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『グローバル経済と現代奴隷制』(凱風社、ケビン・ベイルズ著、大和田英子訳) 

この本はあるサイトの書評で知って、妙に気になって買って読んだのですが、1章の冒頭から、とても衝撃的な内容でした。パリのある裕福な家庭で家事奴隷にされ、その家の主人たちに虐待されていたマリ国出身の少女のことの紹介に始まり、アマゾンの鉱山地帯には売春を強いられている少女が多いが、ある娘は性行為を拒否したことで、首を鉈で切られたという目撃例が書かれている。
その後、筆者が奴隷制問題に取り組むようになったきっかけのことと、グローバルな資本主義社会に適応した奴隷制のシステムの定義について詳細な説明が書かれていく展開になっている。

グローバル経済と現代奴隷制
ケビン・ベイルズ著 / 大和田 英子訳
凱風社 (2002.10)
通常2-3日以内に発送します。

2章では、タイの都市部で蔓延っている児童買春の世界と、それを定着させているタイの社会経済背景のことが詳細に書かれている。
日本の女性問題とかに取り組んでいる社会運動家なんかが聞いたら、怒りで目が暗んで卒倒しそうな内容だ。
まず、タイという国の男は、配偶者以外の女性とセックスする奴が多くて、都市部のサラリーマンは仕事帰りに飲みに行ったついでに売春宿へ足を運ぶことを当たり前のようにやっているんだそうだ。
国の経済が発達するのと比例して、都市部で売春に対する需要も高まって、農村地帯から多くの少女が奴隷として連れて行かれている。
これは単なる貧困が原因ではない。昔はよくある経済的な事情でやむをえずに娘を売るという事情だったのだが、日本の高度成長期のように工業化が進んでいる社会背景では、様相がすっかり変わってしまった。
酷い話なのだが、今の農村地帯の農家はカラーテレビやクルマ等の消費財を購入する資金欲しさに、自分の娘を売春宿に売り飛ばすのだ。
売春宿は少女の親に対する債権を返済させるために少女に売春を強いるのだけれど、暴力も取り混ぜて、これでもかというくらいに搾り取る。
少女が客とセックスをして稼いだ売上の中から、寝起きする部屋の家賃や光熱費や商売で使うコンドームの代金なんかを引くし、もちろん、少女の親に対する債権の利息もある。処女とセックスすると、寿命が延びるというような中国人の迷信につけこんで、処女と寝る客には割り増し料金を請求しているだなんていうことまで、レポートされている。
それで、極限まで酷使した末、エイズに感染したり、客を取れなくなるくらいに身体を壊したら、宿から放り出すのだという。
なんで、こんな非道がまかり通っているのかというと、タイの仏教社会では、女に生まれただけで罪深いとされていて、女は釈迦にはなれないから、親とかの言うことに従って、売春でも何でもやって、死後のために徳を積まなければいけないという思想があるからなんだそうだ。
ここまで無茶苦茶がまかり通っているんだと聞くと、小児性愛者の男には都合のいい理屈が通っている社会なんだなと驚かされるばかりです。
そして、日本の企業の資金もこういう性産業の投資に流れていることが書かれています。
この2章が一番、ショックだったかも知れない。

3章は古くからの奴隷制度が残っているモーリタニアの事情が取り上げられている。
この国は閉鎖的な政権で営まれていて、外国人がその辺でカメラを持っていると、すぐに官憲が飛んでくるような国だから、著者も入国の際に少し手間取ったことも書かれている。
アラブ系の民族『白ムーア』が上層階級なのだが、イスラム教世界では原理主義と対立している宗派に属しているらしく、だから、それに属する国々を敵視している米帝やフランスはこの国を橋頭堡にするために経済援助しており、それで国が辛うじて成り立っている状態みたいだ。
国土はサハラの流砂に呑み込まれかけていて、気候は過酷で、食料自給率は30%しかない。農業以外の産業も貧弱で、膨大な対外債務を抱えていて、世界の最貧国に属するが、道路とか、電話とか、水道といったインフラが殆ど普及しておらず、富裕層に属する人間以外は医療を受けることもできないから、国民の平均寿命は40歳程度で、子供は5歳か6歳の頃から働かされる。
この国で奴隷とされている人間が奴隷として生きる以外に選択肢が無い理由については、この国の歴史背景や経済・社会の事情を詳細に考察されている。
この国の奴隷制は資本の利害で成り立つ「現代奴隷制」じゃなくて、古くからの制度であることと、原理主義国家との戦争のために、この国を支援している大国はそれを黙認していることが問題解決を難しくしていることがんだそうです。

4章はブラジルで過酷な炭焼き労働を強いられている奴隷と、その労働を搾取している多国籍企業の関係が詳しく説明されている。
ブラジル政府が経済危機を乗り切るために、優遇税制で国際企業(ネスレ、フォルクスワーゲン等)を誘致した。企業は森林地帯の土地を安く仕入れ、業者を介在させて、奴隷制労働による森林破壊と搾取を始めた。
奴隷に森林の木を切り倒させ、それを燃やすことによって、炭ができる。その炭で自動車や産業機械の部品に焼入れが行われたり、製鉄メーカーで鉄が鍛えられて、それが世界の大手自動車メーカーで生産されているクルマの鋼材になるらしい。
経済のグローバル化がいかに進んでいるかが分かる内容なのだが、遠い異国の奴隷の労働が日本人の消費・投資生活と深く関係していることについて、最も感じさせられる内容の章だった。
国際企業の経営者は業績を上げるために奴隷労働を積極的に用いているのだけれど、メディアにそのことを糾弾された時のことも想定して、巧みに言い逃れるための方便も持っていることが突っ込んで書かれている。
これを読むと、近年の日本の雇用問題のことを連想させられる。ニコンの熊谷工場で、過労によるストレスで自殺した派遣社員の青年の母親がニコンと派遣会社のネクスターを裁判で訴えたけれど、三者の関係が曖昧なことをいいことに、ニコンも派遣会社も責任逃れの方便ばかり主張している。ブラジルの奴隷労働で利益を上げている会社と同じ態度なのだと思う。
コストが極限まで切り詰められる奴隷労働が地球上に存在する限り、企業はそれと競争せざるをえないのだから、日本人も職が無くなってしまうわけだ。

5章のパキスタンの事情については、こちらにまとめました。

6章はインドの事情に焦点を当てられているけれど、5章のパキスタンや2章のタイと共通する問題を抱えていることが分かります。
パキスタンと同じく、債務奴隷制が成り立っている要因は、宗教や地域のカースト制度による社会の矛盾が背景にあるからだと感じられる。
また、タイの都市部で売春を強いられている少女と同様、インドでも迷信や慣習を利用して、貧しい家庭に生まれた娘がある種の神を祭った寺院で性奴隷されてしまうことがあるそうです。
しかし、この章では債務奴隷の生活を抜け出すことができた女性のことが紹介されていて、現代奴隷制を根絶するためには何をするべきかのヒントが提示された内容も含まれています。

最後の7章と結びは、奴隷制の廃絶の必要性を改めて強調して、そのために何をするべきなのかを読者に訴えている内容です。

平たく言えば、現代奴隷制が生育される要素は、途上国で人口が爆発的に増えていること、経済のグローバル化、官憲の腐敗なのだ。
では、負の連鎖を絶つためにはどんな対策を打つべきかといえば、教育を受けさせることが最大の避妊・人口抑制に繋がるから、貧困も無くなる。そして、社会保障を充実させることが、貧窮した人間が奴隷の身分に陥ることを回避させる策になると説いている。教育水準が向上すれば、インチキな債務を背負わされるリスクも回避できる。
官憲の腐敗については、米帝を筆頭に先進国の市民が自分が投票する政治家に奴隷制を廃止するために、どんな政治活動を行っているのかを厳しく問いかけることで、奴隷制が蔓延っている国の矛盾を無くすことができると説かれている。

この本の印税は廃止運動の資金に投下されているのだそうです。だから、一人2冊以上購入して、周りの人間にも読ませろと言っている。

しかし、日本人の私は著者のベイルズ氏の意図とは乖離しているかも知れないことを読後に考えた。
これは訳者のあとがきを読めば、危機感が募ってくることなのだが、日本の国の経済や生活にも世界に現存する奴隷制は関わっていて、ましてや情報や資金が国境を行き来することが容易くなる一方の今後は、更に現実味が濃くなっていくことは言を待たない。
でも、ここで俺が何を書いても偽善・奇麗事なんだと思います。
日本人の消費経済に世界の奴隷労働がかなり浸透してしまっているようだが、知らないことの方が多いじゃないか。
つまり、蟻を踏み潰さないかと気にしていたら、生きていくことができない状況に似ていると思う。

日本の社会も現代奴隷制が生育される素養が多いのではないかということを考察させられたが、それは長くなるから、別の機会に書くことにします。
2005/10/16 09:03|本の寸評、読書感想CM:0
 

レンガ造りが盛んなパキスタン・イスラム共和国の事情 

パキスタンで大きな地震がありましたが、被災地は先月ハリケーン災害に見舞われたアメリカのニューオリンズと似たような状況になっているそうです。
交通網が麻痺したせいで、方々で周囲から孤立した被災地では、被災者に十分な量の救援物資が届かなくて、体力の無い人間から必要な物を得られずに死んでいくような状況の無法地帯になっているらしい。

昔の人は為政者の政治が悪いと、気象災害が起こり易いって考えていたようだ。
特定の地域に住む人々の集合無意識が気象現象すら左右するのだろうか?
現代でも、政治や社会に矛盾が目立つと、そういう凶事が起こりやすいのかも知れない。

しかし、トンデモな話は兎も角、アメリカのハリケーン災害にしろ、今回のパキスタンの震災にしろ、こうも大きい災害が起こると、その国その国の政治社会の矛盾が嫌でも見えてくることは確かなのだと思う。

パキスタンは耐震性の弱いレンガ造りの建物が多くて、そのせいで建物の倒壊の犠牲になった人間の数が多いことが指摘されている。
レンガ造りが盛んな国なのだが、今回はそんなお国の事情が詳細に書かれている本を紹介したいと思います。

グローバル経済と現代奴隷制
ケビン・ベイルズ著 / 大和田 英子訳
凱風社 (2002.10)
通常2-3日以内に発送します。

これはかなり衝撃的な内容の本です。
「現代奴隷制」という言葉は、単に安い賃金で働かされている労働者の生活の貧しさを比喩的に表現した言葉ではなくて、人間が立場の弱い別の人間を隷属させると、経済利益を生み出すための「道具」として、その人権人格を全く考慮せずに、どこまで酷使できるかが詳細に書かれているのです。
そして、これは過去の話ではなくて、今現在も続いているというか、前近代社会のシステムに取って代わった現代の資本主義・グローバル経済の世界では、昔の奴隷制度とは性格が異なる新しい奴隷制度が考案されて、それで世界経済が回っており、日本も含めた先進諸国の消費者の生活もそれとは無縁ではない。

パキスタンのレンガ造りの建物も奴隷労働の結晶なのだが、この本の5章目がこの国の問題についての考察に充てられている(しかし、パキスタン以外の国では、タイ、モーリタニア、ブラジル、インドといった国のことが紹介されているけれど、それらの国でも悪辣な制度がまかり通っている。このことについては、別のエントリーで書きます)。

5章が今日、震災で世間の関心が高まっているパキスタン――レンガ造りが盛んなお国の事情についての内容です。
土地を追われて失業した小作人やインドからの難民などが、レンガ造りに従事しているのだけれど、ここでも資本の一方的な理論によって、奴隷制労働が蔓延っている。
つまり、土地も他に職も無い人間は、家族ぐるみでレンガ窯の所有している人間に身売りする以外に生きる道が無いのだ。
レンガ窯の所有者は弱みに付け込んで、居住する場所を提供する見返りに、とても返済できないような債務を失業者の家族に背負わせ、自分の奴隷にしてしまうのだ。
レンガ製造の単価は酷く安く抑えられているから、一家総出で働いて返すまでの道のりは険しい。というより、家族の働き手が病気になれば、出来高が落ちるし、冠婚葬祭で急な出費が必要になれば、窯元に新たな借金をしなければならないし、そういうことを乗り越えられたとしても、窯元はインチキをするから、絶対に完済できないようにされている。それで、結婚して子供が産まれたり、親が亡くなったりすれば、債務は子や配偶者や孫にも引き継がれる決まりになっている。
仕事も危険で過酷だが、レンガ窯のすぐ横にある奴隷労働者の住居の環境も劣悪で、冬の寒さを越せずに死ぬ子供も多いし、井戸水も飲用に適さない物であるケースが大半で、やぱり伝染病で死人が多く出る。
何から何まで負担を背負わされ子や孫に引き継がされて、中世の西欧や帝政期のロシアの農奴のような生活だが、債務者の妻や娘は債権者やその手下の監督者の性暴力の危機に常に晒されている。

どうして、こんな無法がまかり通っているのかというと、パキスタンという国は「二十世紀資本主義という薄いベニヤ板を貼り付けた封建国家」という著者の評し方が核心になっている。
国民の基本的な人権を守るための法があったとしても、国家権力よりも、地域の武装勢力や宗教団体の方が力を持っているからだ。
例えば、この国の警察官はレンガ窯という資本を所有している者も含めて、地域の有力者の私兵になっているところがあるし、国の司法に携わっている人間でも、報復を恐れて、ある宗派に不利になる裁判ができないっていう雰囲気が濃いからだ。

「震災で子供が傷ついているから、義援金を送って下さい」だなんて言われても、レンガ造りに従事している家族の「債務の返済」で消えるだけかも知れませんよ。
震災が無ければ、傷ついている子供のことには関心が無かったわけだろ?
震災で住む場所を失って、新たに債務奴隷にならざるをえない人間が増えたかも知れないが、震災なんか起こらなくても、この国には「途方もない悲劇」が溢れているのだということが、この本を読めばよく分かる。
2005/10/15 08:47|本の寸評、読書感想CM:0
 

「ニートは親が甘い。家から追い出せば、仕事を選ばずに働くだろう」という罵倒的意見に対する反論 

世間では「ニートは親が甘い。家から追い出せば、仕事を選ばずに働くだろう」という意見が少なくない。
要するに、親の経済力があるから、ニートの寄生は成り立っているのだという関係に着目した、よくある批判意見です。

下記のオールアバウトのガイド記事に対するコメントの3分の1以上はそのような内容だし、アマゾンやbk1の『ニート』に関する書籍のレビューを読んでも、誰かしらがそういう文章をポストしている。
中には「行政が税金で対策するのは腹が立つ」という感情的なものもある。

http://allabout.co.jp/finance/ikujimoney/
closeup/CU20050425B/comments/contribute.htm?val=


私の親類にも、そう呼ばれそうな青年が二人もいるのだが、彼らとその家庭を見ていると、よくある罵倒的意見の通り、親(私の叔父は公務員)が子供の寄生を許せる経済力があるということが主な原因なんだろうと、つい最近までは思い込んでいた。

しかし、それだけでは説明がつかないことがあるではないか。
玄田有史と曲沼美恵の共著の『ニート』では、英帝の社会問題のことも軽く触れられているが、彼の国では地域別のニートのカウントは失業率と相関が強いことと、白人以外の人種の若者に多いこと、母子家庭、父親がいても失業状態の家庭から多く出ている――要はむしろ、貧しい家庭の子供の方がニートになり易いという傾向がハッキリと認められているそうだ。

どうも、「日本版ニート」の原因もそれと同じことが指摘できる面も少なからずあるようだ。
例の本の33ページのグラフを見れば、「失業者」よりも、学歴が低い奴の割合がかなり高いことが示されているけれど、親が子供の教育に投資できるほどの収入を持っていないと、正社員で就職することが難しい現状も知っていれば頷ける。
著者の人はこれとは別に「ニートが生まれるのは、むしろ経済的に苦しい家庭」という意見を発表しているそうだ。

そういう家庭の子供の中には、親が福祉に頼っている姿を見て、安い給料で働くのは馬鹿馬鹿しいという無気力感を育んでしまっている部分もあるのかも知れない。

若年層の失業率が10%にも達していることも、グレートブリテン王国と共通項の問題だろう。

上記のオールアバウトのコメントを読むと、いかに問題の核心が世間で理解されていないかが痛感される。

仮に「ニートは親が甘い。家から追い出せば、仕事を選ばずに働くだろう」という意見が正しかったとしても、私はそれが正論としてまかり通ってしまう社会は暗いものだと思う。
何故なら、親の脛を齧っていられる奴の自立を無理に強いると、その受け皿になる、非正規被雇用の賃金水準と民間の賃貸住宅の家賃の相場に影響があるからだ。
これは何度も何度もしつこく書くことだけれど、不動産所有者は借り手が増えれば、家賃を上げ易くなって、ニートやパラサイト・シングルを親元から追い出す以前から、自活していた人とか、事情があって、親元を離れて暮らさざるを得ない人の生活が苦しくなるからだ。
そして、家族を持っている人間でも、派遣や請負で働かざるを得ないケースが増えている今の厳しい雇用情勢下では、ニートの就労の受け入れ先もそういうところしか無いのです。
そうなったら、派遣で働いている奴の待遇にも良くない影響が表れるかも知れない。
「選ばなければ、仕事がある」だなんて言っている奴は、そういう想像力が足りないのだな。
だから、ニートは可能なら、ずっと親の金で生きていかれれば、それに越したことはないですよ(まぁ、それができないから、悩んでいる人も多いだろうし、「ニートは社会に出るな」と本気で言っているわけでもない)。

行政が不安定な雇用に追いやられている人間を支える政策に積極的に取り組まないで、住宅の家賃も賃金相場も市場原理に委ねている限り、ニートを無理に自立させることは賢明ではない。
所得ヒエラルキーの頂点付近の人間は益々富み栄え、それよりも下の労働者の皆の生活は余計に苦しくなるという二極化を加速させるだけだろう。

http://ass.mothers-auction.net/index.cfm

上記はEトレード証券が営んでいる不動産のオンライン競売のサイトだけれど、ターゲットは富裕層や年金や退職金をたっぷりもらえる中高年なんかに決まっているじゃないか。
若者の自立を促させば、こういう物に投資した奴の贅沢な暮らしを支えられるわけだ。

メイテックの設立者の関口房朗という富豪の名前を聞けば、派遣会社などというものがいかに儲かる商売なのかも分かる。

http://www.itoyama.org/contents/jp/days/2004/1209.html
例えば、上記のコラムも「ニートがお国の将来を駄目にする」などと憂国を装ったことが書かれているが、本心は自分の金儲けに若者を使い捨てたい考えなのかも分からないですよ。

「ニートを親元から叩き出せ」だなんて意見を本気で持っている人は、資産家の都合にまんまと乗せられている馬鹿なんですよ。

高度成長期なら、正規雇用が多くて、我武者羅に働けば、何でも手に入るという希望が信じられたし、老後の棲家の確保も不可能じゃなかったのかも知れない。
でも、今は「仕事は選ばなければあるだろ!」で、家を出て、コンビニの店員だとか、工場派遣の仕事に就いたら、どうだろうか?
歳を取ったら、仕事も住む所も無くなるだろ。ホームレスになるか、犯罪者になるか。

誰も言わないなら、俺がここに書いてやる。

パラサイト・シングルの自立を促したいのは、賃貸不動産所有者の利益のためだ。
自殺系サイトを規制したりして、自殺者を減らしたいのは、精神科医の商売のためだ。
出生率を上げたいのは、公務員が自分たちの賃金・退職金を税金から確保したいからだ。
何でも良いから、ニートは働けと言っているのは、派遣会社の利益のためだ。
2005/10/09 09:07|雇用、労働CM:0
 

Not in Employment, Education or Training 

去年、俄かに登場した『ニート』(NEET)という時事用語について、私の中では曖昧な解釈のままだった。
『引き篭もり』と何が違うのか?
恥ずかしながら、文章化してはっきりと説明することができなかったんじゃないだろうか。

自分の言葉で一応は定義できるだけの理解を得ることと、若年層の間で、そうした人間が増えている社会的な原因について、世の識者がどのように分析しているのかについてを知るには、関連する物の中から、どの本を選んで読めば良いのかについて、アマゾンのレビューを読み比べながら、しばし検討したけれど、いずれも厳しい評価をつけられているのが目立って、なかなか選べなかった。

今回、ここで取り上げる、玄田有史と曲沼美恵の共著の『ニート』も最適とは限らない。
私がそうなのだが、「ニート」と呼ばれる人間が増えた社会や家庭の原因、それが将来、どんな問題を引き起こすのか、それを解決する方策の案について、本を書いた人がどのように分析しているのかについて、興味と期待を持って読み始めると、がっかりするかも知れない。

どこぞの学者がニートのことを「とらえどころがないという感じ」などと評しているそうだが、この本を書いている人たちもはっきりとは説明することができない。原因の解明も分類も難しいとしている。
あまり意味が無いとすら言っているようにも感じられる。そこは、例の社会学者の先生の 『希望格差社会』という本で「フリーターを『夢追い型』『やむをえず型』などと分類することには、あまり意味が無い」などと書かれた内容と通じるところがあるんじゃないかと感じました。

だから、ヤングジョブスポットに通っているフリーターの若者へのインタビューを長々と記述している2章の内容は、良くないかも知れない。
個人的には自分と歳が近くて、性格や背景に似ている部分がある“カズさん”という女性のインタビューが少し興味を引かれたものの、この問題は「フリーター」と違って、ある個人の例とかを持ち出さない方がいいのではないかと思う。
これは、例の「働いたら負けかなと思っている」と言い放った24歳の男性とか、刈谷文など、テレビで紹介された特定の若者の言動の影響力を少し考えれば、どうだろうか。
世間の人間の多くが、「社会・経済が豊かになって、親が甘くなった」だとか、「本人の考え方の誤り、努力不足」などとしか認識せず、問題の核心を知ろうと思考する人間を減らしてしまう危険があるのではないかと思いました。

3章では兵庫と富山で実施されている中学生の就労体験の話、4章では体験者の中学生に対するインタビューがずらずらと書かれているけれど、本を手に取った目的が乖離しているせいか、残念ながら、私には行間から著者の意図を多く汲み取ることができませんでした。
(それでも、ニートの予防の効果がハッキリと認められないとしても、中学生に一週間の就労体験をさせることと、それがこの本で紹介されたことについては、全く否定的には感じていないですが)

読み辛さも気になって、わざわざ共著したのは、読者を混乱させるだけの結果になったのではないかとも感じた。

俺個人は1章で提示されているような内容(英国でNEETが増えている原因と、日本のその問題は異なると思う)を掘り下げたことが書かれている本が欲しいと思っているので、読後は物足りなさが残った。
そして、致命的なのは最後の6章に書かれている内容に考察の稚拙さが露呈している個所があり、かなり低く評価せざるをえない内容でした。

237ページから239ページに書かれている内容は良かった。「フリーターは職業能力が蓄積できないから駄目だ」という批判論の誤りに対する痛烈な反論です。要するに最低水準の賃金で効率をどこまでも追及して、責任を重く課したい企業の都合に目を向けないと、労働者全員の賃金水準に深刻に関わってくるっていうことが見えていない人が多いのだと思う。

しかし、240ページの「夫だけが正社員で毎月30万円の家計と、夫婦それぞれが月に15万円稼ぐフリーターであるのと、どちらが安定しているかは分からない」の件は流石にびっくりした。
『希望格差社会』で「フリーター同士のカップルは『弱者連合』にしかならない」と書かれている箇所とは、全く正反対の解釈だ。
私はそういう雇用形態の必要性もある程度は認めているけれど、まだまだそういう働き方をしている・せざるを得ない人が安心して暮らせる社会には程遠いということを(それが今の政治の一番の課題なのではないかと考えている)、この著者は分かっていないんだなと感じました。

252ページに書かれている、『ニートが増えた理由』の節の仮説も間違っている部分がある。
以下に書くことは今現在、ニートにカテゴライズされている奴にとっては、残酷で絶望的な考察になる。
特に「労働市場説」についてのことなのだけれど、「景気の回復」や「少子化」で若者の就業機会が増えて、ニートが減るのではないかという予測には、過度に期待しない方がいいのだ。
何故なら、企業が正社員で雇用して、ゼロから育てていきたい方針の対象は、学校を出たてで、脳みそが柔らかい奴に限られるのではないかと考えるからです。
会社は同じ賃金を投資するなら、学校を出てから間があって、空白や中途半端な職歴がある人間よりも、新卒の方がリターンが大きいと考えているから、新卒で漏れたら、厳しくなる一方なのですよ。
少子化で新卒者の人数が徐々に減っていくとはいえ、それで学歴の後に空白のある半端者にも機会が行き渡るだなんて楽観的過ぎるのではないかと見ている。
また、日本の経済は未だに国内消費の動向に依存しているところが大きいことは多くの識者が認めているようだが、だからこそ、出生率が下がる一方の現状を憂う声が大きいんですよね。
私は今までの人口を維持するために、出生率を回復させる策を打たなければならないという意見には全く賛同できないのだが、少子化対策必要論者が強調している通り、少子化で個人消費市場が縮小すれば、雇用もそれに比例するという論証には納得はしている。
だから、玄田さんのこの仮説は、間違っていると言える。

でも、前にも書いたが、今後の日本は経済成長を維持したいなら、個人消費を小さくしない方策よりも、その動向に依存する必要の小さい産業の育成に国を挙げて取り組めばいいじゃないかと思っているんですよ。
それができないなら、縮小する未来社会を認めて受け入れるしかないが、世の中の多くの賢人はそれを認めたがらないようだ。
今回は脇道になるから、少子化問題のことはこれぐらいにしておきましょう。

第二の「教育問題説」と第三の「家庭環境説」について、後で触れてみたいと思います。

この本については低く評価するようなことを書いたけれど、玄田有史氏は若い世代が厳しい状況に晒されている現実について、声を大きくして指摘している人なので、これからもご活躍していただきたいと願っています。

ニート
ニート
posted with 簡単リンクくん at 2005.10. 9
玄田 有史著 / 曲沼 美恵著
幻冬舎 (2004.7)
通常24時間以内に発送します。
2005/10/08 09:11|本の寸評、読書感想CM:0
 

自然災害で浮き彫りになる格差問題 

米帝のハリケーン災害については、あまり関心が無かったのですが、先週末の日経新聞の株式市況の頁の左上に掲載されていた『格差拡大に敏感な日本社会』というタイトルのコラムで、件の災害を取り上げて書かれた内容が興味を引きました。
ニューオリンズという地域の被害が最も深刻らしく、地形の関係で水が引くのが遅いらしく、五万人の市民が逃げ送れたままの都市は周辺から孤立していて、警察力も機能しておらず、治安が悪化しているそうです。僅かな物資を巡っての暴力沙汰が起こったり、レイプが頻発しているそうだが、警官もバッチを捨てて逃げ出すくらいの無法地帯と化してしまっているらしい。
その「逃げ遅れた人々」なのだが、自動車も所有していないような貧困層だ。つまり、自家用車を持たない者は他に避難する手段が無かったわけだ。
日経新聞のコラムではそこまで突っ込まれていなかったが、ちょっとネットで調べてみたら、その貧困層を占めるのは殆どが黒人らしく、昔からある人種差別問題も深く関係している(かつて、ニューオリンズという土地は、奴隷売買の拠点だった)。
大陸国家アメリカは自動車が無ければ、まず生活ができないものだろうから、誰でも所有していると思い込みがちだけれど、よっぽど貧富の差が大きいのか、実態はそうでもないようだ。

世の中はタイタニック号事故が起こった頃と何も変わっていないんだなと感じました。レオナルド・ディカプリオ主演の例の映画で、等級の高い客室を取った金持ちの客が優先的に救命ボートに乗っていた場面を思い出した。

例の映画も日経新聞のコラムもそこまで突っ込んでいないが、米帝は人種間での経済格差が大きいのだ。
出生率に関しても、日本や韓国と同様、白人社会は少子化なんだけれど、奴隷階級の末裔の黒人や中南米から流入してきたようなヒスパニック系は多産で、帝国全体では人口が減らないだけの数字だけれど、中身は日本や大韓民国とは全く異なるのだ。
それで、経済格差の下層に属する者の多くは黒人やヒスパニック系というのが実態らしい(特にヒスパニックの出生率が高い原因は、宗教上(カトリック教の信仰)の理由で避妊や堕胎が制限されていることである)。
勿論、出生率が高い人種の子供は、賃金の安い仕事にしか就けないから、貧困が次世代へ連鎖している。

これも山田昌弘著の『パラサイト・シングルの時代』のデタラメなところなんだけれど、この本で書かれているアメリカ社会についての論証は、この異なる人種の格差について全く触れていなくて、お話にならない内容なんですよ。
だから、ここのコラムで書かかれているようなことも部分的に間違っているわけだ(年齢層別の人口バランスの問題は兎も角、氏の言う通りなら、今の韓国経済の興隆は説明がつかなくなる)。

世間では今後の日本も経済格差が拡大している流れなのだという見方が濃くなっている。近い将来はアメリカの貧困層みたいに、クルマを手放す人が増えていくのかも知れない。
日本の場合、山や高地が多い地形を考えると、台風や水害のとき、クルマを持っていないから、逃げ遅れて死ぬっていうのは考えづらいかも知れない。
でも、恐ろしいことは、日本は世界で起こる地震の1割をその国土で引き受けているが、将来は大きな震災が発生した時、金を持っている奴と貧しい奴の生死がどのように篩い分けられるか――経済格差拡大の歪みがどういう形で表れてくるのかについて、今の段階では想像がつかないことだ。もし、想定できる人がいらっしゃるなら、話を聞いてみたい。少なくとも、学の無い俺の頭では分からないのだ。

しかし、この日経新聞のコラムには、ある種の反感を覚えた。

アメリカの気象災害の話に始まって、途中から日本のことに話が移るのだが、「企業も外では厳しい競争を繰り広げながら、内では経営者、従業員一体の共同体として長期雇用の維持に必死に取り組んできた。この結果として失業率が長期不況のもとでも5%台に抑えられ……」という件を読んで、私は不機嫌になった。
団塊世代の雇用条件を維持するために、若年層の失業率が10%以上に上昇させるという犠牲を生じさせられ、それ以外にも不安定雇用で働かざるを得ない奴が400万人以上もいる現状について、このコラムは全く触れていないのだ。
生まれてくる子供の数が減っていることの前に、このことが将来の経済成長にマイナスの影響を与えることの懸念はどこへいったのだろうか?

ふざけるな。馬鹿。とっととペンを折って廃業しろ。

尤も、読者層がどういう世代なのかを考えれば、こんな記事が書かれる事情も分かることだから、怒るほどのことじゃないか。
団塊世代のリーマンの達成感・プライドみたいなものをくすぐって、今後も購読を継続してもらえるように、ご機嫌を取るようなことを書かなきゃならないってことだろうか。
2005/10/05 09:19|格差社会、経済大国の貧困CM:0
 
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