駄猫の時事放談

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祝福される子と祝福されざる子 

「乙武洋匡ブログ炎上」について、もうひとつ記事を書きます。

例の記事に対して、ブログのコメント蘭に批判、失望、罵倒、侮蔑といったネガティブな書き込みをしている奴は、二通り(三通り)にカテゴリー分けできると思う。

まず、一つ目は、皇族という隔たりを抜きにしても、新しい命が誕生したことについて、素直に喜びを見せないどころか、「何がめでたいのか?」という皮肉っぽいことを書いたことに対する批判だ。ここには、「今までは乙武さんのファンだった」と自称する人が含まれている。
二つ目は、勤皇の右翼や保守主義者で、非国民呼ばわりせんばかりの内容だ。
そして、三つ目は、一見、上記の非国民呼ばわりと同じような文章だが、誹謗中傷そのものの書き方で、「右翼とか、保守主義者はイタイ奴」というイメージを世間に広める意図で、そういう書き込みをしている左翼だと思われる内容だ。

俺は乙武を擁護する気は更々、無いのだが、そういう書き込みをしている人間に対して、軽く突っ込みを入れたいことがある。

私は「天皇家の慶事をおめでたいとは思わない。祝わないぞ!」と堂々と主張することも規制されないのが、今の日本という国だと思っている。そうじゃなければ、この国は半島北部軍政権国や大陸の共産主義一党独裁国家と同類ってことになりかねないんじゃなかろうか。

それでも、私の中学校時代に先帝が崩御された後、今の天皇が即位する時、「俺たちは祝わないぞ!」などと叫んでいる団体をテレビで観たが、わざわざ、そんなことを叫んでいる人間がいることについて、失笑のようなものを覚えた記憶がある。

それから、誕生した皇子が多くの国民から祝福を受ける一方で、望まれずに産まれ、親に捨てられたりする子供がいる現実について、複雑な感情を持っていることを打ち明けている人もいる。

杉村太蔵あたりなら、「皇族の子だろうと、フリーターのカップルの子だろうと、日本の国にとっては貴重な宝です!」と公言して憚らないだろうけれど、俺はそんなの真っ赤なウソだと思っている。

何故なら、我々、ヒトは社会性を有する種であるからだ(この意味は前も書いたが、ここでは詳述を繰り返さない)。

しかし、ここで見落としてはいけないことだが、皇族の子に贈られるのは、祝福ばかりとは限らない。祝う国民は多いだろうけれど、反対にこの出産を呪詛している輩も内外に多いだろう。
国内を見れば、日本共産党や社民党といった政党は、表明上は党首の名前で簡潔に祝いの言葉を出していたが、左側には処刑も含めて、天皇制の廃止を望んでいる者はいるみたいだし、国外については、何をいわんやだ。
そういう矢面にも立たなきゃいけないことが生まれながらに宿命づけられているのだ。

俺個人の立場だが、自分の生活が精一杯なので、実は興味が薄い。見ず知らずの他人のブログにアクセスして、そこに「赤ちゃんが産まれました」などと書いてあるのを読んで、どんな感情が湧く?
それと同じだ。

それでも、国際社会では殆どの国が、日本のエンペラーをプロトコールで最上級に位置付けしていることについては、外交が駄目駄目な日本にとって、数少ない切り札なんじゃないかと考えているので、男系維持の意見は支持しているし、税金で皇宮費を賄うだけの価値はあるとは思う。

ただ、ひとつ、俺が不快に感じた話を紹介しよう。
それは去年の11月、内親王が黒田という公務員に嫁いだ時のことだ。
ある個人(中年サラリーマン)のホームページなんだけれど、要約すれば、こんな内容のコラムを書いて公開していた。

「テレビで紀宮様と黒田さんの結婚披露宴を見たが、花嫁のお姿は大変美しく、とても感動した。その日のニュースでは、同日に挙式をあげたカップルも登場していた。しかし、その新婦のウェディング・ドレス姿はちっとも美しく見えなかった。」

俺は皇室というか、貴族階層の存在を殊更に敵視する思想の持ち主じゃないが、この文章を見て、何とも形容し難い不快感を覚えた。自分が新郎の立場だったら、罵倒し返してやりたいと思うところじゃなかろうか。
ふと頭を過ぎっても、わざわざ口にする・文章化してWEBに公開することか?

要するに、乙武のブログの例の記事に対して、「新しい命が誕生したことについて、素直に喜びを見せないどころか、皮肉っぽいことを書くのは、感じが悪いぞ」という批判コメントをポストした人は、乙武の書いた文章の行間をこういうふうに解釈してしまったということじゃなかろうかと思うわけだよ。俺は。
乙武がそういう下らないことを口にしたという勘違いな失望なのだ。

でも、現実に皇室と比較して、皇族以外の人間の生の営みをそういうふうに見る感性の持ち主がいるという現実を知ると、杉村太蔵あたりがブログで言っているような奇麗事なんて、嘘っぱちだということが明らかだ。

まぁ、こんな失礼なことを言う奴がいるんだから、皇族が結婚式を挙げる日は一般人は挙式を避けたくなるだろうし、これから子供を作る予定のカップルは、皇族女性の出産予定日と重ならないように注意した方がいいかもね。ってことだ。
2006/09/17 06:54|皇室、国歌CM:0
 

女を守らない男ども 

皇族を含めて、日本人全員のことだ!

秋篠宮妃が無事に男児を出産されたというニュースが伝えられるや、「これをきっかけに、日本の少子化に歯止めが掛かれば良いですね」などと言う人が少なからずいる。
とどのつまり、それと同質の発想が皇太子妃を追い詰めて、それが皇族の男子の嫁のなり手が見つかり辛くするし、将来の皇統の存続を危うくしているような気がするのだ。

この間も書いたが、ご懐妊のニュースがサプライズされた時、政府の連中が典範改正の議論を棚上げしたことについて、ある種の不快感を感じていた。
もし、俺が第二皇子・秋篠宮文仁の立場だったら、小泉純一郎をぶん殴ってやりたいと思っただろう。

逆説的に言ってしまえば、この間、産まれたばかりの皇子は将来、それくらいの気構えを持っていなければ、嫁に来てくれる女性がいないんじゃないかと思うよ。
今の皇太子だって、13年前に結婚する時、「全力で守ります」と公言していたと記憶しているが、守りきれていないしな。

でも、今度の高齢出産は帝位継承のことだけで、決意されたわけでもなかったのかも知れない。
例の皇室典範の改正案には、女性の皇族の皇籍離脱の選択権を強く制限する条文が入っている。現行法では15歳に達すれば、自由に抜けられることになっている。秋篠宮の長女の眞子内親王が15の誕生日を迎えるのは、もう来月のことだ。
両殿下は内親王の将来のことを考えて、その改正法が成立する前に、駆け込みで皇籍から離脱させることも考えていたかも知れない。
要するに、結婚どころか、成人もしていないのに、その法改正のために、親元から出て行くことになったかも知れない。仲の良い家庭が引き裂かれたかも知れないってことだよな。父親にとっては、娘と過ごす時間は、他に変え難いものだろうし。
元々、兄夫婦への配慮が不要ならば、三人目を考えていたところもあるだろうけれど、そういうことを守るために、今度の出産を決意したところもあったかも知れない。などと想像した。

しかし、「両殿下に男子が生まれないならば、俺(俺の息子)が将来、天皇になってやる!」ぐらいのことを言う者が、旧皇族の中にはいなかったのかとも思った。
自分たちの一族全体のことなのに、現在の皇室だけに責任の押し付けだ。

とどのつまり、そういう選択も柔軟に考えられることこそ、両殿下それぞれの妃のプレッシャーを軽くしてやれただろうし、皇族の嫁のなりてがいなくなるなどという問題を解消することになるだろう。男女同権・雅子のキャリアも男系皇統も両立するし、それが一番、誰も悩むことが無くなるルールになると思うんですがね。

日本全体の少子化の問題だって、そうだろ?
2006/09/08 23:58|皇室、国歌CM:0
 

ラスト・エンペラー 

http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006090601001421.html

秋篠宮妃紀子さま(39)は6日午前8時27分、入院先の東京都港区の愛育病院で、帝王切開により第3子の男子を出産された。身長は48・8センチ、体重は2558グラムで、母子とも健康。皇室での男子誕生は秋篠宮さま以来41年ぶり。皇位継承順位は皇太子さま、秋篠宮さまに次ぐ第3位となる。天皇、皇后両陛下にとり皇太子家の長女愛子さま(4つ)に続く4人目の孫。

女性、女系天皇を認める皇室典範改正は、前の通常国会への提案が見送られた。男子出産で論議の棚上げも予想される。

小泉純一郎首相は記者団に「良かったね」と述べた。

天皇と皇族で構成される皇室は計23人となった。12日には「命名の儀」があり、秋篠宮さまが名前をつける。


この慶事を告げるニュースを知った時、俺は少し驚いた。
今日の関東地方は雨が断続的に降っていて、俺が今朝の8時過ぎぐらいにいた場所(東京都は目の前)は、俄かに雨が強かった。土砂降りだった。それが急に止んで、向こうの空が明るく見えたのは、秋篠宮妃が男児を出産した時間とほぼ一致していた。
127代目か、128代目に帝位を継ぐことになりそうな皇子はこういう日に生まれた。

しかし、前途多難ですね。皇太子妃の状況を見ると、20年か30年後、今日誕生した皇子の結婚相手を探すのは難しいんじゃないかと思う。
側室制度が認められない状態では、男系の維持は難しいという問題がある。
俺はこう考える。改めるべきところは、もし今の皇族に男児が生まれなかった場合、終戦直後に占領軍の命令で臣籍にされてしまった旧皇族から男子を次期天皇に選べるようにすればいいのではないか、と。
国民感情もあって、現代に側室制度は認められません。でも、男系を途絶えさせるわけにはいかない。だから、第二皇子夫妻に無理を圧しての出産を強いてしまった。ってことだろ。
秋篠宮妃の今度の懐妊は年齢のことで、リスクが考えられた。もし、成人しても公務をまっとうできないような身体の男児が生まれたら、誰が責任を取るの?

俺は保守とは程遠い思想の持ち主だが、最近、皇室がらみの話題で、不快に感じることがある。
まず、「男児が生まれたから、皇室典範改正の議論は先送りしましょう」という雰囲気だ。去年、かなり女系容認の方向で議論を性急に進めようとしていただろ。それが、懐妊のニュースでパッタリと止まった。不敬というか、人を馬鹿にしているし、こういう態度が帝位継承者の嫁探しを難しいままにして、ホントにラスト・エンペラーになってしまいかねないのだと思う。

もうひとつは、日経新聞だ。「靖国神社のことで、中国人が機嫌を損ねると、ウチのスポンサーになってくれている企業は商売がやり辛くなるから、首相の参拝はやめて」と訴えるのは勝手だが、もし、例の昭和天皇の発言メモが捏造だったら(多分、そう思う)、これ以上の不敬罪は無いぜ。

それから、その日本経済新聞社の資本も入っているが、テレビ東京の大株主になった糸山英太郎のコラムにも驚いた。前々から、親中発言が気になっていたが、女系天皇容認ですか。
俺が思うに、国民の大多数が女系天皇容認、男女の区別無く皇太子の長子が継承権第一位で構わないなどという認識なら、今日の男児誕生はこんなに大きくメディアに扱われないような気がする。
2006/09/06 22:40|皇室、国歌CM:0
 

鬼魅が代は、千代に、八千代に 

君が代の替え歌がインターネット上で広まっているらしい。
作詞者は不明だが、趣味の悪い内容になっているらしく、教育現場での斉唱強制に反発する人間の間で、抗議運動の一形態として認められるようになったそうだ。


「君が代」替え歌ネットで広まる 斉唱義務への抗議として

「Kiss Me」という題の「君が代」の替え歌が、インターネット上で広まっている。学校行事での「君が代」斉唱を義務づける圧力が強まる中、抗議運動の一形態として広まっているようだ。

日本の国歌「君が代」は1999年になってようやく法的に国歌として認められた。内容は天皇を讃える古代の詩がもとになっているが、これが日本国内およびアジア諸国で、かつての軍国主義のシンボルとして批判の的になっている。

現在、流布している「君が代」の替え歌は英語の歌詞だが、本来の日本語のものと同じように聞こえる。

本来の「君が代」では、19世紀のメランコリックなメロディにのせて、天皇の治世の永続が歌われる。

替え歌の歌い出しは「Kiss me, girl, and your old one」。

替え歌の作者は不明だが、国歌斉唱に反対する運動を展開するグループのウェブサイトでは「心ならずも『君が代』を歌わざるを得ない状況に置かれた人々のために、この歌が心の中の抵抗を支える小さな柱となる」と述べられている。



しかし、おかしなことだと思う。
ひとつは、このニュースソースでは「内容は天皇を讃える古代の詩がもとになっている」などど記載されているが、これは誤った解説なのだ。ずっと前、下記の記事で触れたことだけれど、元々は天皇の威光を讃える歌などではなく、恋の歌だったのだ。

君が代について、軽視できない日本語の問題

もうひとつ、その記事で指摘したことは現在、国歌として認められている曲の旋律の欠陥である。
「鬼魅が代は、千代に、八千代に」――という、この記事のタイトルだが、ふざけて書いているわけではない。あの旋律で真面目に歌っていると、「きみ」は(天皇、恋人と意味する)「君」ではなくて、ホントに「鬼魅」(妖怪)になってしまうのだ。
そういう曲を作ったのは、江戸幕府を倒した薩長の奴らだけれど、左翼・日教組はそんなに天皇や軍国主義に反発しているなら、下らない英語の替え歌なんぞを作るまでもなく、この「欠陥国歌」を大きな声で歌えば良いのだ。

逆に愛国者を自認しているならば、これは決して一笑に付すこともできないし、軽視できない問題だと思うのだが……。疑問視する声が殆ど聞こえないことが不思議である。
2006/06/06 20:13|皇室、国歌CM:0
 

愛国心について、右でも左でもない俺の意見 

教育現場での国旗掲揚・国歌斉唱の是非は、毎年、この時節になると恒例のように報じられることである。
組織の上からの圧力と生徒にそれを強制したくないという葛藤に悩むあまり、鬱病になってしまった職員もいるそうだ。


[君が代]起立しない都内の公立学校教諭33人を懲戒処分

東京都教育委員会は31日、今春の卒業式で校長の職務命令に反し、君が代斉唱時に起立しなかったりした都内の公立学校の教諭33人を地方公務員法に基づく懲戒処分にした。入学・卒業式などでの日の丸掲揚や君が代の起立斉唱徹底を求めた03年10月の通達以降、今回も含め延べ約340人が処分を受けた。


「愛国心の強制が戦前の悲劇を再現する」という懸念を示す人は、二言目には日本の過去の戦争犯罪の糾弾を口にする。

しかし、敵国の司令官だって、あの大戦は日本にとっては防衛戦争であったことを認める発言をしていたのだ。
少し想像力を働かせてみよう。過去の戦争犯罪の責任の所在がどうあれ、日本が朝鮮半島や中国に進出しなかったら、どうなっていた?
そうだとしたら、今頃は朝鮮半島や北海道はロシア(ソビエト)の領土になっていた可能性が低くない。そして、そこを橋頭堡にすることにより、我が国の本州や東アジアの秩序を脅かす存在感が大きくなっただろう。
ハッキリ言うが、ロシアなんて中世期の建国当初から生業は泥棒と人身売買を続けてきたような民族なのだ。中国よりも信用がおけない国だと思っている。日本が富国強兵で拡大しなかったら、ロシアとアジア諸国の国境はもっと南側に引かれることになっていただろう。
そう見ると、日本という国はアジアの秩序のために損な役回りをさせられてきたという見方もできる。

でも、君が代・日の丸を拒絶している人間の痛い気持ちも分からなくもない。
実際、終戦間際、米帝が沖縄を攻撃していた時、日本兵の方が現地住民に対して非道なことをやっていたと言われている(実は現在も沖縄の治安の実情は、米兵の犯罪よりも日本人の犯罪の方が酷いという話も聞いたことがある)。
満州などに入植した人間が見捨てられたこともそうだし、原爆投下の情報は事前に掴んでいたのに、それを握り潰して、多大な犠牲を出したこともそうだろう。
そういう体験をした人とか、それを信用できる身近な人間から聞いた人は、君が代や日の丸に嫌悪感を抱くのも無理はないだろう。
また、前に書いたことだが、『君が代』については、国歌として相応しいかどうか疑問に感じる部分がある。西郷や新撰組を国賊扱いした奴らが作った曲だから。

だから、石原慎太郎都知事の方針には、ある種の嫌悪感も感じているのですよ。
でも、上の指示に従わない教師も大人気ないというか、頭が固いなと思う部分もあるが。

『タルムード』というユダヤ教徒の聖典には、「異教徒の町を訪れた時、そこで祭礼が催されているなら、お前も祝うふりをすればいい」などということが書かれている。要するに、郷に入って郷に従え、ということだろう。
生徒は学校を出れば、会社に就職する奴が大半だけれど、社会に出れば、多かれ少なかれ、理不尽に感じても従わなければならないこともあるだろう。
「愛国心が無くても、愛国心があるフリをしなければならない」という処世術を教えてやった方が建設的だと思うがな。

大体、最近は愛国心だとか、そういう麗句を謳う人間が多いが、『君が代』を気持ち良く歌うとか、WBCに出場するとか、そういう表面に見える行動だけで、国や社会へ貢献する気持ちの有無などは測れないものだ。
2006/04/01 01:54|皇室、国歌CM:0
 
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