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大勢は安倍晋三で固まっているようだし、間違っても谷垣偵一っていうのはありえないだろう。
谷垣はこの時期にアジア外交の重視を訴えて、国民は支持するのか?
中国という国はミサイル問題での対応を見れば、とても歩み寄れる相手ではないと思うのが道理だからな。
ところで、こんなに下がるとは思わなかった。株式市場のことだ!
地政学リスクは原油高を促進し、そして、それは米帝の消費・景気の後退に繋がって、日本を含めて、世界の株式市場の下落に至る。
日米の中央銀行の総裁の愚策ぶりもある。今の日銀の総裁は「村上ファンド」への出資の是非に拘わらず、さっさとクビにした方がいいと思っています。
金融資金は株式から債券にシフトしているそうだが、米帝も日本も財政は酷い状態だ。日本は2008年に大量の償還を控えて、普通に考えて、基本的に利回りが高くなっていく傾向は避けられないのに、それでもそっちに逃げるか。
いずれにしろ、今は首の皮一枚で繋がっている状況で、この株安自体が景気後退を招く可能性が濃くなっている。
もし、日経平均が14,000円を割れば、景気後退が現実味を帯びてきて、企業は再び雇用を緊縮させるかも知れない。
それで失業がまた増えれば、今度こそ、この国はファシズムが台頭してくるだろう。
働いても生活保護を受給した水準にも満たない収入しかえられない世帯数が全世帯の1割もいる矛盾の裏は、移民の問題があると思う。小泉政権は北朝鮮問題で、亡命者に生活保護を与える法案を通してしまったが、ここで再び景気が後退すれば、移民排斥・特定アジアの敵視と雇用対策を訴える極右政党の誕生の端緒になる可能性がある。
しかし、この前も書いたが、「親中=左翼」という思考も短絡的だとは思う。
実際、米帝よりも中国の方が大きな市場になっていて、将来、日本の株式市場はもう、米帝の金利やGDPやドル相場などではなくて、中国の指標を意識して動くようになるかも知れない。だから、左翼じゃなくても、日中関係を重視している人間が少なからずいるのだと思う。
いずれにしろ、人口減の問題も絡んで、今までの常識が通用しなくなりそうな気配である。
でも、ここに書いた「もし……」が現実になる可能性は低いかな、と思う。
雇用と言えば、確か、俺が株式投資を始めたばかりの頃――1997年も就職は氷河期が長引いていて、それが回復しそうだという見通しがでている状況だった。東洋経済新報社の会社四季報は各企業の「新卒採用数」の計画を特集していた誌面作りだったことを記憶している。
でも、そこで積極的に大量採用してしまった企業に限って、長引いた不況を生き残れなかったけれど……。今も人材確保が大きなテーマとして、クローズされていますよね。
しかし、明らかに1997年とは状況が違うことは、80年代後半のバブル景気の様相を見せているところがあることだ。
要するに、もう引退する人間が多いから、次の世代を育成することを先延ばしできないってことだ。だから、この先は株安、景気後退、失業者・無業者再増加という展開にはなり辛いかな、とは思っている。
俺も含めて、1970年代に生まれた世代は犠牲にされてしまったけれど、安倍晋三あたりなど、人口減でも社会は成り立つと進言してくれる識者の声に耳を傾けている政治家がいるから、この国は大丈夫かなと思う。
今の為政者の仕事は、「原油高も北朝鮮も少子化もさしたる問題ではない」ということを国民に訴えて、マインドを明るくして、景気に水を差さないようにすることじゃないかと思います。
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| 2006/07/30 17:00|政治|CM:0|▲
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タイトルを見れば明らかですが、「少子高齢化が進んで、人口が減っていっても、日本は衰亡しない。寧ろ新しい時代・次の成長が始まる」という見通しを様々な根拠を並べて訴えている内容です。
ずっと前、『人口減少 日本はこう変わる』(古田隆彦著)という本を紹介したけれど、海外情勢のことも含めて、今後の日本社会がどうなるかについての見通しについては、その本で書かれていることと同じような見解が披露されている。
ただ、古田氏の考え方との差異だが、この人の思想は保守主義で、ジェンフリ思想をベースにした少子化対策に批判的な態度を隠さないことだ。
古田氏や『子供が減って何が悪いか』の赤川学なんかも、「女性が仕事しながら、出産・育児をする」ことの支援策とやらをやっても少子化に歯止めを掛けることは不可能だと結論しながら、それが推進されることには批判的ではない。
が、この日下氏は「出生率を上げなければならないなら、若い女性は大学に進学させるな」などと、反感を承知でハッキリと断言している。
特に第一章で、ジェンフリ思想に基づく少子化対策や女性の高学歴化・社会進出が少子化に拍車を掛けるという批判が大きなテーマになっていて、少子化現象を教育やモラルの問題として説明する展開になっている。
それから2章以降で、人口減少でも日本の繁栄が約束されている根拠を説いていく構成になっている。
ここで改めて俺の考えを書くが、今の少子化担当相の猪口邦子も含めて、ジェンダー・フリー的発想が出生減に歯止めを掛けられる訳が無いという意見には賛同するが、この著者も含めて、少子化などの問題を教育や個人のモラルに帰する保守主義者の考え方にはある種の反感を覚える。
ニートや非正規雇用の急増もそうだし、児童虐待のこともそうだ。今回は記事のテーマから乖離してしまうから、詳細は書かないけれど、少子化や自殺の急増やニートや児童虐待といった問題の真の原因は、概ね下記のリンク先で書かれている生物学的な要因に他ならないという確信を持っている。
http://www.fujitanaruhito.com/blog/archives/001511.php
『人口減少 日本はこう変わる』(古田隆彦著)の「満員エレベーター化する社会」の節も参照されたし、だが、要するに、この国は今の経済水準では人口過多だから、自殺が多かったり、自分の子供を殺したり、そもそも出産を控える奴が増えているのだ。
自分もその煽りを食らっているから、個人的にそういう感情が強いところも否定しないが、決して、教育の荒廃や個人のモラルの退廃ではないのだと思う。
この本の著者の日下サンは江戸時代を理想視しておられるようだが、間引きの習慣についてはどう思っておられるのだろうか?
避妊や中絶もそうだし、最近、深刻に問題視されるようになった児童虐待も、本質的に江戸時代に流行した間引きと何ら変わりないのだ。
以上、1章は賛同できない部分が幾らかあったが、2章以降は概ね賛同できる内容だった。
国内の産業構造や文化、国際情勢についての見通しは古田の例の著書と同じような内容だったことが印象的だった。
特に国際情勢については、国連などには何の力も無いことと、世界が群雄割拠の時代に突入していることなどは、今の国際情勢を見れば、誰の目にも明らかだ。北朝鮮のミサイル発射問題にしろ、イスラエルのレバノン侵攻にしろ、新自由主義の米帝・英帝と共産主義・旧共産主義の中国・ロシアの覇権争いの場にしか見えない。
恐らく、世界は安全保障色の濃い排他的なブロックに分断されていくと思う。
しかし、著者は今の常任理事国のエゴ丸出しの拒否権を廃止する案――「拒否権無き国際連合」を打ち出しているけれど、安倍晋三が賛同してくれているなどと書いている。
こういう先を見通せる人間の進言に耳を傾ける為政者が政府にいるなら、この国もまだまだ、大丈夫かも知れない。
いい加減、建前と本音が逆の社会にはウンザリしているが。
日下 公人著 祥伝社 (2005.8) 通常24時間以内に発送します。
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| 2006/07/29 15:48|本の寸評、読書感想|CM:0|▲
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日本経済新聞の7月20日の朝刊に掲載されていた記事。
昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感・元宮内庁長官が発言メモ
昭和天皇が1988年、靖国神社のA級戦犯合祀に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)に語っていたことが19日、日経新聞が入手した富田氏のメモで分かった。
この時期にそういうニュースが流れたこと自体に何かの意図を感じることは、俺が言及するまでもないことだろう。
最近、日経新聞は左っぽくなってきたような気がするが、こんなことがあると、右系のブロガーの中には左翼の陰謀呼ばわりするだろうが、大方、日中関係が拗れると困ると言っている経済人の都合なんだろう。宰相の靖国参拝の是非については、財界でも賛否が分かれているらしいが、例えば、経済同友会の会長・日本IBMの北城恪太郎あたりは批判的だ。
日経新聞はそういうお得意様の顔色を伺った記事を提供するだけのことに過ぎない。
「永田メール」みたいなガセなんじゃないの?
無条件降伏まで、日本の皇帝は大元帥だった。軍人の東条を戦犯呼ばわりすると言うことは、自身も罰を受けなければならないということになってしまう。
そういえば、今週、スピリッツの『DAWN』は連載終了を迎えたが、以前、この漫画のことを取り上げて以来、このタイトルや作者の名前に「左翼」という言葉を組み合わせて、このブログをサーチしてアクセスする人がいる。
何を読みたくて、そんなキーワードでアクセスしているのかは分からんが。でも、私も中国にはあまりいい感情を抱いていないが、「中国との友好を重視する=左翼」という発想にも賛同しない。糸山英太郎のような右翼でも、かなり憂慮している。
しかし、宰相の靖国参拝については、その是非は兎も角、他国の政府に口出しされ、その顔色を気にしなければならない雰囲気があること自体がおかしい。小泉政権の安定で新自由主義で行くことが確定しているのに、「普通の国」は程遠いですね。
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| 2006/07/22 02:10|政治|CM:0|▲
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私は北海道には二度、行ったことがあるけれど、知床は1度だけ素通りしたことしかない。
その知床だが、昨年、ユネスコの世界遺産に指定されて以来、観光客が急増しているらしい。
知床と言えば、カムイワッカという秘湯が有名だ。噴き出した温泉は滝になり、滝壺を幾つか作って海岸まで流れているのだけれど、斜面は急で岩は滑り易いので危険があるし、湯も酸性が強くて、肌が弱い人には入れないそうだ。
にもかかわらず、シーズンに入ると、その秘境を一目見ようと登ってくる観光客で賑わっているそうだ。
私も今年、北海道を旅する予定を立てているが、今回は是が非でも、この秘境を見に行こうと思っている。
ところが、ここで少し残念な話を読んだ。地元の自治体の役人の上流部は危険」との判断のため、一般の観光客は『一の滝』の周辺までに立ち入りを規制されることになってしまった。
もうカムイワッカには入れないのか?
上のリンク先の日記を読んで、小沢一郎の日本改造計画の冒頭のまえがきを連想した。言うまでもなく、日本の新自由主義(ネオ・リベラリズム)のバイブルだ。
グランド・キャニオンの崖っぷちに転落を防止する柵等が設けられていないアメリカ社会の慣習と、何でも安全のための規制を設ける嫌いがある日本社会の差異を強調するためのエピソードだ。
リンク先の日記も小沢一郎の著書も、当局が観光客の安全を過剰に守ろうとする態度と引き換えに、自己責任が確立している個人の自由が奪われることを疑問視する立場である。
つまり、環境保護の観点からの規制なら兎も角、観光客の安全を考慮しての規制だとすれば、時代錯誤もいいところなのだろう。
言うまでもなく、昨年の総選挙で国民の大多数が小泉の自民党を支持したという結果は、米帝政府が国立公園のグランド・キャニオンに観光客の転落事故を防ぐための柵を設けたりなどはしないように、日本の政府も地方自治体も知床の秘境への立ち入りについて、安全の観点からの規制をかけるなど、もっての外ということなのだ。
しかし、ここで思ったことだが、構造改革などと呼ばれているモノの内容の根本的な誤りの可能性だ。
前も書いたが、この国の公務員の数はOECD諸国の中でも、決して多い方ではない。寧ろ、米帝よりも少ないのだ(人件費については、比較が難しいから、早計なことは書かない)。
確かに公的年金の格差は酷いし、一部、解体した方がいい省庁もあるにはあるが、単に公務員の人数が多いという問題ではなく、必要な所には人数が足らず、余計なことに人員を割き過ぎることで非効率が生じている面が多々あるのではないかと思う。
つまり、斜里町の役人はそんなことをやっている暇があるなら、もっと他に仕事があるだろ、ってことだ。そんな無駄な仕事をやっていると、同じ道内の夕張市みたいに破産してしまいますぞ。
斜里町の有権者は去年の総選挙では自民党を支持したクセに、こういう規制には待ったをかけないなんて、不思議なものですね。
因みに、斜里町のWEBサイトの記述によれば、カムイワッカ湯の滝で事故が発生した場合だが、救急車が到着するのは要請してから30分以上は掛かる場所なんだそうだ。
大丈夫さ。小泉改革が継続されて、時代遅れの新自由主義が推進されれば、いずれは日本中がそうなるから。
皆でそういう社会を選んだのだから、誰も文句はありませんよね。
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| 2006/07/20 03:44|政治|CM:0|▲
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先月、開催されたニッシンの第47期定期株主総会の会社説明会に出席した株主の中に、経営陣に対する質問の時間にマイクを借りて、ニッシンの成長と日経平均が10年以内に76,000円を超えるなどという予測を公言していた人物がいた。
「私は『株に向く人・向かない人』という本を出したんですが、その中でニッシンさんを推奨銘柄に上げたんですよ」などと謳っていた。
もしかして、誰かとグルになって個人投資家をはめこんでいるのかという勘繰りも無いわけではないし、そんな本を読んでいる自分もどうかと思うのだが、俺がこの本を著した人の見識・物の見方で特に興味を引かれたことは、米帝の衰亡を予測しているところだ。
俺が思うに、株式投資に関する本やブログを書いている人の多くは、資本主義の大国の米帝に好意的というか、米帝経済の不沈を信じて疑わない奴が多数派な気がするのだけれど、この人は
米帝は覇権国家の地位から転落する
ことを断言しているのだ。
アメリカの方ばかり見ている「アメリカ至上主義クソ食らえ」の感覚をもっと持って欲しいものです(27ページ)。
そんな「アメリカ亡国論」を土台に、日本を含めた今後の世界経済の動向についての大局観を披露しながら、これから有望な分野と関連銘柄の名前を出したり、著者のごく限られた個人的経験を根拠に、株で利益を出せる人とそうじゃない人の定義が述べられている構成になっている。
著者が著した通りなら、今日の日本のあらゆる問題は容易に解決できるに違いないと思う。
株価(日経平均)が10年以内に76,000円、更にその先は数十万円なら、年金制度も財政赤字も何とかなるかも知れない。
また、日本の省エネ技術や化石燃料に替わるエネルギーの存在がクローズされれば、原油高も恐れるに足らず、企業も消費者もマインドが明るくなるだろうし、今の市況も方向感がハッキリするだろう(最近、電車の吊り広告で「砂糖で走るクルマ」というコピーを見かけたが、そのテーマについて、凡そのことがこの本で取り上げられている)。
でも、俺は著者が言うほど、この国の未来は全く薔薇色が約束されているとは安易に信じてもいないのだ。
現状、日本企業の株価は米帝や韓国の資本よりも安いけれど、それが株式交換で食い物にされて、今でこそ世界一の技術を誇る企業は多いけれど、将来は外国企業の下請けに堕して、経済大国の地位から転落する可能性も否定できないからだ。
だから、ホリエモンや村上のような奴の犯罪は、国中の上場企業の経営者に警戒を促す効果が認められるなら、結果的にいいきっかけだったのだと思う。
大羽 登著 ベストブック (2006.7) 通常2-3日以内に発送します。
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| 2006/07/14 21:51|本の寸評、読書感想|CM:3|▲
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出生率の低下とそれによる年齢層別人口バランスの不均衡によって、年金制度が成り立たなくなるなどと懸念する声が多い。だから、少子化対策が急務だなどという雰囲気になっているが、俺はそんなことに幾ら税金を投下しても徒労に終わると思っている。少産社会に合わせた制度改変こそ必要だと考えているのだ。
だが、この間、『生命観・家庭観の違いについて』で指摘した国民性が災いして、このままだと、赤字国債を更に発行してまで、無駄な少子化対策をやりそうな雰囲気に流れそうな気がする。つまり、これからの日本の財政問題は「少子化対策」を「聖域化」してしまい、バブル景気崩壊後の公共事業と同様の失敗を重ねる恐れがある。
それで、少子多老社会に突入すると、制度の改変が追いつかないことと更に増えた国の借金の二重苦で、この国はどうしようもない状況に陥ってしまうんじゃないかと懸念している。
もう、積立方式も賦課方式も成り立たなくなっている以上、現行の制度は根本から解体して、税方式に転換するしかないのではないかと考えている。
新自由主義の政策が推進されたのは、経済界は雇用の流動化・不安定化を促進することで、従業員の保険料負担を軽くしたいという思惑があることは明らかではないか。一号被保険者の未納者が急増している問題はその表れに他ならないではないか。
雇用を流動化させる政策を進めるなら、毎月の賃金から保険料を徴収するやり方も、自営業と被雇用者で制度が異なることも、とっとと変えるべきだった。雇用している従業員数と役員の総数に応じて、企業は一律負担するという方式が良いのではないかと考えている。
実は昨年の総選挙で大敗した民主党のマニフェストだが、年金改革の公約については部分的に賛同していた。そのために消費税の税率を上げるという案には手放しで賛同もできないが、保険料ではなくて、間接税を大きな財源にする方向で、被雇用者と自営業者の差別を無くすという考え方には賛成なのだ。
大体、老齢や疾病に備えた保障という性格の制度ならば、いっそのこと、生活保護と一元化で良いではないか。アメリカでは年金もタックス(税)の範疇という考え方なのだ。どっちみち、小さい政府を目指して、公務員を削減する方向の改革を国民の多くが支持するなら、それは避けて通れない道だろう。
少子化の問題についてだが、本当に労働力が不足するなら、外国人の受入が必要だと言うなら、国中の高等学校を半分閉鎖して、中卒で就労する十代の労働力を増やすという思い切ったことをやったらどうかと思う。企業が中卒でも雇うことが前提だが。
16歳を成年と未成年の区切りにして、刑事責任も選挙権の付与も引き下げれればいいし、男子も16歳を以って婚姻が認められるように民法を改正すればいい。
そうすれば、早くから経済的に安定する若者が増えれば、未婚・晩婚が減って、結果的に少子化に歯止めが掛かるかも知れない。
経済人が訴えている外国人労働者の受け入れなどよりも、その方が社会不安が小さく、よっぽど良いだろう。教育費も減って、家計は大助かりだし、国も予算を削減できるから、最も安上がりな少子高齢化対策になると思いますが。
でも、それができない・ありえない理由はあるのだ。少子化を問題視しない立場の人の意見に含まれていることと絡んでいるが、今回はテーマから乖離するので割愛します。
大体、「生産年齢人口」という言葉が15歳から64歳までの年齢を定義していることがおかしい。
生産年齢って何だ?
労働可能な年齢という意味なら、高校進学率が95%を超えている現状では、下は19歳とするべきじゃないか。少しでも楽観的な数字を公表するために、無理に15歳以上としているのか?
ずっと前、『公的年金一号被保険者は、もっと声を上げろ』という記事に長々とコメントをつけられた。
少し荒れているように見えたかも知れないが、無論、俺が間違いを指摘されて不機嫌になったわけではない。立場が異なることもあって、根本的に意見が噛み合わなかったといったところだろう。
コメントをくれた人は、「世帯の生活を保障すべきという観点では、今の制度はベストではなくてもベターではあると思います」などと言っているが、馬鹿も休み休み言えと思う。どこかベターなんだ?
その記事のコメントで、こんな意見を披露したら、「現状でさえ利権絡みのプロの生活保護世帯でもない限り生活保護は申請したら貰えるなんて簡単なものじゃないので、誰でも受給資格の得られる税金による基礎年金とは別物と考えないと。」などという反論をもらったのだが、だからこそ、まともに年金を納付するよりも生活保護を受給した方が万倍得っていう考えが増えて、未納が増えている面もあるではないか。
『希望格差社会』で少し触れられていたことだけれど、それを読むと、国がそういう問題を放置するならば、今後、どんな危険な中間集団が肥大化していくのか分からないという危険が生じているではないかと思う。つまり、こういうことだ。最近、貯蓄が底を突く世帯が増えているらしいが、不安・生活苦のあまり、庇護を求めてある種の政党や宗教団体に入る奴が増えるかも分からないってことだ。
国の社会保障が頼れないからといって、誰もが株取引や起業で自分の不安を払拭できるとは限らない。誰もが自力でそれを叶えられるなら、変な宗教や政治思想が流行ったりするわけないのだと思う。
強制的に賃金から保険料を天引きされているサラリーマンは不公平感が強く、一号の未納者のことを快く思っていないのだろう。二号の納めた保険料が基礎部分の国民年金の穴埋めに使われているからだ。岡田克也・民主党の年金改革案が支持を集められなかった理由もそんなところだろう(労組が大きな支持基盤の政党がそんなことを公約に掲げているなんて変なことだと感じたが)。
でも、俺がおかしいと思うのは、そもそも未納者は受給資格が無いのだから、その論法で考えると、得するのは真面目に納めている一号ってことだ。逆に年金の未納者は年金保険料以外の税金が年金制度の維持に流用されていることで(国は男女共同参画の名目で、毎年数兆円使っている)、大きなペナルティを受けているようなものなのだ。
どうも、二号被保険者の多くは、一号・自営業は収入が多いクセに脱税しているし、生活保護を受給しながら国民年金も踏み倒してる不良が多いだなんて思っているらしい。
でも、二階部分以上を解体したいと画策しているのは、現行の法では保険料を半分負担することを強制されている経営者――経済人たちじゃないかと思うのだが。
二号被保険者はホントに自分たちが多く負担を強いられていると思っているなら、公的年金に不信感を抱いているなら、自分の雇い主に対して、年金保険料を負担しなくても良いから、手取りの給料を増やして欲しいと交渉すればいいのだ。経営者はそういうことを削減したいというのが本音だからな。
それを言わないってことは、自分たちは一号よりも恵まれていると分かっているからだろ(これが公務員の場合、共済は税金からも流用しているから、尚更、そういう考えは成り立たない)。
自営業を営んでいた家庭に生まれた俺は、そういうことを思っている。前も書いたが、そういう格差が大きいから、日本は他の先進国と比べて起業が少ないのではないかと思っている。政府は本当に起業する若者を増やしたいと思っているなら、そういう社会保障の一元化は避けて通れない課題なのだと言いたい。
大学生の4人に1人が起業を目指しているみたいなアンケート結果があるなどというニュースを読んだが、馬鹿かと思う。どうせ、独立を考える前に企業に就職すれば、割に合わないことが分かるのだ。
しかし、ここでどんな正論を唱えたところで、世の中が変わるわけがないのだから、各々、社会の負の部分を歩かないような生き方を選んでいくしかないと思っている。そういう個人的な考え方をどうして、以下のように皮肉られなければならないのか、意味不明である。
「しかしそんなに一号が嫌なら一生型に嵌まった仕事をする覚悟で恵まれた二号になれば?職業選択の自由があるのだから誰も止めない。自分の能力を買ってくれる会社で二号になってちょうだい。それに今どき二号も老後はどこかで働かないといけなくなってるよ、共働きの厚生年金や共済年金受給世帯でもない限り。
この実効税率の極端に低い日本ではサラリーマン苛めの増税なんて言葉は信じないが、自営業が冷遇されてるとも思わない。サラリーマン並に徹底的に収入捕捉されて課税や年金健保の掛け金取られてみれば判るって。」
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| 2006/07/13 20:55|年金、社会保障|CM:0|▲
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少し古いニュースを取り上げるが(一ヶ月前だ)、昨年のこの国の合計特殊出生率は1.25に低下してしまったので、1.39に回復することを前提とした今後の年金制度――「100年は安心な制度」の設計が崩れてしまったんだそうだ。
相も変わらず、馬鹿なことを言っている奴ばかりだなと思う。政府の警鐘につられて、少子化を懸念している人が多いことを言っている。現状、少子化を憂う声が多いほど、ジェンダー・フリー的政策に税金が無駄遣いされることを促進させてしまっている面が多々あるのではないかと思う。
まず、分かり易い話から入るが、世間一般で「少子化に歯止めが掛からないと、年金は破綻するぞ!」という懸念の声があるのは何故かと言えば、現役世代の支払いで高齢者を支える仕組みになっているからだ。それを賦課方式という。
でも、日本の公的年金制度は積立方式で始まって、それがいつの間にか、物価上昇のリスクから受給者を守るため、徐々に賦課方式の性格が濃くなってきたということなのだ。
「社会保険庁」という役所は何のために存在するのだろうかといえば、積立金の運用をやるのがその仕事の筈なのだ。
積立方式が成り立たなくなって、多数の現役世代がそれよりも少ない高齢者を支えることを前提にした賦課方式の発想が濃くなるということは、だ。「積立金の運用」を職務とする社会保険庁などという役所はお払い箱になるってことなのだ。
だから、そこの役人が少子高齢化を言い訳にするなんて、自分で自分の存在意義を否定するようなものだと奇妙に感じるのだ。賦課方式でやっていくつもりなら、そんな役所はいらない。
上で「相も変わらず、馬鹿なことを言っている奴ばかりだなと思う。」と書いたのが何のことかと言えば、日頃は政府や公務員の不祥事に厳しく鋭く批判をするブロガーや論客は多いけれど、この問題に限っては、少子化対策の必要性ばかりに視点を奪われて、この矛盾を指摘する人を殆ど見かけないことだ。
そして、こういうことを考えると、そもそも、公的年金制度は何のためにあるのかという疑問が生じてくる。
高齢によって就労が困難になった国民の最低限の生活を支えるための制度なら、積立制度などは無意味になる。それはインフレーションなどのリスクや運用の成果によって、最低限度の生活の保障にも不十分になる。
そんなに子供を産まない奴を悪玉視する風潮が昔からあるなら、最初から賦課方式でやるべきだったではないか?
今の日本の制度は「修正積立方式」なんて呼ばれているが、とどのつまり、株式投資の損失を税金で補填するのと同じことだろうが。
ウィキペディアで調べてみたのだが、やはり、公的年金制度は元々、貧しい老人の生活の安定を保障するために始められたことなどと書かれている。高所得者から税を徴収して、再配分するシステムだったのだろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E9%87%91
当初の養老年金は、一定年齢に達した者に対し条件付きで、あるいは、所得のない者に限定して支給するものであった。その財源は国庫から賄われたが、このように、受給者は掛け金や保険料を負担しない、拠出を条件としない年金を無拠出制年金という。
とどのつまり、新自由主義を推進する政治を支持しているのは、こういうものを負担したくないと思っている勝ち組・資産家や大企業なのだろう。国民の過半数がそれで良いと思っているなら、小泉の改革路線の継続を支持するなら、もう、公的年金制度それ自体を解体・無くしてしまえばいいってことだ。給料の手取りも増えますよ。
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| 2006/07/12 19:10|年金、社会保障|CM:0|▲
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橋本龍太郎元首相のご冥福を祈る
糸山英太郎・公式ホームページの不定期コラム。一週間前に公開された上記の記事は、橋本龍太郎の逝去に哀悼の意を表しながら、日本の少子化を憂い、子供を生まない若い世代を批判する趣旨の内容である。
橋本龍太郎も小泉純一郎と同様、新自由主義の推進者だった。国鉄の民営化の立役者であるし、小沢一郎の『日本列島改造論』の影響も受けている。
でも、小沢と同様、新自由主義の誤りや限界を認めることを標榜するようになった政治家だったようだ。郵政民営化について、某新聞社の取材に応じた際、JR西日本の福知山線脱線事故が起こったことによって、自分が推進した民営化を後悔しているようなことをコメントしたそうだ。
あまり良いイメージが無かったけれど、2001年の自民党総裁選で選出されたのが小泉じゃなくて橋本だったら、有権者も一時期の失政を許して続投を認めていたなら、今の日本はもう少しマシな社会になっていたのかも知れない。
身近な人が亡くなることが多い割には、新しい命の誕生のニュースが少ない。
新しい世代が次の世代を産み育てなければ死んでいった者は浮かばれないのだが日本の少子化は非常に深刻になっている。
出産に伴う労働の機会損失および金銭的労働対価の損失、仕事と育児を両立できる環境整備の遅れ、核家族化による育児の負担感の増大、高学歴化による教育費負担の増大、女性の就業率上昇による結婚・出産の機会費用の増大、規制緩和による非正規雇用の増加、雇用情勢の悪化によるニート・フリーター等の経済的に不安定な者の増加など若者達にも言い分があるのはよくわかる。
そんなことになったのは、新自由主義を推進する政治の結果に他ならない。そればかりが原因ではないが、経済人・大企業に都合のいい規制緩和のせいで、安定した雇用に就けない奴、なんとか正社員で就職できても、労働環境の酷さなどのせいで結婚できなかったり、子供を産めない奴が余計に増えていることは否めない。
子育て支援とか言って、既に結婚した奴らや、子供を育てている世帯に行政が金銭援助をしたって子供は増えない。馬鹿じゃないの?
今では数千億の資産を持っている糸山氏ですら、正妻との間には子供はたったの2人しか作らなかった。
そんなに資産を持っているなら、株投機をやるだけの億単位の金を持っているなら、もっと多くの子供を育てられただろう。
つまり、人間は単純にお金さえあれば、子供を沢山産むとは限らないってことをこの大資産家は自身で証明しているようなものなのだ。
尤も、糸山氏は妻以外の愛人との間に庶子が生まれているのかも分からない。援助交際疑惑が捏造だとしても、女性関係が多かったことは間違いないのだ。
しかし、仮にそうだとしても、自伝書などで公言するわけにはいかない。何故なら、それを認めてしまえば、自分が親にされて嫌だったこと(糸山氏の母親は父親の正妻ではなかったので、妾腹の子供という劣等感が強かった)を自分の血を引く子供に味わせているということになるし、そうなれば、自分が訴えている「家庭の大切さ」を汚物に塗れさせて、否定してしまうことに他ならないからだ。
前も同じことを書いたが、株式投資はフルキャストやトヨタなどの銘柄で大きな利益を上げたそうだが、それらの企業が規制緩和の恩恵を受けたことは明らかだろう。その裏で非正規雇用が増えて、未婚が急増した面も多々あるではないか。つまり、若者を食い物にしているという点では、この人は経済人や団塊世代全体と同罪なのだ。何を今更、奇麗事を言っているんだと言いたくもなる。
「フリーターでも低賃金で頑張って働いて子供を育てろ」と言っているみたいだな。国や資本家に奴隷を供給し続けろということか。
しかし昔の人たちが、決して恵まれた環境で子を産み育て上げたわけではないことぐらい想像できるはずだ。
こんなことを言うと、上記も含めて、「豊かさのせいで我が侭になった」みたいな批判があるんだろうが、そういう社会を作ったのは現在の団塊ジュニア以下の世代を産み育てた世代に他ならないではないか。
そういう経済的に成功した生活を勝ち取るための努力を促しておいて、今更、「貧しく不安定でも……」は無いだろと言いたい。
それから、このことを指摘したら、それを趣味にしている人は気分が悪くなるだろうけれど、糸山氏はゴルフなんてものの大衆化を促進して、日本の国土の自然破壊を促した責任をどう取ってくれるの?
こういうオヤジが増えているから、キャリア志向で結婚や出産を避ける女性が増えたんだろ。
お前らの失政の結果だろ。
ふざけんな。

ここまできてしまった以上、ホントに少子化でこの国が滅びるかどうかを見届けてみようじゃないか。
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| 2006/07/11 01:50|政治|CM:0|▲
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「官から民へ」がトレンドの時代である。民間でできることを国が担うのは止め、国家の機能を小さくし、公務員を削減して、税金を安くしようという論調のことである。
今でも日本の政府は他国と比べて、決して「大きい政府」であると言えるかどうかは定かではないのに、一部の官僚・公務員の不祥事を大きく取り上げて、国民が更なるスリム化を望むように意識を操作されているような気がしないでもなくなってきた。
そして、やたらと自立・自営を促すことを主張する声が大きくなってきたことも気になっている。
今日は極端なことを書いてしまうが、俺はそういうことを突き詰めて考えると、国家不要論に行き着くのではないかと思っている。
例えば、最近は裁判や刑法の問題を取り上げると、「未成年加害者も含めて、凶悪犯罪者に対する刑罰が軽過ぎる」という批判が増える一方である。
ここで国家の機能の一面を指摘すると、まず「報復権の独占」ということがありますよね。
社会の秩序を維持するため、身内が理不尽なことで命を奪われるようなことがあっても、勝手に加害者に復讐することを禁じるわけだ。
でも、山口県の母子殺害・屍姦事件のことを取り上げているブログなどを幾つか見て思ったことだが、司法が加害者を死刑に処さなければ、被害者遺族の報復を支持しそうな人が少なくない気がする。今日の日本の裁判所を牛耳っている法匪の見識に不信感を持っている人が多いのだ。
そのうち、国の司法権・警察機能も民営化か? そんな雰囲気になりそうな気がしないでもない。
公立学校で児童・生徒に朝食を用意することの是非についての議論もそうだ。
反対する奴は、やたらと「家庭」の役割やらを訴え、「過剰な福祉による自立心の喪失」を指摘している。だらしない大人に代って、その子供の面倒を税金でフォローするのは間違っているという考え方だ。
北朝鮮のことだってそうだ。拉致被害者を取り戻せない、ミサイルを撃たれても報復できない政府に対する批判が高まっている。
国防も民営化、自衛隊も警備会社化すればどうだろうかっていう考えに行き着きそうだ。
「国」のサービスが気に入らなければ、「税金」を支払う義務は無くなるのだ。自衛隊よりも、拉致やミサイルに適切な対処を取れる民間の軍隊(傭兵)を雇う方が良いかも知れない。
「年金が当てにできないから、自分で資産運用しましょう」というコピーなんか、その典型ですよね。
もう、「国家」なんかいらないってことになるじゃないか。
無政府というのは、『北斗の拳』の世界そのものである。
北朝鮮のことといい、社会保障制度のことといい、司法や警察のことといい、教育のことといい、昨今の日本社会の問題を突き詰めて考えると、そういうところに行き着くではないか。
『北斗の拳』のような世界とは何か。
この漫画は構成が滅茶苦茶だけれど、要は法も秩序も無い荒廃した世界で、自身の力で自分の身と愛する人間を守りながら、命を繋いでいくことの尊さを謳ったテーマの作品だろ。
だから、学校で朝食を支給することに嫌悪感を抱き、福祉をドンドン削減する政治を支持し、家庭の力を訴える人間の声が多いのだろう。
何でも国の福祉に頼らず、そういうふうに生きろと主張する自立バカが増えているような気がする。
北斗の拳症候群という病気だろう。
政治があまりに酷いからといって、心の底で『北斗の拳』のような世界が訪れることを待望している奴が増えているんじゃないのかっていう妄想が膨らんでいるのだ。
200X、日本列島はテポドンの炎に包まれた――
時は、まさに世紀末――♪
淀んだ街角で僕らは出会った――♪
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| 2006/07/10 09:22|政治|CM:0|▲
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ここ2ヶ月の株式市場は色々あるみたいだけれど、日米両国それぞれの中央銀行の総裁の政策の稚拙さや不祥事を不安視する弱気に足を引っ張られているといったところだろうか。
やっと、テクニカル的に下げが落ち着いてきたと思ったら、ここにきて北朝鮮のミサイルという悪材料の追い討ちである。でも、村上ファンドの摘発や日本銀行の福井総裁のインサイダー行為の発覚などといった不祥事とは、時期がずれたことは不幸中の幸いなのかも知れないですね。
「北朝鮮のミサイルが日本海に――」というニュースが投下されるのがもっと早ければ、日経225平均はあっさり14,000円を割っていたんじゃないだろうか。そこまで下がれば、株価の急落それ自体が景気後退を早く呼び込んでしまう恐れもあるのだと思う。
勿論、近日中にそれが現実になってしまう可能性も否定できないけれど……。
最近のキツい暴落は、「これから株はドンドン高くなる!」と考えている奴が多いからだと思う。
後から見れば、村上世彰や堀江貴文といった連中の証券犯罪は、必要悪だったと言えるかも知れない。
今年、商法が改正されて、外資が株式交換で日本企業を大っぴらにM&Aできるようになる前に、こいつらの法の抜け穴を突いた投資行為のことが大きく注目されたことは、良かったのだと思う。いきなり、グローバルな資本の理論に晒される前に、企業経営者に防衛策の必要性を厳しく自覚させるだけの材料にはなったのだから。
だから、買収を阻止するための株主還元策とかで株価が上がっていくことを予想する人が多いわけなんだろ。
この間までの暴落や今の不安定な市況は、生半可な強気・ホルダーを振り落とすための悪天候なのだろう。相場っていう世界は、長い目で見て、利益を出せる人を少数に絞るようにできている面があるのではないかと思う。
それこそ、北朝鮮のミサイルが列島上のどこかに落ちてきて、流血が現実になっても、この国の将来の見通しの明るさを持ち続けられる奴だけが成果を手に入れられるようになっているのかも知れない。
どうして、外資は日本企業の買収を狙っているのかと言えば、優れた技術を持っていて、米帝なんかとタイアップしなくても、日本独自の技術で金・軍政権国に対抗できる兵器を開発することが不可能ではないからだ。そんな優れた技術・特許を抱えている日本企業を破格値で買いたいから、海外の資本家は米帝政府を通して、日本政府に規制を撤廃するように圧力を掛けてきたのだ。
そうじゃなければ、株式も為替も債券も恐慌は必至だろう。今度のことで誰の目にもハッキリしたが、米帝は日本列島の安全保障のために自国の武力を使う用意も関心も低いからな。
ミサイルの発射よりも、「脱北者」を受け入れて、生活保護を与える法律だとか、パチンコ業界と警察官僚が癒着していることの方がよっぽどの脅威だと思いますが。
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| 2006/07/09 00:01|相場黙示録カイン暫定版|CM:0|▲
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雨がよく降るから、傘を持ち歩くことが多い季節です。
通勤時間帯の駅など、混雑している場所で気になることは、無神経な傘の持ち方をして歩いている奴がいることだ!

上記の図画で表した通り、階段を上る時に傘を持った腕が振れる度、傘の先端がどちらを向いているのかということに注意が向いていない奴がいるのだ。後を歩いている人間にとっては危険なのだ。

自分が持ち歩いている傘の先端がどっちを向いているかということにも注意を払ってもらいたいです。

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| 2006/07/08 17:44|生活、モラル、マナー|CM:0|▲
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先週末、少子高齢化についての記事を書いて、少子化を問題視していることを標榜している経済人の欺瞞を指摘したのだが、この問題について、どうしてこんなに誤解している人が多いのかと不思議に思っている。
気になることがある。私は視聴していないのだが、ずっと前、NHKのある討論番組で「少子化」がテーマにされた時、外国人の出演者が「日本人は少子化問題に神経質になり過ぎている」みたいなことを言っていたそうだ。
そして、私はこの国の国境の外に出た経験が皆無なので、詳しい事情は分からないのだが、聞くところによると、欧州ではこんなに少子化を問題視する声は大きくはないそうだ。
特に保守系思想のブロガーが「今の政府のフェミニズム色に染まった少子化対策は、少子化に歯止めを掛けることはできない」ことを指摘しているのだが、そういうことに思考を移すと、そもそも、欧州の高福祉国家で行われている育児支援策とやらは、出生率を上げることが主な目的で行われているわけではないのではという疑問が浮かんでくる。多くの日本人が思い込んでいるほど、それらの国では大きなテーマになってはいないのではないか?
そして、少子化・人口減を懸念することを謳いながら、出産を避けている若年層に批判的なことを言っている人の意見を読みながら、ここ最近、浅学ながらフェミニズムや生物学のことなどを考察していたら、あることに思い至った。
それは日本人の生命観・家庭観の特徴と西洋人のそれらとの違いである。
どうも、日本人という民族で培われていることとして、自分の身体について、「先祖から借り受けた物であり、子孫に譲り渡していく責務がある」という考え方が西洋人と比較して強いのではないかと思う(ここで西洋人と書いたのは、東洋には日本人の他にも、それと同じような傾向がある民族がいる可能性があるから)。
皇室の問題について、男系の維持を強く主張する人が少なくないのも、そういう思想の表れに他ならないのだろう。西洋人はそういう考え方が小さいから、諸王国の王室はしょっちゅう男系が途切れて、王朝が交代しているのだろう。
だから、日本では子供を持たない・持つ意思のない人間はおかしいとか、強く批判することを言っている人が多いのだろう。そして、自殺についても、「それは絶対に間違っている、親不孝になるので、未来永劫、その魂は苦悶する」などという発想もあるんだろう。
最近、これらのことをおぼろげに認識するようになった。
一方、西洋人というか、西洋から入ってきた思想についてだが、リチャード・ドーキンスによって完成されたダーウィニズムは、日本人の旧来からの考え方を尽く解体してしまう。「肉体は遺伝子の乗り物に過ぎず、進化とはより環境に適した肉体に乗り物を取り替えていくこと」などという発想は、以上のような生命観の日本人には受け入れ難い。自殺は進化のための必要行為という発想も理解し難いだろう。
勿論、西洋でもキリスト教の考え方とダーウィニズムは相容れないようだし、ダーウィニズムについても、生物学の世界の中では、ドーキンスの利己的遺伝子説には懐疑的な層もいることはいるみたいだ。
以下は私個人の考え方になるが、多くの日本人が持っているであろう、自分の身体は「親や先祖から預かった物」という考え方に抵抗感がある。個人的なことなので、ここでは詳細は省くが、ある出来事がきっかけで、こういう考え方に強い反発を抱くようになった。
俺は元々、生物学を含めて、理科というものが苦手だったのだが、そんな自分がこの頃、ダーウィニズムに興味を引かれるようになった素地はそういうところにもあるのだと自覚している。
ただ、誤解が無いように言っておくが、俺は特定の思想が真実だとか、逆に全く間違っているなどと断じるつもりもない。
要するに、「旧来の生命観を土台とする伝統で維持しなければならないものもあるが、逆に新しい科学の観点から考えなければならない問題もあるんじゃないの?」ってことを投げかけたいのだ。
それらの詳細は、追って別に記事を書く。
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| 2006/07/05 18:52|家族政策、子育て、ジェンダー|CM:0|▲
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3日くらい前の新聞だったと思うが、一面は小泉宰相がアメリカの皇帝ブッシュ・ジュニアと会談して、「21世紀の新しい日米同盟」を宣言したことが大きく取り上げられていた。
そして、同日の社会面は沖縄の米軍基地の撤去を訴える市民運動のことが掲載されていた。それは米兵による婦女暴行のことや、レイプされた過去がある女性のインタビュー記事で構成されていた。
このテーマは前も取り上げたことがあるが、私も米兵の犯罪に対して義憤のようなものは抱いていながら、左翼の反対運動に懐疑的なところも大きいのだ。
俺は嫌米だが、現状、安全保障の問題は軍人の婦女暴行などの犯罪と切り離して考えるべきじゃないかと考えている。
「沖縄に米帝の軍隊の基地があると、治安が悪くなるから出て行って欲しい」などと言うが、米軍さえいなくなれば、全て解決だと本気で思っているんだろうか?
もし、米帝の庇護を完全に外れて、すぐ目前で国境を侵している中国という脅威が現実味を帯びた場合、最初に食指を伸ばされるのは沖縄なのだ。アメリカ兵がいなくなれば、中国軍が上陸してきて、略奪と暴行を受けるんじゃないかという不安が募らないだろうか?
中国や金・軍政権国がすぐには攻めてこなくても、米軍を退去させたとしたら、自衛隊を駐屯させなければならないだろうし、無防備宣言的発想で沖縄に軍事施設は全く要らないという考え方を実行するにしたって、治安の問題はある。米軍よりはマシだろうけれど、自衛隊も不祥事が少なくないし、基地を完全に無くしたとしたら、その跡地の管理が難しいのだ。
基地が無くなれば、国からの補助金が入ってこなくなるけれど、財政難で跡地の管理に手が回らなければ、犯罪者とか不法入国者の巣窟になってしまう。
現実、経済や雇用も基地で維持されている部分もあるし、実はメディアが報じているほど、沖縄の住民の意思は基地反対で一致しているわけでもないらしい。新聞の写真に写っている市民運動を率いているのは、沖縄県外の左翼や反戦団体だろう。
しかし、「日米同盟の強化」は沖縄をベースにした米軍と自衛隊の行動範囲の拡大・拡散を意味するが、裏を返せば、この国土自体が手薄になることに他ならないのだ。
小泉のこういう外交方針に不信を抱いて、小沢・民主党に期待している有権者もいるようだが、個人的に『日本改造計画』を読んだ限りの印象では、国防や国際貢献に関しては、小沢も同じスタンスだと思う。
そして、民主党は昔の万年野党よりも悪質だと感じる。先月、サッカー世界杯のゲームに国民の関心が逸れている間に北朝鮮に係る人権侵害の救済に関する法案などというものが成立してしまったが、この中の「脱北者の受け入れ、支援」「脱北支援する団体への財政援助」の内容に関しては、元々は自民党の案ではなく、民主党の案なのだそうだ。
去年の総選挙の結果は、民主党はこういう悪法を作ることを意図しているところが嫌気されて、自民に票が流れたところも少なからずあったと思うが、これでは支持者に対する背信に他ならないではないか。
ここで、ひとつの統計データを紹介します。
人口10万人当たりの警察官の人数
少なくとも、日本はOECDに入ってくる中では、下位の方なのだ。それでも、今のところは、より人数の多い欧米諸国よりもよっぽど治安が良い。
だが、これも市場化テストの一環なのか、さらに警察機能を縮小する方向で考えているらしい。そのうち、駐車違反以外の取り締まりも民間委託だろう。
都内121交番廃止へ
脱北者の中に危険分子が混ざっていたら、誰が責任を取るんだろうか?
終戦直後の日本社会は警察力が弱く、在日朝鮮人・在日中国人の暴動が頻発していた。
不安の多い「難民」の受入を、国家の警察機能の民営化・縮小化とセットでやるってことは、再びそういう社会が訪れる可能性もあるってことだ。
実はその混乱期、日本の暴力団の活動はそれらの暴徒から社会の秩序を守っていた局面もあったらしい。警察署が襲撃を受けた時、救援に駆けつけたことすらあるんだそうだ。
そういえば、小泉宰相の実家の祖父の代は、山口組と同業だったが、自分のこれまでの市場化推進政治のせいで、これからの日本の治安が悪くなってしまうなら、責任を取って昔の家業を復活して社会を守ってくれるんだろうか?
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| 2006/07/03 22:24|外交、安全保障、軍事|CM:0|▲
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日産自動車、ゴーンマジックの終焉
日産、横浜で株主総会開く−ゴーン社長「下期は巻き返す」と約束
昨年、中国の反日デモを嫌気して、株式市場が不振になっていた時期、俺は日産自動車の株式も買っていた。でも、一ヶ月くらいで売り払ってしまい、一株20円ぐらいしか利益を抜けなかった。
理由は国内の同業他社と比べて、役員のボーナスが多過ぎることを指摘するニュースを読んで、嫌な気分になったからだ。ちょうど1年ぐらい前の話だ。
自分の家は会社を営んでいたから分かる部分もあるのだが、経営者がちょっと景気が回復したくらいで油断して、こういう慢心を見せるような会社は先が明るいとは言えないのだ。
カルロス・ゴーンの経営のせいで、裾野の中小企業は厳しい経営を強いられた。少しでも脇が甘い・金銭のケジメのつかない会社から潰れていったのだ。
業界の頂上の自分たちだけは別格だと思ったら、大間違いだったということだろう。
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| 2006/07/02 02:11|相場黙示録カイン暫定版|CM:0|▲
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昨日の日経新聞の一面では、日本の総人口に占める65歳以上の高齢者の割合「高齢化率」(老年人口比率)が21%に上昇して、イタリアの20%を上回り、少子高齢化の現象が世界でも最高水準となったという話が取り上げられていました。
財界の圧力団体の経済同友会はこのまま少子高齢化が進めば、あと10年程度で潜在成長率がマイナスに陥るという試算を明らかにしたらしい。
この傾向が続いて、人口が減り続ければ、経済力が低下して食料が調達できない、財政破綻に陥って社会保障費などが賄えない、国際社会での地位の大幅低下などといった深刻な問題に直面すると指摘して、早急な対策を求めているんだそうだ。
相も変わらず、経営者団体も無理なことを言っているなと思うし、国民もいつまで騙され続けているんだと呆れている。
そもそも、「第三次ベビーブーム」が実現しなかったのは、企業利益のためにその世代の雇用を抑制したことが大きいではないか。お前らのせいでもあるだろと思う。
大体、他の先進国と違って、教育費用が異常に高い日本では、終身雇用・年功序列が保障されていなければ、子供を育て辛いのではないかな。つまり、子供が高校や大学に進学する頃までに、どれだけの収入が見込めるかの目処が立たなければ、少し頭のある奴は子作りを控えるのも道理だろう。
成果主義やら合理的な経営やらの流行で雇用が流動化・不安定化させたなら、欧州大陸の諸国やカナダみたいに税を高くして、教育の費用だけは国で大部分を賄った方が良いのではないかと思う。この間も書いたが、そうすれば、子供を作らず、独身で遊んでいる人間に対する文句も言えなくなるだろうし。
でも、今の日本でそういうことはできるわけがない。増税で消費や景気に冷や水を浴びせるような発想に賛同する人は少ないだろ。
もう、どうにもならんだろう。
しかし、人口減で経済力が低下するだとか、社会保障が維持できないだとか、インチキを言うのもいい加減にしろと思うし、多くの日本人はそんな詐術に騙されるなと声を大にして訴えたい。
人口が減ると、こういう弊害があるから、外国人労働者・移民を受け入れましょうなどと言うが、そいつらが社会保険に加入するかどうかは分からないのだ。社会保険の適用をバックレている人材サービスを使って、人件費を抑制しているところがある現状を見ると、多分、外国人労働者を受け入れても保険料を集められないと思う。
それに、何らかの専門的職業能力の持ち主に限っての受入なら兎も角、アメリカの移民や黒人の貧困層を見れば分かるが、低賃金労働者として受け入れるなら、消費型経済の拡大には何も寄与しないことは明らかではないか。
要するに、経済人は日本国の人口が増えようが減ろうが、人件費を抑制するために外国人労働者を受け入れたがっているのではないかと俺は推察している。
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| 2006/07/01 07:09|人口問題、少子化対策批判|CM:0|▲
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