駄猫の時事放談

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いつの間にか、増えている規制 

『北斗の拳』のテレビアニメのDVDを観ている。

最近のアニメのDVDは、ディスク1枚に2回分しか収録されていないことが当たり前なのに、このシリーズは1枚のDVDに6回の放送分が収録されている。
しかも、それが26枚もあるから、全部観るまで結構、時間が掛かる……。

実はこれを観るのは、ほぼ初めてだったりする。漫画は愛蔵版を全巻揃えて持っているんだけれど、テレビは殆ど観たことが無かった。
残虐な描写が多いから、私のウチは観ることを禁止されていたかも知れない。

今の時代なら、深夜でなければ、放送できないような内容だ。DVDの各巻の冒頭では、「現在では不適切な表現が含まれますが……」のテロップが挿入されている。

昔と比べて、今のアニメは配慮しなければならないことが、とても増えていることが察せられる。

今、同じジャンプで連載中の作品で、アニメも放送されている『ワンピース』だが、原作では、ある登場人物が「孤島で飢えを凌ぐために、自分の足を岩で叩いて切断して食べた」なんていう話がある。
ところが、アニメ版では、その登場人物が片足を失った経緯は、「沈没する船の錨の鎖に巻かれて、切断してしまった」という話に書き換えられていた。
他にも色々と描き換えられている場面が多いらしいが、今は何でも子供に神経質な時代だから、配慮しなければならないことが多くなっているのだろう。

俺は『北斗の拳』が流行している時代は小学生だったが、すぐ上が団塊ジュニア世代で子供の数が多く、少年ジャンプの作品を観ていた人は、そのくらいの世代が多数だったと思う。
しかし、今は少子化で、漫画雑誌の市場は縮小しているから、小学校ぐらいの子供よりも、もっと上の年齢層を中心に広く相手にしなければ、商売にならない。
それでも昔と比べて、神経質にならなければいけないことが増えている。

そして、「神経質になり過ぎているな」と感じる出来事がある。
『ワンピース』だが、鉤十時(ハーケンクロイツ)を模した紋章を刺繍した旗を持っている組織が登場したのだが、その紋章が最初の掲載後に他のデザインに描き換えられる出来事があった。
多分、昔のドイツのファシズム政党を連想させられるから、そういうことになったのだろう。
10年ぐらい前、ある雑誌が「強制収容所にガス室は無かった」なんていう説を載せたら、圧力をかけられて廃刊に追い込まれる出来事があった。
きっと、そういう前例があるから、神経質になるのも道理なのだが、出版社は自分で規制の範囲を広げてしまった事実は、ちょっと怖いことだと思う。
大体、昔のドイツでは、鉤十時を自分の家の紋章に採用していた貴族や騎士が珍しくなかったのだから、「鉤十時=ナチス」だなんて連想するなら、極端過ぎる気がする。

こういうことも多いし、今の日本の社会って、やたらと「子供を危険や有害な情報から守りましょう!」っていう掛け声が多い。
そういう名目で、表現に規制が増えていくんだろうか?

最近になって、レンタルで出た古い作品を観ると、よく、「現在では不適切な表現があります……」などというテロップが出てくる。
ドンドン規制だらけになって、窮屈な社会になっていくのが怖いというか、寂しいというか、複雑な気分にさせられる。

出演者:神谷明、 鈴木三枝、 鈴木富子、 千葉繁
収録時間:150分
レンタル開始日:2003-04-11

Story
80年代に大ヒットした格闘アクションアニメをDVD化。核戦争で荒廃し暴力が人類を支配する時代、ケンシロウは最強を目指し戦いつづける。第1話「神か悪魔か!? 地獄にあらわれた最強の男」から第6話「悪魔の手配書 七つの傷の男を狙え!」までを収録。 (詳細はこちら
2007/11/19 08:00|漫画、アニメCM:0
 

カマキリ 

私の家では猫を飼っているのだが、比較的自由に屋内と屋外の出入りを認めていると、小動物や昆虫などを咥えて来ることがある。
この間、犠牲になった生き物は大きなカマキリだったけれど、何かの死骸が廊下に転がっていることを見かけるのは日常茶飯事である。

今週号のスピリッツの『闇金ウシジマ君』を読む。サラリーマン編は、開始から5話目ぐらいになるだろうか?
今度のシリーズの主人公の小堀が、職場では営業成績が振るわず、上司のイジメや生意気な後輩の横柄な態度の板ばさみに合い、家庭では「もっと、家事や子育てに協力しろ」と女房に文句ばかりを言われて、ストレスが臨界点に達してくる展開だった。

何だかな……。

もし、前のフリーター編のあの結末が、生まれ変わる前の宇津井みたいな読者に対して、叱咤激励のメッセージのようなものを送る意図で描かれたものだとすれば、その直後の新章突入で、この内容展開はとてもヘコまされる。
あれで「自分も」って奮起しかけたところで読めば、すぐに挫けてしまいそうだ。

尤も、俺はこの漫画がそういう意図で描かれた物だとは思わないし、思いたくもないし、もし、作者の意図がホントにその通りで、読者層の多数派のウケが良いならば、この社会の未来は真っ暗だと思うがな。

俗に下流層って呼ばれているような若者が、今の社会で本当に増えているんだとしたら、これは分かり易い話だな。大体、この漫画で描かれているような生活の暗さを想像して、就労や結婚から逃げていたり、そこまで引き篭もりでなくても、競争社会のレールから降りて、「自分らしさを消極的に選択」しているような生き方の奴が多くなっているのかも知れない。

今週号掲載の分で、最も暗い印象があるのは、疲れている小堀が自宅で女房から、もっと子育てに協力することを強いられそうになっていた場面だった。
漫画なのだから、デフォルマシオンが含まれているは当たり前だが、あの奥さんは旦那に対する労りの念が全く見えない。

基本的に女性という生き物は、こういうものなのだと思う。「自分の血を引く子供さえ無事に育てば、配偶者の男のことなんか知ったことではない」という本音がある。

最近、俺はこのブログで、何度も「子育て支援」を批判・皮肉るようなことを書いているじゃないですか。そういうことを訴える偽善者の言葉の裏側は、想像以上にえげつない意図があるようにも聞こえるということだ。

カマキリのような昆虫の世界と同じなのである。何かと言えば、雌が交尾中などに雄を食い殺してしまうという習性がよく知られているだろ。ここは少し立ち止まって、考えてみると面白い。
ウィキペディアで「カマキリ」を引くと、「共食い」の項目で下記の内容の記述がある。


カマキリが持つこれらの特徴と人間の男性・女性のあり方についてはまったく関係がない。


これは嘘なんだ。
多分、記事をこのように編集した人はダーウィニズムに対する理解が不十分なのか、分かっていても知らない振りなのだろうが、人間の男女のあり方の核心もカマキリなど、共食いが起こる種と似ている部分がある。

その証拠をひとつ挙げるが、行政の福祉・社会保障は男性に冷たく、母子に手厚い仕組みになっている。
例えば、一家の大黒柱の失業などで、経済的な苦境に陥った家庭は、母子家庭になれば生活保護を受け易いシステムになっているから、男は捨てられるように離婚されるケースが少なからず起こっているわけだろ。

現行の公的年金制度だって、世帯収入・保険料が等しいという前提で、様々な家族形態の計算を比較すれば、男の独身世帯が最も受給額が低い・冷遇されている仕組みになっているんだ。

雄を食い殺して、子孫を遺す営みをやっているという点で、人間の社会も本質的に同じように見える。

件の漫画の小堀はストレスで頭がおかしくなりつつあるが、とどのつまり、今の世の中は男は保険金を掛けて自殺してでも、女房と子供の生活の糧を捻出する義務を課されているかのような感がある。

フリーター編で、宇津井の同級生の橋本が、出産を経たことで容姿が劣化した奥さん(宇津井の初恋の相手)から、「子供を私立の小学校に入れるための学費を稼ぐために、土日にバイトしろ!」って言われていた場面もそんな感じだった。

そういえば、2巻と3巻に出てくる愛沢(893の滑川に恐喝されていた暴走族のリーダー)の女房も小さい子供を抱えていたが、どっちかっていうと容姿は悪かった。それで、最後は丑嶋が持ち掛けた取引に応じて、夫の身体を売るようなことに判をついていた。

つまり、この漫画の登場人物の中で、雌カマキリの資質が見え隠れしている子持ちの女のその容姿は、意図的にある種の醜さを描写している面があるような印象を受けている。

時々、特に年輩者のノスタルジーを誘う類の映画やテレビドラマなどで、「母は強い」などという牧歌的なフレーズが流されたりするが、そういう言葉は裏を返すと、とてもグロデスクな話になっているかも知れないということだ。

今の社会は色々な問題があるだろ。いじめ、家庭内の児童虐待、職場のメンタルヘルス……、
それは、上に書いてきたようなグロデスクなことを牧歌的な言葉で隠したりする風潮があるから、世間から見落とされることが多くて、不幸な目にあう人が多いんじゃないかって気がしている。

別に、この漫画の作者は社会を良くするためにこういう漫画を描いているわけではないだろうし、僕の読み方はトンデモの領域かも知れないが。

闇金ウシジマくん (9)
闇金ウシジマくん (9)
2007/09/25 08:00|漫画、アニメCM:2
 

『闇金ウシジマくん』の「フリーター編」の結末について(アレを怖いと思った理由) 

スピリッツという週刊の青年漫画の雑誌があって、今週の発売号から、『闇金ウシジマくん』という不定期連載の作品の掲載が、新しい章のスタートを切って再開された。

今日の記事だが、新章の「サラリーマン編」ではなく、ここ一ヶ月の休載前に完結した「フリーター編」についてを取り上げたい。
あの結末を意外に感じた読者は多かったと思うが、どちらかというと、(宇津井優一が更正して、家族の仲が良くなったから)肯定的な感想を持っている人の方が多いみたいだ。俺は逆に安堵できないものを感じたんだけれど、読んだ直後はそれを言葉で表現できないものだった。
最近になって、やっと、自分のモヤモヤを文章化することができるようになったので、これから、それを書いてみることにする。

この漫画のことを簡単に説明すると、一応は闇金融を営む男――《ウシジマ》が主人公なのだが、ナニワ金融道みたいに、金融会社の経営者や従業員の債権回収のドタバタのドラマよりも、債務者の葛藤や末路を追う展開がメインになっている。大体、債務者の末路は陰惨を極める結末が多い。

「フリーター編」に登場した丑嶋の「顧客」は、株式投資で無茶な信用取引に手を出し、追証の工面に悩んで電話を掛けてきた専業主婦である。
息子が一人いるが(宇津井優一という名前)、スロットに嵌って、消費者金融からの借金が嵩んでいる35歳のニートの男である(章の名前の「フリーター」は、彼のことを指しているのだろう)。

あらすじを細かく説明するのは端折るが、一家はウシジマたちに騙されて、ローンを支払っている途中のマイホームも老親の住まい(優一の母方の実家)も取られてしまい、その後は公営住宅で暮らしながら、金利の支払いに追われる生活を送ることになる。
しかし、最後、優一は弁護士に相談して、自分の債務を整理した後、心を入れ替えて、ギャンブルから足を洗って、介護ヘルパーとして就労して、親の借金を着実に返済していく。
この漫画の今までの章では無かったことだが、最後の最後で、「債務者」(ウシジマは「奴隷」と呼んでいる)が立ち直った結末なのだ。

ネットのブログとかで、この漫画のこの話についての感想を書いている人を少し探してみたんだけれど、私個人がサーフィンした限り、「爽やかで、好い結末だなぁ」などというような感想を持った人が多いなと感じる。

しかし、俺個人はそれよりも、ネガティブな意味で気になったことが大きかった。

順を追って考察を披露していくが、前の「風俗嬢編」に伏線のように見える場面があっただろう。
カウカウファイナンスの社員、番頭格の柄崎が債務者の老婆にみかんを差し入れる場面である。
芳則がそれを指摘すると、高田がこんなことを言ったわけだ。
「脅すばかりよりも、適当に親切に接してやった方が取立てがスムーズに運ぶこともある」(台詞は違うけれど、こんな意味の内容だった)

「フリーター編」の後半では、カウカウのそういう営業のやり方が遺憾なく発揮されているところが随分と描かれていただろ。
あの夫婦は住まいを失って、絶望のあまりに自殺しようとしていたんだけれど、それを思い止まらせて、公営住宅に入居できるように取り計らったのは、他ならぬ丑嶋だった(宇津井はホームレス生活から自宅に帰宅してから、仲直りした父親から、その話を聞かされる)。
それに加えて、息子は戻ってきたら、心を入れ替えて働くようになって、家族の仲も良くなったから、あの夫婦は丑嶋に対する感謝の念が強いのだ。

更正を果たした優一の姿が描かれている最終話では、そんな宇津井一家に対して、丑嶋は冷笑を漏らすのだ。
「家も騙し取ったし、かなり酷い目に遭わせているんだけれどな」(こういう台詞じゃないけれど、概ねこんな感じだろう)

この章のラストは、宇津井が真人間になって、前向きに生きているところを描いて、一見、ハッピーエンドなのだ。

ここから、俺が今日、最も言いたいことを書いていくけれど、闇金カウカウファイナンス・丑嶋というキャラクターに、他のものを当て嵌める想像力を持ってみようということだ。

よく、成功した経営者が書いた本などを読むと、「人に感謝されるような仕事をすることが大事だ。成功の必須条件だ」みたいな奇麗事が書いてあることが多いじゃないですか。
丑嶋やカウカウファイナンスの従業員はそういうことを抑えて、金儲けをやっているわけだよ。だから、債権の回収がスムーズに進む。

普通の会社に限った話ではない。
宗教団体もそうだし、ネット上のあちこちで販売されている情報商材とか、ネットワークビジネスの類もそうじゃないか。
水子供養を口実にした霊感商法もそうだろうし。
それらの多くに共通していることを指摘するが、「お客様の感謝の声」ってヤツが掲載されているケースが多いだろ。
「この商品を買ったから、この宗教に入ったから、悩みが解決した。物事が好転した。」
そんな「体験談」が多いですよね。

でも、今の世の中、経営者がそんな奇麗事を謳っている会社でも、後から後から不祥事で当局の摘発を受けている現実がある。

こういう闇金っていう特殊な裏側の世界に限らず、表面上では「客」に感謝されて、良好な関係を築いているように見える会社や宗教でも、裏側ではえげつないことをやっているから、儲かっている構造があるのかも知れない。

この漫画のこの章の話だが、実はこういうことを意図しているのではないかという気がした。

それで、以下は俺個人の偏った物の見方になっちゃうんだけれど、この漫画のこの話の結末について、「爽やかで、良い感じだなぁ」ぐらいの感想しか持たないような人は、もしかしたら、そういう商売に騙され易いタイプかも知れない。

きっと、そういう感性の人が多い社会なら、悪が栄え続け易い環境なんだろうな。ラストの宇津井一家って、北朝鮮みたいな非人道国家の国民と同じように見えてしまった。

雑誌掲載時、最後のページには「こげ(生きろ)、宇津井、! 力の限り!」っていう編集者のコメント(?)が挿入されていたが、そういう観点だけでは読めない話なんだと感じた。

闇金ウシジマくん(8)
闇金ウシジマくん(8)
2007/08/27 22:27|漫画、アニメCM:1
 

新聞で、『ちびまる子ちゃん』の四コマ漫画の連載が始まるそうだ 

タイトルの通りだが、来月1日から、下記の各紙で、あの国民的人気の漫画『ちびまる子ちゃん』の4コマ漫画が朝刊に掲載されるんだそうだ。

《掲載紙》
北海道新聞、中日新聞、東京新聞、西日本新聞、河北新報、神戸新聞、中国新聞、徳島新聞

以前、実写ドラマのことを軽く取り上げた時にも書いたが、俺はこの漫画で「家が火事で燃える経験をした同級生」の話が出てきた後から、作者の性格にある種の嫌悪感を覚えるようになった。以来、俺の嫌いな漫画家ベスト10に入っている。

でも、ウチが取っている新聞は東京新聞で、今度の4コマ連載は普通に興味を引かれているから、読みはするけれどね。

この間、三面にさくらももこのインタビューが掲載されていた。
「もう、今の若い世代は昭和40年代のことなど、わけが分からないだろうから、時代色はあんまり出さない」なんてことを言っていた。
逆を言うと、今の時代を意識するような描き方もしないらしいから、あの漫画の登場人物に携帯電話を持たせて登場させるような真似もしないだろう。昔からのファンは安堵ですね(笑)

記事の最後は「今の時代の子供は生き辛さを抱えていると思うが、それについて云々」などという質問だったが、それに対する答えは、「今の時代が特別、子供にとって生き辛いだなんて思っていません。どんな時代でも、その時代の楽しさを満喫できればいいですね」みたいな内容だった。
ステレオタイプな質問を一蹴したところで、この漫画家のことを少し見直した。

しかし、あと20年ぐらい過ぎたら、今のドラえもんのスネオみたいに、携帯電話を持たせるんだろうな。
2007/06/18 23:00|漫画、アニメCM:0
 

《YOU TUBE》で、海外のベルセルクのアニメを見ました 

一昨日、ブログのトラックバックに「ひよりのblog:ベルセルク」などというログが入っていた。
今日の記事はそれを話題に取り上げようと思う。

その記事とは関係の無いところなんだけれど、昨日はネットをウロウロしていたら、あるサイトから、《YOU TUBE》のアニメが全話セットでアップロードされているページへのリンクを見かけた。

前も少し紹介したことがあるが、《ベルセルク》は《ヤングアニマル》っていう隔週刊の青年誌で十数年前から連載が続いている漫画で、アニメは今から10年前――1997年の10月から翌年の3月まで放送されていた。

局は日本テレビだったけれど、放映された時間帯は夜半過ぎだった。
その当時、俺は漫画の方は知らなかったけれど、何かの雑誌の「秋の新番組」の特集記事に載っていたのを読んで興味を引かれて、最初から視聴したのだ。
が、見逃すことが多かった。
そんな時間は就寝していることが多いから、ビデオに録画して、後で観るようにしていたんだけれど、それよりも前の時間帯の番組が不規則に延長されることが多くて、目当ての物は時間が後ろにずれて、前半しか録画できなかったり、全く別の番組を録画した結果になったことすらあった。

だから、放映が終了してから、何ヶ月も後でビデオを借りて、やっと、ちゃんと観ることができたんだけれど、今は見逃したテレビ番組があっても、誰かしら、動画サイトに置いていってくれる人がいるんですね。
隔世の感があるし、便利といえば便利だけれど、オンラインでDVDの賃貸業を営んでいる業者は商売が成り立たなくなりそうだし、ホントはいけないことだろうから、そのうち、最近の画像投稿掲示板みたいに、当局の摘発が入りそうである。

10年前、このアニメが放映されていた時期の社会はどうだったかって振り返ると、金融恐慌、証券の不祥事で、やっとバブル崩壊の傷から立ち直ろうとしていた経済が再び不況に突入してしまったりとか、神戸の小学生殺害事件で、キレる少年の問題がクローズアップされたりとか、とても殺伐としていた世の中だった。

まぁ、今と大差無いがな。

だけれど、人間の醜い欲望や暴力で彩られた内容の漫画が大きな人気を博するのは、そういう殺伐とした世相を写している面があるのかも知れない。ちょっとだけ、そう思っている。

10年前のことで、アニメに関する出来事を挙げれば、エヴァンゲリオンの劇場版が話題の中心だったが、ポケモンショックも大きな事件 だっただろう。
テレビ東京で同年12月16日に放送された『ポケットモンスター』のアニメを観て、体調不良を訴えて病院に搬送される子供が数多く出たという事件だった。
その原因はストロボ、フラッシングなどの光を激しく点滅させるアニメーションの演出だったのだけれど、俺の記憶が間違っていなければ、同時期に放映されていた《ベルセルク》のアニメのオープニングでも似たようなテクニックが用いられていた。
主人公のガッツが剣の柄を握っているカットがパラパラ表示される演出で、確かにある種の抵抗力が低い視聴者は体調を悪くするような映像だったかも知れない。
だからだろう。その事件があった後の放映も、市販されるビデオでも、その部分は跡形も無くカットされている。

昨日、僕が《YOU TUBE》で観た《ベルセルク》のアニメは、海外――恐らく欧州で放送された物だった。フランスか、南欧系っぽい言語の字幕が入っていた。

そういえば、《ポケモン》は海外で、進化論・ダーウィニズムに否定的な宗教関係から、激しい批判に晒されているらしいが、《ベルセルク》は尚更、デリケートな内容を含んでいると思う。
日出国のファンタジーが、海外で、どういうふうに受け入れられているか、気になるところである。

まだ、書きたいことがあるので、明日もこの漫画に関係する話題にしようと思います。
2007/06/01 08:00|漫画、アニメCM:0
 
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