の内容を確かめないで契約を結んで、後から内容に文句を言い立てるのは筋違いという自己責任論が、今の社会の主流になっている。
これは「本当にそれでいいのか?」みたいな問い掛けが視聴者に投げ掛けられていると見ることも確かにできるのかもな。

相手がよく理解していないことをいいことに、理不尽な契約を押し付けて、暴利を貪るのは現代の資本主義の総本山のアングロ・サクソンの国のお家芸よ。

そういうグローバリズムに対する反動というか、これによってもたらされる弊害について、あの山田とかいう社会学者の『希望格差社会』だなんていう本に書いてあったけれど、各社社会の負け組に区分されるであろう階層の人間の嫉妬心を軽視・放置していたら、深刻な社会問題に発展してしまうという警鐘が鳴らされていた。
そのあまりに分り易い例、起きてはならなかった事件こそ、2008年の6月に東京・秋葉原で起こった非正規雇用労働者による無差別殺人事件だ。

何というか、自分が不幸になる・不遇な境遇を感じると、幸福そうにみえる奴に憎悪してしまう感情だよな。

去年、ニューヨークのウォール街とかで、富裕層だか、今の資本主義の社会なんかを批判するデモとかが行われたっていうニュースが国際欄にあったけれど、そういう運動の根底にも黒い嫉妬心があるのだと思う。

中世期、海には人魚がいて、その果ては魔女が棲んでいる滝になっていると恐れられていた。
大航海時代にそういう海の恐怖を克服してきた欧州の諸国が現在の資本主義のシステムを築き上げて、それで繁栄を謳歌してきたわけだよな。

でも、それが曲がり角に差し掛かっているわけよ。
大袈裟に聞こえてしまうだろうけれど、日本のアニメとかで、人魚という空想上の生き物がやたらと登場している現状は、今日の資本主義・グローバリズムと呼ばれているシステムの矛盾が爆発する寸前であることを象徴しているように思えてならない。

今の世界のグローバリズムの勝ち組国家は大体、航海術・海軍力に長けたことで成り上がってきた歴史があるだろ。
人魚はグローバリズムのルールのゲームでの負け組の黒い嫉妬心の象徴であり、船乗り・航海士の天敵ってことになるだろうか。

根拠の無い妄想と思うか?

ここ十年ぐらいだろうか。『ONE PIECE』という人気漫画が流行るようになってから、海賊が新聞の国際欄を賑わすようになっただろ。
単に海賊が商船を襲撃して、人質を取って身代金を要求しているというニュースもそうだけれど、ドイツで400年ぶりに海賊行為に対する刑事罰を審議する裁判が改定されたとか、昔の有名な海賊の遺品が見つかったとか……、そんなニュースがやたらと目立つではないか。
ジャンプの『ONE PIECE』っていう漫画が、世界がそういうふうになることを暗示していたようにも思えてならないんですよ。

もうひとつ、恐ろしい妄想をしているのだけれど、件の漫画に登場する海賊たちが最終目的にしている“ひとつなぎの秘宝”の正体がハッキリしたら、どうなってしまうんだ?
多分、空白の100年間の歴史に関することなんだろうけれど、作中の“世界政府”はそれが公になってしまうことを恐れているわけだろ。それがバレたら、今の権力者はその地位を保っていられなくなるような内容なんだろうな。

この日本の大人気漫画のストーリーが我々の現実の世界の行方も暗示しているのではないかと思えてきているんだけれど、“ひとつなぎの秘宝”の正体が明らかになる時、今の国際社会のシステム・秩序が根底から引っ繰り返るような世界規模の大事変が起こるのではないかという妄想をしているのである。

この漫画で「“世界政府”が設立されて、今の体制が出来上がったのは、800年前」っていう設定になっているけれど、これはちょうど、今の日本人が“イギリス”って呼称している国家の勃興の歴史の長さと一致している。

どういうことかというと、今のイギリスの王室の父祖は、11世紀にヴァイキングの首領の末裔で、フランスの王の臣下だったノルマンディーの公爵とされているが、それから200年ぐらいはフランスの王の家臣という意識が薄くなくて、歴代の国王の名前はフランス語っぽい人物ばかりだった。
それが変わったのは、13世紀に入ってからで、今日のイギリスの憲法の土台になっているマグナ=カルタが制定されたのもそうだし、初めてアングロ・サクソンっぽい名前の国王(エドワード)が即位して、日本人には奇妙な話に聞こえるけれど、当時のイングランド人はそれでようやく、自分たちはフランス人ではなく、イングランド人なんだという民族意識が固まったと言われている。

それが今から遡ること800年ぐらい前のことで、今の世界はこの国とこの国から派生したアングロ・サクソンが築いてきたルール・システムに牛耳られているところが大であることは、誰も異論を挟まないと思う。

だけれど、極東の国で生まれた『ONE PIECE』という漫画の展開は、そういう世界の今日の秩序が転覆してしまう近未来を暗示しているのではないかというのが、俺の妄想していることなのである。

米帝がイランを叩き潰せば、最近の記事で書いたとおり、インドに対する抑止力が無くなって、新世紀エヴァンゲリオンの世界みたいに、印パの衝突に端を発する世界大戦が勃発する。
それで、謎のタイム・トラベラーのジョン・タイターがいたとされる未来世界と同じような道筋をこの世界も辿っていくことになる。
核戦争で荒廃した世界で人類は戦に疲れ果て、国家間の交通、交易も衰退して、各国は孤立状態に近く、今日みたいな国際社会はもう成り立っていないという。

TPPもそうだけれど、文化とか言葉が違うもの同士を強引に混ぜたり、必要としていない商取引を武力で恫喝しながら強いたりというグローバリズムの過ちの高い代償を全人類で支払わされることになるのだろう。

日本の国で、漫画とかアニメを介して、これだけの啓示が下されているということは、日本人という民族はそういう最悪の歴史を回避するために働かなければならない義務が天から課されているのかも知れないな。

それなのに、国民の生命と財産を質に入れて、碌でもない国家の侵略行為の片棒を担ぐことばかりしている為政者がのさばっておるのだけれど。

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