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しょうがない 

63回目の終戦記念日。

もう、俺が書くまでもなく、63年前まで続いていた戦争は多大な犠牲を出したから、二度と繰り返されないようにという祈りや願望をもって、この日を迎えなければならないんだろう。

しかし、63年も過ぎれば、それを体験した世代の人口は激減し、国民の記憶から風化していく。
それどころか、一生、安定した職に就ける見通しの無い絶望感から、「戦争が起こればいい」などと声高に主張を始める論者まで現れた今日である。

これは長崎にリトルボーイが投下された日に書こうと思っていたんだが、その日はブログを書いている暇が無くて、今日まで延びたんだけれど……。

長崎といえば、久間という政治家の失言を思い出すな。
前の長崎市の市長が893に銃撃された時、「市長が亡くなった後、その補充が利かないと、長崎は共産党の市長が出てしまうぞ」という失言もあったが、何よりも「原爆投下はしょうがなかった」という発言が大反発を買ったことは記憶に古くはない。

この発言について、俺が感じたこととかは以前に記事に書いたけれど、「防共」という目的で成り立った昔の自由民主党という政党の体質そのものだろう。

ソ連・共産圏から日本を守るためには、米帝の軍事力が必要だった。
天皇だって、そういう趣旨の発言をしていたそうじゃないか。
その時代の国民の大半もそれに染まっていたから、東京大空襲や原爆投下を指揮した米軍の将校に日本の政府が勲章を授与するようなことが平気で通ったんじゃないのか?
しょうがないことだ。

どうも、歴史とか社会というものには、「しょうがない」で片付けざるを得ないことが度々、あるようだ。より良い社会を築くための人身御供(ひとみごくう)みたいなものか。

世界から「冷戦」という概念が消滅して、日本ではバブル景気が崩壊した後の時代、正社員で就職できないフリーターが急増した社会問題についてだってそうだ。
社会学者の山田昌弘とか、以前に取り上げた下記の本の著者(証券アナリスト)なんかは、日本の経済をバブル崩壊後の不況から立ち直らせるには、こんなに非正規雇用が増える現象はしょうがない犠牲だったみたいな発言をしている。

これから10年長期投資のロードマップ―一生困らないお金を、のん気投資で手に入れる
これから10年長期投資のロードマップ―一生困らないお金を、のん気投資で手に入れる

原爆の被爆にしろ、現代のワーキングプアにしろ、「しょうがない」で済むか!
そういう歴史・社会の人身御供の概念を酷く理不尽に感じて、怒りの声を上げる者が増えているのかも知れない。

そして、俺はこういうふうにも思うのだけれど、もしかすると、世界から戦争が絶えないのは、人間のそんな心理が関係しているのかも知れない。

過去の日本の雇用慣例――終身雇用とか、皆婚社会とか、マイホーム取得を促す住宅政策とか、防共の一環として行われていた面もあったらしい。
男は家庭を持てば、保守的になって革命運動なんかに走らなくなる。持ち家があれば、共産主義思想には染まらなくなる。
昔、世界の半分が赤になっていて、学生運動とかが激しかった時代、米帝や日本は自国がそうならないようにするため、国民をそこそこ豊かな気持ちにさせる福祉政策をやっていたわけだ。

今は共産圏の脅威が無くなって、国はそういう福祉政策をやる必要が無くなったから、フリーター・サブプライム・ワーキングプアなどと俗に呼ばれる階層に転落する国民が増えたのか。
それとも、新保守主義思想に属している為政者は、自国が共産圏に取り込まれるほど、もう、国民の反発は激しくならないと高を括ったから福祉を削ってきたのか。

今、新興国って呼ばれている国の殆どは実質的に社会主義か、それが濃い経済政策をやっていて、多くが米帝と対立している。
日本の国内を見れば、『蟹工船』というプロレタリア文学が若者の間で流行っていて、一部で日本共産党の支持率が少しずつ上がっていることが言われている。
オリンピックの最中、グルジアで戦争が起こっているが、背景には米露の対立があって、冷戦の構造と何が違うのか?

そういう危機感がよっぽど高まらないと、現代の貧困や非正規雇用の問題に誰もマトモに取り組まないのかも知れない。
平和で誰もマトモに取り組まないから、『蟹工船』が流行ったり、「希望は戦争」なんて言っちゃっている者が出てきたり、無職や非正規雇用の男の無差別殺人が頻発したりするんだろうか。

農産品の価格も高騰しているが、米国では儲けを当て込んで、農業に参入している奴が増えているが、投機で上がっている面が大きい。そのうち、暴落に直面して、泣きを見る奴が続出することは想像がつくぜ。
前世紀の二大大戦間期の大恐慌の発端は農作物の価格の暴落だったが、近い将来の世界経済はそんな過去と同じような災いに見舞われるような気がするんだよな。

同じような歴史、人身御供の繰り返しだろう。

でも、俺のそんな想像が荒唐無稽だとしても、これだけは言える。
有史以来、最大の殺人犯は常に「国家」だったということだ。
グルジアで数千人単位が戦火の犠牲になっているが、国家を通して命令を下したなら、決して殺人の罪を問われることは無い。
国家でなければ、国家の後ろ盾を欠いて、それほどの大犯罪を犯せる者はいるのか?

今、米帝や日本は福祉を削減して、国民の貧富の差が拡大している方向の社会だろ。そんな経済政策の基本になっている新自由主義とか呼ばれている思想を主張したミルトン・フリードマンっていう学者が、そういうことを言っていたそうだ。
この人物はユダヤ系の移民の生まれなので、家族を含めた同族が全体主義の国家の迫害に苦労したのを子供の頃から見てきた体験から、国家や民族の概念に非常に否定的な感情・思想を持っている。
だから、国家や民族だなんていう概念が無くなって、公平な市場・貨幣だけが人間社会を結ぶメカニズムが実現すれば、平和で幸福な世界が実現するんだ。こんな感じのことを言っていたわけだ。

ところが、米帝政府は1980年代以降、そういう思想の経済的なところだけを手本にしたが、フリードマンの国家や民族の概念に非常に否定的な思想は無視した。
それどころか、保守色の濃い方へ流れていった。
驚くことに、自由を標榜している筈の米帝には、「愛国者法」とかいって、国民が自国の債券や通貨を大量に売り建てることを規制する内容の法律があるそうだ。

俗にリバタリアンと呼ばれるんだろうか。
フリードマンと似たような思想の持ち主として、日本人の中から例を挙げると、ライブドアの元社長の堀江がその典型だろう。
小泉政権のイラク戦争支持を大批判している元外交官の天木直人も部分的にそういうところが見える。

実はこんなブログを書いている私の思想もそれに近いのかも知れない。社会民主主義じゃなくてリバタリアンなのかも知れない。
っていうか、国民のための仕事をしないどころか、国民に損害ばかり与える役人や国賊議員ばかりなら、こんな国は無くなることこそ、最も国民に有益なんじゃないかと思っているところがある。

ちょっと話が逸れたけれど、今の世界で戦争が絶えず、戦火の犠牲になる人が後を絶たない遠因として、覇権国家米帝の為政者がフリードマンの思想の「国家からの自由」を無視して、経済的なところだけを政策に取り入れたことが拙かったのではないかという気もする。

まぁ、これと反対意見も多いだろう。
藤原正彦の『国家の品格』なんかがその典型だが、そういう精神がしっかりとしていない人が増えるから、戦争の悲劇が起こるんだという考え方もあるだろう。

いずれにしろ、現状、世界には様々な思想の人がいて、個々の国で政策が異なるし、どんなやり方が人類に最も幸福と平和をもたらすのか、答えがハッキリとしていないわけだ。
それで、思想の実験の合戦が今日も繰り広げられているわけだ。
その過程で戦争の犠牲者がいたりとか、平和な時代に生まれても就職口が無くて、経済的に惨めな人生を強いられる奴がいたりとか、次から次へと人身御供がな……。

「しょうがないね」としか言いようが無い。
2008/08/15 11:53|歴史の考察CM:0
 

西洋人の奇妙な愛国観 

ウェールズのイアン・ルーカス労働党議員が英国国旗をウェールズ旗のドラゴンを 取り入れたものに改めるように提案していたが、まさかこのデザインが人気を集める とは想像もしなかった。

「クール・ブリタニア」(イギリス文化を誇る表現で、ブレア前首相時代に使われた)の 水準の高さをもってしても、トニー・ブレアはこのサングラスを着用して炎の頭髪という 漫画風ドラゴンを国章に採用するのを拒むだろう。さらに困ったことには、それは英国の 愛国者がデザインしたものではなくノルウェー人によるものなのだ。

日本人による投票の影響があったのは次点になったことで明らかだ。伝統のウェールズ・ ドラゴンに乗っているマンガ・キャラクターが特徴的で、投票の7%を獲得した。

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/12/11/nflag111.xml&CMP=ILC-mostviewedbox

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1066756.html

何年か前にあった田代砲の騒動(アメリカの週刊誌が募集した「毎年、その一年で最も活躍した人物」の読者投票に、軽犯罪を何度も繰り返したことで、2チャンネラーの玩具になったタレントの田代まさしの名前の得票が異様に多かった騒動)を連想したが、それを凌駕する珍騒動だなと感じる。

日本の場末のオンライン掲示板の参加者が投稿したデザインが、そんなに多くの得票を実現して、メディアで取り上げられるなんて、これ以上の珍事があるだろうか?


しかし、イギリスに限らず、西洋人の愛国心の観念は日本のそれとは差異が大きいものだと感じるが、そっちの社会の事情を知らない自分は奇妙に感じることがある。

上に引用した記事には、「ノルウェー人がデザインした物の採用には、抵抗感を感じる」ようなことが書かれている。
しかし、彼の国の王室は自家の父祖として、11世紀の君主のウィリアム1世を挙げているが(今の女王も公式の場で、そういう発言をしたことがある)、この王はアングロ=サクソン人ではなく、フランスのノルマンディーに居座ったヴァイキングの親分の末裔だ。
多分、イギリス人の北欧人に対する視線って、侮蔑というほどでなくても、田舎というか、自国よりも下に見ているところがあるような気もするが、そういう観念を持った国民が、自分たちの国の君主の父祖を同じアングロ=サクソンの英君のアルフレッド大王でなく、余所者でのウィリアムだと認識しているところはちょっと奇妙な矛盾に見える。

今の日本人が大雑把にイギリスと呼んでいる国家の概念が成立するのは、13世紀のことだったらしい。上の記事にも出てくるウェールズを武力で本格的に併合したエドワード1世の治世の時代のことだ。
ノルマンディー公国の領主だったウィリアム1世が、武力でその王位を奪って以来、「イングランド」はエドワード1世が出てくるまで、アングロ=サクソンが起源の名前を持った君主が一人もいなかったらしい。
それまでにウィリアムっていう名前の君主は2人、ヘンリーっていう名前の君主は3人、ステーブン、マグナ=カルタで知られているジョン、十字軍で国の財政を傾けたリチャードといった名前の王がいたが、いずれもアングロ=サクソンが起源でなく、フランス人の名前なんだそうだ。
「エドワード」は根っからアングロ=サクソン風の名前なんだそうだが、実際、エドワード1世の統治は、今のイギリスという国家の概念の土台を整える類のものだったらしい。

貴族にしても、最も古い家でも直系で500年以上続いている家は皆無なんだそうだ。歴史や伝統が尊ばれているお国柄に見えて、案外と浅く見えてしまう。

英国に限らず、大陸諸国のほぼ全てに言えるかも知れないが、紀元前から万世一系が守られてきたことになっている皇室を擁する国の感覚では、理解が難しいところがあるな。
2007/12/17 21:15|歴史の考察CM:0
 

淘汰の時代が目の前に迫っている 

中国の環境汚染や食品や水道水の危険性を伝えるニュースが次から次へと伝わってくるが、漢民族の衛生観念の低さに恐怖を禁じえない。

まるで、中世の欧州人みたいである。

【中国】小便で汚染・水換えず、高級ホテルもプール不合格

 上海市松江区の衛生当局はこのほど、同区内のプール15カ所の水質検査を実施したところ、尿素が基準値を超えたため5カ所が不合格となったことを明らかにした。同局では「プールの中で小便をしてしまう水泳客が多いことが一因」との見方を示した。新民網が伝えた。

 同局は「この他、水を定期的に交換しないことも原因だ」と述べた。最高級とされる「5つ星ホテル」のプールでも不合格となったケースがあるという。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070725-00000005-scn-cn

きっと、五つ星の格付のホテルを利用する客は社会的地位の高い連中に決まっているのだが、昔の欧州の封建社会は貴族でも、衛生観念はこれと同じくらいの低さだった。

人口が増え過ぎている国がそういうことをなおざりに経済活動ばかりに邁進している先に何が起こるか、過去の歴史を見れば、想像がついてくる。

14世紀、欧州でペストが大流行して、人口が激減した話が世界史の歴史の教科書に載っている。
元々、クマネズミなどの齧歯類(げっしるい)の間で流行るものだが、そのネズミの血を吸ったノミが人間の身体に集って、血を吸うために皮膚に噛み付くことで、その菌が人にも感染するのである。
クマネズミは元々、森林地帯に生息している生き物だけれど、何かきっかけがあって、人間の集落に棲みつくようになった。それで、その住人に衛生観念が無くて、為政者も環境対策に無関心だと、住人がネズミから移ってきたノミに噛まれて感染してしまう。
ネズミが人里に出てくる原因は、人が山林から木を切り出すことで、禿山を作ったからだろう。
その当時の欧州は、イスラム教諸国やモンゴル人の襲来の脅威が比較的低くなっていて、東欧まで含めて、揃ったように経済的な発展を謳歌する国が多かった。

あまり知られていないが、ほぼ同じ時期、東洋でもペストが流行していたんだそうだ。中国は元王朝に支配されていたが、フビライ汗が没して、積極的な領土拡大が止まっていた時期だった。

今、ペストは不治の病ではないが、そもそも、14世紀に欧州で流行した黒死病と呼ばれて恐れられた疫病の正体は腺ペストでなく、エボラに似た出血熱ウィルスだったなんていう説もあるらしい。

いずれにしろ、現在の世界はBRICsなどと持て囃されている国が顕著だが、黒死病が流行する直前の時代と似たようなもので、今の中国人は態度を改めなければ、近い将来、何か酷い疫病が洋の東西で大流行する可能性が高いのだと思う。
そして、鎌倉幕府の時代と違って、現代はこんなに国境を越えた人や物の往来が激しい時代なのだから、日本だけ影響を免れるなんてことは無いだろう。

ユダヤ人は犠牲者が少なかったそうだが、衛生観念が高く、感染し辛かったのだそうだ。そうでなくても、元から酷い差別の対象だったから、感染者がいないことに歪んだ疑いを抱いて、「疫病が流行っているのは、ユダヤ人が井戸水に毒を流したからだ」なんてデマが広められ、冤罪で処刑されたりしていた。
ポーランド王国の領土の大半で感染例が少なかったことが、それを裏付けているような気がする。
その当時、この国はカジミェシュ3世という賢君が王位に就いていたのだが、他の国で迫害されていたユダヤ人を積極的に受け入れ、保護していた。もしかすると、ここに定住したユダヤ人は王や各地方の領主に対して、何らかの予防策を進言していたのかも知れない。

五つ星のホテルのプールで小便をする現代の中国人富裕層と、中世の欧州の貴族の民度は同じくらいである。特定の民族に対して、いつまでも差別感情を強く持っている性格も似ているな。

イングランドのエドワード黒太子もそうだったという説があるが、身分の高い人間の病死者も少なくなかったのだろう。

猫のような動物だって、狭い部屋にあまり多くを飼えば、病気の感染が拡がり易くなる。
14世紀もそうだったのだろうけれど、今の世界は人口が増え過ぎ、一種の飽和状態なのだから、公衆衛生の劣っている国から、何らかの病気の流行が始まるに違いない。
黒死病みたいに、ひとつの国の人口が3分の2に減るような深刻な疫病かも知れない。
世界中を襲う死神の抱擁から逃れる術は、国の予防・衛生対策に掛かっているのだろう。
しかし、日本の未来は今の厚生労働省の腐敗ぶりとか、「献血」「輸血」を無条件に正しい・安全だなんて本気で信じちゃっている大半の国民の意識を考慮すると、明るいとは言えない。
個人で自衛策を考えておくしかないのだ。

だけれど、そういうことで世界の人口が激減することは、避けられない淘汰・洗礼なのかも知れない、とも思う。

世界の貧困の問題の原因は人口爆発だけれど、児童の強制労働とか、奴隷労働を根絶するためには、人口の増加を抑えるしかないし、先進国の労働問題とも繋がっている。
そういう殺人的に人件費を抑制する手段があるから、先進国では欧州諸国の高失業率、米帝は製造業壊滅による中間層の没落、日本は就職氷河期の問題が生じているのだ。

史実だけれど、黒死病で人口が激減した後の西欧は労働力が不足して、イングランドのエドワード3世王は労働者の最低賃金を保証する法を発布したし、農奴制は弱体化して、農民の生活も向上したんだそうだ。

俗にグローバリズムの悪夢って呼ばれていることだろうか。
2007/08/03 18:00|歴史の考察CM:1
 

日米安保・占領体制からの脱却は、薩摩藩の歴史に学ぶ 

昨日は日本の国防について、新風の政権公約を批判するようなことを書いたが、今の名目上の独立国の地位を維持するなら、消極的に日米安保を維持していくしか無いのだ。

以前、同じようなことを書いたが、今の国際社会での日米関係は、江戸時代の幕府と薩摩藩の関係と同じようなものなのだ。
徳川家の全国支配が200年以上も続いたのは、諸藩が独自に経済力を身に付ける道を抑えたからである。鎖国によって、諸侯国が異国との交易で収入を得られないように制限する。そして、参勤交代で江戸に屋敷を維持させ、幕府が発行する貨幣が無ければ、領国経営が成り立たないようにする。
今の米帝が日本を服属させている力学と同じような構造なのである(米や小判をドルや石油に置き換えて考える)。

もし、米中を同時に敵に回すような外交・安全保障政策をやれば、石油や食糧の供給を止められて、干上がってしまうのだ。

島津家の領国は、今の日本と同じようなものだった。過剰な公共事業で財政は破綻していたし、米の収穫量は低かったから、足りない分を市場で高い金を出して手に入れなければならなかったが、世情の不安定によって米相場は高騰、尚更、厳しかった。
そんな薩摩がどうやって維新の雄藩に成り上がったのか、歴史を考察すれば、今の日本が取るべき針路が見えてくるかも知れない。

島津が抱えている問題を解決したのは、坂本竜馬だった。敵対していた長州から市価よりも安価に輸入できることになったのだ。

今の国際情勢は日本の幕末と似ている。バイオ燃料の需要や各地域の政情不安で、各種の農産物の相場は高騰している。
当面、徒に米中に反発を見せるのは止めて、自給率の向上も含めたことだけれど、日本が提供できる物を欲しがっていて、その見返りに食糧や天然資源を安定的に輸出してくれる国との関係を地道に築いていくしかないのではないだろうか。
それが余程、安定するまで、米帝や中華の横暴にハッキリとノーを言うような外交はできないんだと思う。

幕末の薩摩藩の財政危機だが、負債は500万両も積み上がっていたんだそうだ。
藩が推進した財政再建の内容だが、まず、「年に2万両ずつ、500年かけて返済する。利子は払わない」などという償還計画を書いて、強権で債権者に呑ませた。
そして、離島で生産される砂糖の販売を藩が独占し、10年で100万両の収入を実現させた。
その上、なんと、贋金まで鋳造して、倒幕のための軍事費を作った。

現在の日本政府の数百兆円の負債だって、まともに返済するなら、薩摩藩みたいに利子は踏み倒し、数百年に分割、年に2兆円ずつ返していくしかない。
案外、反対する国民は少ないんじゃないの?

それに北朝鮮みたいに、国ぐるみで偽札を発行する必要もあるだろう。
でも、米国のFRBがやっていることだって、似たようなものだ。日本政府が破綻したら、世界中で困る国が多いだろうから、悪びれることなんか無いぜ。

バイオエタノールのお陰で、サトウキビだって相場が高騰している。
幕末の島津家は砂糖の専売を大きな収入源としていたという歴史に照応しているように見えないか?

だけれど、俺個人はこれからの日本国は、米帝や戦後体制の象徴の国連の倒幕のために立ち上がる維新の雄藩の名乗りを上げることなんか無いと思っている。

しかし、このところ、選挙や政治のネタばかり書いていたような気がする。
もう、お腹いっぱいだな。
2007/08/01 18:00|歴史の考察CM:0
 

イスラム教圏版プロテスタンディズムが誕生する(カインの当たらない予言シリーズ、第5弾) 

以前、『サウジアラビアでは、無業者の若者が増えているんだってさ』というタイトルの記事を書いた。
今のサウジアラビアは原油高の恩恵で経済が潤っており、福祉が充実し過ぎているせいで、若い世代の労働意欲が地を這うような低い状態になっているという問題を取り上げたテレビ番組を観た感想だ。

俺はこれを観て、国家と国民の関係などについて、色々なことを考えた。もうひとつ、記事を書きたいと思う。

サウジアラビアは厳格な神権政治のような国家体制で、国民には選挙権が無くて、政治は王族に独占されている。また、信仰や表現の自由、飲酒は認められていない。そして、女性は服装が厳しく制限されているし、自動車の運転も禁止されているそうだ。
それを「バカの壁」という呼び方もあるんだろうけれど、民主主義国家の日本人・西洋人の感覚とはギャップが大きいのだ。

ところが、原油輸出で獲得した膨大な富を原資に福祉の大判振る舞いが施されており、サウジアラビアの国民は医療も教育も住宅ですら無償で提供されている。

そして、俺が最も驚いたことのひとつは、サウジアラビアの年齢層別人口だ。未成年者層の数が一番に多く、上の世代へ向かっていく毎に少なくなる、綺麗なピラミッド型のグラフなのだ。
経済的な繁栄を実現し、国民が受けることができる福祉・教育が整備されている先進国のほぼ全てで、少子高齢化の現象が起こっているというのに、このサウジアラビアだけは例外なのだ。

日本で生活している日本人の多くは、それらを得るために長時間の労働に耐えることを強いられている。住宅も子供の教育費も高い。だから、少子化だ。福祉はドンドン切り下げられている。
どうやら、サウジアラビア人は今の日本人が欲しいと思っている物の殆どを容易に手に入れられるように見える。

この番組を観て、もうひとつ強く感じたことを挙げれば、個々の国の出生率・出生数という数値データは、その国民が自分たちが生活している国・社会の将来に対する希望、楽観・悲観の尺度にもなっているのではないかということだ。

例のテレビ番組の視聴者の中には、選挙権も表現や信教の自由もいらないから、サウジアラビアに移住したいと思う奴もいるかも知れないな。

しかし、サウジアラビアの国民は楽観的だけれど、その政府は自国の若年層の勤労意欲が低下していることに強い懸念を示している。

俺がここで不思議に思っていることは、こういう国家は宗教権威を利用して、国民の思考や生活をコントロールすることくらい、難しいことではない筈だ。「どうして、サウジアラビア政府がそういうやり方で、若者の尻を引っ叩かないのか?」ということについて、イスラム圏の文化などには疎い俺には分からないのだ。

実はこれこそ、「バカの壁」なのかも知れない。ここで我々の世界のことを考えてみよう。今更、言うまでも無いことだが、大戦後の日本の政治・社会は、米帝の影響を濃く受けている。護送船団方式が立ち行かなくなった後はレーガン大統領やサッチャー宰相の政策をモデルにした改革が推進されて、やっぱり、米英に追従する政治の潮流だ。

西洋史の基本的な話だが、西欧の中で最も早くから近代化・資本主義社会が成り立った国家は、プロテスタンティズムの影響力が強かった米帝、英王国、蘭王国である。
カルヴァンの教義の「予定調和説」って呼ばれている物のことを平たく説けば、「救済される人間は生まれながらに決まってしまっている。そういう人間は現世で立派な職業人として生きる筈だ」という理屈である。だから、大衆は自分の死後の救済を確かめるために、労働に精を出したというわけだが、ルターやカルヴァンの説いた職業観はカトリックの常識とは正反対だったらしい。だから、宗教戦争を経てもカトリックの信仰が衰えなかった諸国は、相対的に近代化が遅れたのだ。
マックス・ウェーバーの『『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』でこういうことが突っ込んで書かれているそうだが、そういう精神は資本主義の性質に合致している。それこそ、プロテスタンティズムの信仰者が多い国が近代期以降、経済的繁栄を達成した要因に他ならないということなのだ。

考えてみれば、日本もプロテスタンティズムが成功している国の一例に見えなくもない。
昨今の日本で、よくある議論だけれど、「フリーターやニートは不安定だから、将来が不安だ」だとか、ある特定の業種・職種の不安定性を指摘する話などがそうだろう。
安定した職業に就かなければ、未来は真っ暗だ。
そういう、不安を煽って、人々に合理的行動を促すやり口(要するに、社会が必要とする職業への就労を促す)は、プロテスタンティズムの精神そのものではないのか?
今の日本は、他ならぬプロテスタンティズム圏諸国の制度をモデルにした政策を推進する潮流だからな。

以上のことから、俺は以下の妄想を誘われた。今のアラブの若年層の勤労意欲が低下している問題を今のイスラム教の信仰で解決できないなら、国際社会でのトラブルを避けるため、コーランのジハードの概念を改める動きも少しずつ起こっているように、信徒の職業観を現在の国際市場経済に適応させるための改革が起こるかも知れないのだ。米帝に民主化を押し付けられているイラクもそうかも知れないが、イスラム教世界にも、キリスト教のルター派やカルヴァン派みたいな宗派が誕生するかも知れない。

ルターが生まれたのは1483年、カルヴァンが生まれたのは1509年――ヨーロッパ人に合理的職業観を植え付ける思想家が出てきたのは、イエス=キリストの生誕から1500年ぐらい後なのだ。
21世紀に入って、イスラム教はその開祖マホメット(570年頃 - 632年没)が布教活動を始めてから、そろそろ1400年目を迎える。

どうも、世界史にはこういう法則みたいなものが成り立っているらしいのだが、東洋ばかりに大国が偏って存在する時期と、逆に西洋の方に強国が集中している時代が数百年おきに交互するというのだ。
古代の大帝国ローマが分裂した後、中世期の西洋は文明が衰退して、貧弱な国ばかりになって、逆に東洋には文化度の高い大国が多くなった。
ところが、ルターやカルヴァンが宗教改革を起こしている頃、ローマやウィーンはオスマン=トルコの大軍勢に攻め滅ぼされる危機すらあったが、近代期に入ると、英王国や米帝が世界に冠たる国家になって、東洋は日本とタイを除いて、殆どが西洋諸国の植民地になってしまった。今でも、先進国と呼ばれている国は、西洋が大半を占めている。

イラクなどのイスラム諸国を武力攻撃する米帝は、近世期にオーストリアやバルカン諸国を侵略したオスマン=トルコと照応して考えることができるかも知れない。
それはもう、衰退の兆しが見えているけれど、世界史の主役が西洋から東洋へ交代する過渡期に入りつつあるのかも知れない。
でも、その前にイスラム教世界は宗教改革の洗礼を受けることを避けられそうにないような気がする。それは今まで以上の動乱が発生することを意味するが、宗教上の根が深い問題を孕んでいることを考慮に入れると、17世紀のドイツの30年戦争みたいな酷い状況が予想される。
今の先進国が派兵して、平和維持活動を行なっても、焼け石に水だろう。
2007/01/23 20:00|歴史の考察CM:0
 
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