駄猫の時事放談

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悪魔の烙印、神の印 

ここ数日、アクセス数が凄く上がっているが、どこかの掲示板で晒されているのかと思えば、ヤフー・ニュースで拾われていた。
この間、「エホバの証人の信者の輸血拒否」のことを取り上げたのだが、このブログは記事をアップする都度、Pingを送信しているせいだろう。
ヤフーの該当記事の「この話題に関するブログ」のリストに入っていた。よっぽど、世間の関心が高いニュースなんだろう。そこから、大量に人が入ってきたのだ。

さて、昨日のニュースだが、日本輸血・細胞治療学会など関連5学会の合同委員会は、患者が15歳未満の場合、親が拒否しても輸血を実施するとの指針案をまとめたんだそうだ。

やっぱり、輸血拒否は根拠の無い迷信による思想だと思い込んでいる一般社会の感覚では、そういう判断になるのも道理だと思う。

でも、エホバとは無関係な医療関係者の中にも科学的な根拠があって、輸血の安全性に疑問を呈している者が少なからずいるのに、「子供だったら、親が反対しても、強引にやっても構わない」だなんて法を作るなんて、とんでもない悪法だと思う。
薬害事件の悲劇を何度、繰り返すつもりなのだ?

しかし、ブログでこんなことを書いたら、考えなくてはならないことは、もしもの時、「輸血拒否」の意思を身の回りの人間や医師等に伝える手段である。恐らく、輸血が必要な状態というのは、自分の意識は喪失しているだろうから、事前に考えなきゃならない。

エホバの証人の信者は何らかの手段で病院にその意思を伝えて、輸血を断っているわけだ。多分、家族がそういうことを伝えるんだろう(信者同士以外は、結婚できないらしい)。

だけれど、そういう宗教の信者じゃない人が科学的に証明されたリスクを取ることを嫌気して、輸血を拒否したいと考えるならば、もしもの時、何て言って断ればいいんだろうか?
輸血って、エホバの証人みたいな宗教に入っていなければ、断ることはできないんだろうか?
だったら、嘘でも「僕はエホバの証人に入信しているんです」って言うしかないんだろうか?

いずれにしろ、自分の身体に他人の血を輸血されたくない人は、普段から拒絶の意思を示すものを身に着けなけばならないってことだ。
財布か、いつも持ち歩く身分を証明する物にでも、何かカードを添付するっていう案もあるだろうけれど、持ち忘れることだってある。

だから、身体に入れ墨でも入れるのが確実だろうな。「法で定められた意匠の入れ墨が身体に入っている人物には、輸血を行ってはならない」みたいな法でも作るようだろう。

ちょっと考えてみたが、デザインの案は幾らでも思いつくぞ。
これらの烙印が身体に刻印された者には、輸血を行ってはいけない。



新約聖書の『ヨハネ黙示録』に出てくる悪魔の印。




ZARDの歌じゃないが、いつも、悪霊に憑かれて、眠れない夜を抱いています……




弥七???




好物は吉野家???
2007/06/25 08:00|医療、健康CM:0
 

輸血を拒否することが、そんなに疑問なの? 

<エホバの証人>手術中に大量出血、輸血受けず死亡 大阪

信仰上の理由で輸血を拒否している宗教団体「エホバの証人」信者の妊婦が5月、大阪医科大病院(大阪府高槻市)で帝王切開の手術中に大量出血し、輸血を受けなかったため死亡したことが19日、分かった。病院は、死亡の可能性も説明したうえ、本人と同意書を交わしていた。エホバの証人信者への輸血を巡っては、緊急時に無断で輸血して救命した医師と病院が患者に訴えられ、意思決定権を侵害したとして最高裁で敗訴が確定している。一方、同病院の医師や看護師からは「瀕死(ひんし)の患者を見殺しにしてよかったのか」と疑問の声も上がっている。
 同病院によると、女性は5月初旬、予定日を約1週間過ぎた妊娠41週で他の病院から移ってきた。42週で帝王切開手術が行われ、子供は無事に取り上げられたが、分娩(ぶんべん)後に子宮の収縮が十分でないため起こる弛緩(しかん)性出血などで大量出血。止血できたが輸血はせず、数日後に死亡した。
 同病院は、信仰上の理由で輸血を拒否する患者に対するマニュアルを策定済みで、女性本人から「輸血しない場合に起きた事態については免責する」との同意書を得ていたという。容体が急変し家族にも輸血の許可を求めたが、家族も女性の意思を尊重したらしい。  病院は事故後、院内に事故調査委員会を設置。関係者らから聞き取り調査し、5月末に「医療行為に問題はなかった」と判断した。病院は、警察に届け出る義務がある異状死とは判断しておらず、家族の希望で警察には届けていない。
 エホバの証人の患者の輸血については、東京大医科学研究所付属病院で92年、他に救命手段がない場合には輸血するとの方針を女性信者に説明せずに手術が行われ、無断で輸血した病院と医師に損害賠償の支払いを命じる最高裁判決が00年に出ている。最高裁は「説明を怠り、輸血を伴う可能性のあった手術を受けるか否かについて意思決定する権利を奪った」としていた。【根本毅】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070619-00000097-mai-soci


「エホバの証人の信者の輸血拒否」に関する話題は時々、メディアでこうして取り上げられるが、世間の反応の大半は問題の核心を誤認している。
カルト宗教の実態とか、信仰の自由についてのことなどに話題が流れやすいが、この問題の本質は医療や個人のリスクテイクの考え方の違いなのだと思う。

以前にも、ほぼ同じ内容の記事を書いたことがあるけれど、この宗教の連中は根拠の無い迷信で、輸血を拒絶しているわけではない。ある程度、科学的な裏づけがあって、輸血の危険性を証明しているのだ。

ヤフーの該当トピックにトラックバックを送信しているブログを片っ端から覗いてみた。
大体、こういうところにTBを送るブログって、ソースをコピーしただけのブログが半分近く、他も薄っぺらい内容の物が多いんだけれど、ある程度は自分の意見のようなものを書いているブログを見ても、今回のことについては、「患者の信仰が壁になって、十分な医療行為を施せなかった」病院・医師に同情的な文章、患者の選択に懐疑の念を示すブロガーばかりだった。
「輸血すれば、絶対に健康な身体に回復する」だなんていう世間一般の思い込みに懐疑の念を寄せる奴が一人もいないことが、俺には不気味に思えた。

自分は過去に、この宗教の信者と話をする機会があって、その当時はその宗教の「輸血拒否」の主張に懐疑的だった。
それが変わったきっかけは、この医師のブログのある記事だったんだけれど、医療の現場の碌でもない実体が暴露されていた。今の日本の病院・医師は保険の点数か何かを稼ぐために、必要が無くても、患者に輸血を行うケースが少なからずあるというのだ。それだけならまだしも、赤十字社がどんなに厳格なことを標榜したところで、輸血で肝炎などのウィルスに感染する確率は今でも低くないのだ。

http://www.oyako-net.com/medicine_info/column_104.html

また、献血者の血液にウィルス混入などの問題が全く無くても、相性(?)によって、輸血を受けた患者は何らかの障害を患う可能性だってある。

2000年の最高裁の判例も、今回の記事で取り上げられた病院の対応も妥当・適切なものだと思われる。

しかし、「献血」は無条件に善行みたいなことを標榜して、人の善意を集めておいて、スキャニング・フィルタリングを怠って、不幸を送り出している日本赤十字社はホントに罪深い。こういうことこそ、「地獄に落ちろ」って言うんだ。

それでも、確実に死ぬような出血のある人が、ウィルスに感染するリスクがあることを承知で、輸血を受ける考え方もありだとは思う。
変な喩えだけれど、証券会社や銀行が商品を購入する顧客に損失のリスクを説明するように、病院や赤十字は患者や献血者にそういう危険を説明する義務はあるのかも知れない。

でも、親がこれを信仰していて、子供がそういう危機に瀕した場合については、微妙なところかも知れない。
親の考え・信仰で、子供の輸血も拒否することを是とするようなことを書くと、凄く批判が集まるだろう。
だけれど、それを恐れずに書けば、俺は何らかのウィルスに感染するリスクを大人の判断で取らせてまで、生きることを強いることこそ、酷いような気もする。今の日本のように、弱者に冷たい社会では、そっちの方が酷なことかも知れないぜ。


エホバの証人と日本赤十字社、どっちが悪魔の宗教なのか、皆、自分の頭でよーく考えた方がいいと思うぞ。
俺は無宗教者だけれどね。
2007/06/20 23:59|医療、健康CM:5
 

漫画の世界の話みたいな副作用報告 

タミフルと、それを服用した患者の異常行動の因果関係が未だに解明されていないそうだが、俺が驚いていることは、10歳代の子供にそれが集中して、当局がその年齢層に限って、注意を呼びかけているという現象だ。


10歳代のタミフル服用後の転落・飛び降り事例に関する副作用報告について


一連のニュースを読んで、昔、読んだ漫画の内容を連想した。
それは米軍の基地がある、神奈川県の某市が舞台だったけれど、「あるB兵器が基地から持ち出されて、誤って散布されてしまい、市内の成人は全て、幼稚退行・異常行動を起こして、吐血して死亡してしまう。当初、子供だけは発病を免れていたが、個人差はあれ、成人に近づくと必ず発病する」という現象が描写されている作品だった。

今、現実で起こっていることは、この漫画とは逆に、10代の子供で副作用の弊害が報告されているけれど、こんな漫画や映画の話に出てくるような現象が起こっていることに驚いている。

そして、以下のニュースを読むと、20年ぐらい前、ミドリ十字がC型肝炎で汚染されていた製剤を販売していた時と何も変わっていないということが察せられて、暗澹たる気分に陥ってくる。

厚労省課長中外製薬に天下り 医薬品担当 国会で質疑


今日はその責任が問われた訴訟の東京地裁での判決が出る日だが、タミフルの副作用で子供を亡くした人も、フィブリノゲン製剤の被害者みたいに、一生を告訴に捧げることになるんだろうな。

国の官庁の腐敗の源になっているところを根本的に荒療治しない限り、こういう不幸は今後も何度でも繰り返されると思う。
2007/03/23 03:05|医療、健康CM:0
 

無責任を詰り合う人々の社会 

この前、俺は『もう、子供は「国家」で育てることにしよう』 という記事を冗談半分の気分で書いた。
が、まさか、その数日後にこんなニュースが出てくるなんて、思いもよらなかった。


[赤ちゃんポスト]熊本の病院が設置検討 新生児匿名で託す

熊本市島崎の慈恵病院(蓮田晶一院長)が、さまざまな事情で子育てができない親が新生児を匿名で託す「赤ちゃんポスト」の設置を検討していることが分かった。全国初の取り組みで、同病院はすでに保健所などと協議を進めており「出来るだけ早く設置したい」(徳光正敏・同病院事務部長)としている。「赤ちゃんポスト」はドイツで設置の例がある。

同病院によると「ポスト」は既存の病院建物に穴(縦約45センチ、横約65センチ)を開け、外から開けられるようにし、内側に「こうのとりのゆりかご」と名づけた箱を取り付ける。箱の内部は保育器と同じ室温36度に保ち、24時間受け付ける。赤ちゃんが置かれるとブザーが鳴り、院内の看護師らが駆けつける体制をとる。また、箱の中に赤ちゃんを置いた親らへのメッセージや、子供を引き取りに来る場合の手続きについて記した手紙を入れる。病院は市や児童相談所、県警などに届け、児童福祉法に基づき施設や里親に引き渡す。

同病院は産婦人科のほか、内科、小児科、外科などの診療科目を持つ総合病院だが、カトリック系で人工妊娠中絶をしていない。同病院の蓮田院長は9日会見し「世の中にせっかく生まれてきた命を幸せにはぐくみたいと考えた」と設置の趣旨を説明した。



この記事を補足することを少し書くが、先例のドイツでは6年前にこの制度が始まったらしく、今では全国70ヶ所に設置されているんだそうだ。
しかし、私のあやふやな記憶なのですが、イタリアではとっくの昔から、これと同じシステムが存在しているらしい。
何かといえば、病院じゃなくて、宗教施設なんだけれど、やっぱり、育てられない子供を密かに置いていくための場所があるらしい。
やっぱり、ローマ法王の膝元だから、日本の慈恵病院と同じ思想が背景にあることは言うに及ばないだろう。

特定の宗教を批判する意図は無いのだけれど、堕胎・中絶は駄目で、遺棄や間引きは見て見ぬ振りっていう二律背反の態度には、欺瞞のようなものを感じるのだ。
しかし、「赤ちゃんポスト」に否定的な考えの人の意見の中には、背筋が寒くなってくる内容もある。自分のモラルの尺度に合わない奴を社会から排除するっていう考えに通じるところもあるから。

とどのつまりはこういうことだ。これも「バカの壁」の一種だけれど、互いに自分と思想が相容れない奴のことを「無責任だ!」と詰り合っているのだ。

そういえば、『14歳の母』とかいうドラマが話題になっているが、中学生の少女が妊娠して、周囲の反対を押し切って、産む決意を固めているという展開になっているらしい。
まさか、産まれた子供を慈恵病院に預けて、将来は彼氏と結婚して、後で再会して、メデタシ、メデタシっていうラストじゃないだろーな!?

こういうドラマが話題になっている時期に、「赤ちゃんポスト」設置計画が出てくるなんて、社会の裏側の何らかの意図を感じるのだ。
2006/11/13 23:01|医療、健康CM:0
 

代理出産の是非をめぐる議論に思う 

子宮を摘出した「娘に代わって」子供を産むため、娘夫婦の受精卵を自身の子宮に移植して、「孫を出産した祖母」のことが激しい物議の対象になりそうだ。

早計に善悪を決め付けられない問題だと思っているが、私の基本的な物の考え方として、「道徳上・倫理上、正しいとされることが、人の幸福と結びつくとは限らない」ということがある。

なので、こういう出産の形を受け入れず、批判する世の声は狭量過ぎるという感じもしなくない。
が、当の子供にとっては、「祖母が自分を出産して、両親の養子になる」という人生はどうなんだろうか?
将来、事実を知った時、自分の生を素直に喜べず、逆に両親や祖母に憎しみすら覚えるかも知れない。

あまり賛同は得られないと思うが、そういうパラドックスを解消する策として、俺はふたつの案をもっている。
ひとつは、まず、「戸籍に記載する両親の名は飽く迄、精子と卵子の持ち主とするように、法を改正することはできないのだろうか?」という素朴な疑問を感じたということがある。現状、その上で、子供には出生の秘密は一生、伏せておいた方が無難だろうと思う。
もうひとつは、もう、こういう出産を容認し、なし崩し的に増やしてしまって、そういう出生を背負う人間が多数いるのが当たり前の世の中を作ってしまう以外に無いのではないかと思う。

いずれにしろ、根津ドクターは「幸福追求権」を根拠に自分の医療行為の正当性を訴えているが、産まれてくる子供の幸福も尊重されるようにしなければダメなんじゃなかろうか。代理出産に賛成の人には、そういう想像力も忘れないで欲しいと言いたい。

結局、早計に善悪を談じることは俺も書けないのだが、この問題を記事に取り上げているブログを幾つか読んで、ある種の反感を覚えたのは、今の日本の少子化現象を大問題視している立場の中で、この代理出産に批判的な記事を書いている奴だ(どちらかといえば、保守的な思想の持ち主に多いような気がする)。
「若年層の人口が減ると、社会保障制度が崩れる。経済が衰退する。移民で治安が悪くなる。だから、子供を産まない世帯は国や社会に対する義務を果たしていないんだから、税を余計に負担しろ。年金を受給する資格は無いぜ。子供を産んで育てる経験を持たない人間は、その分、成長の機会を持たないわけだから、人間として成熟していない」
こういうことを言う人の主張は、それが正しいかどうかは兎も角、子供を育てることが幸福になるという価値観の決め付けに落ち着く。

だから、健康上の理由で、それが適わない人を救うために、根津医師は扶助生殖医療(非配偶者間体外受精・代理出産)を推進する会を結成したんだろ。
「いくら、少子化でも、自然の摂理に反している」などと言って、それに反対するって、どういうこと?
今の世の中、そういう価値観の押し付けが、「自然に反する」生殖行為を選択せざるを得ない人を増やす罪作りな面が多々あるような気がする。
2006/10/21 09:55|医療、健康CM:0
 
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