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先週1週間、新聞やニュースサイトでは、「雇用問題」や「ニート」に関するテーマが少し目に付き易かったような気がする。
国政選挙が近いから、各政党の雇用問題対策についても焦点のひとつになっていることもあるだろう。
久しぶりに、こういうテーマを取り上げてみようと思う。
フリーター多いのは不健全 青少年白書 離職「七五三現象」も実態明記
高市早苗少子化担当相は29日午前の閣議で、平成19年版「青少年の現状と施策」(青少年白書)を報告した。学校に行かず仕事も職業訓練もしないニートが18年平均で62万人、フリーターが187万人に上るなど、依然高水準が続いている現状を踏まえ、「社会的自立が困難な若者が多い状況は社会全体にとっても健全とはいえない」と問題視している。
白書によると、フリーターの数(15〜34歳)は、15年の217万人をピークに3年連続で減少。18年は前年比14万人減の187万人となり、ニートの数(同)も前年比2万人減の62万人だった。
一方、15年春に卒業・就職した人の就業状況では、中卒者の70・4%、高卒者の49・3%、大卒者の35・7%が3年以内に最初の就職先から離れており、中・高・大の順に離職率が高い「七五三現象」として定着しつつある実態が明記された。中卒者の就職後1年以内の離職率はここ数年減少傾向にあるが、17年春卒は44・0%だった。
白書では、「若者がせっかく職を得ても、自ら抱いたイメージと現実が異なるなどの理由で、数年で辞めてしまう事態が生じている」と指摘。職業観を身に付け、主体的に進路を選択する能力を育てる「キャリア教育」強化の必要性を強調した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070629-00000035-san-pol
「教育が駄目になったから、フリーターやニートになる若者が急増してしまったのだ」などという論調が未だに根強いようだけれど、「いつまで、そんな議論に付き合わされるのか?」と呆れている。
そういう問題ではなくて、椅子の数が著しく減らされた結果に過ぎないのです。
ここ3年ぐらい、公的に定義されているニート・フリーターの人数が統計上、少しずつ減っていることが、それを裏付けているではないか。
ホントに教育が乱れていることが主な原因なら、少しぐらい景気が良くなったからといって、今の企業は厳しい採用基準を緩めない所も少なからずあるんだから、数が減るなんてありえないと思うのです。
尤も、他の現象も考えられる。
政府の公的な定義は「15歳から34歳」などというが、昨年か一昨年ぐらいまで34歳だった人――特に数の多い団塊ジュニア世代が加齢で少しずつ定義から外れているし、逆に下の世代は少子化で減っているんだから、そういうカウントになっているだけのことかも知れない。
どっちにせよ、近い将来、中年の失業・無業問題が大きく取り上げられるようになるだろうが。
これは先週月曜日の新聞の朝刊の一面と社会面に載っていた話だが、東北のある地域だが、地方は未だに新卒者に限った有効求人倍率も厳しい。
それで、地元に働き口が無くて、新卒で製造系の派遣会社・請負会社に入る高卒者が増えているらしい。だけれど、待遇や環境に耐えられず、殆ど短期で離職してしまう。
それは世間のニート・引き篭もりに対するイメージとは乖離して、学生時代に運動系の部活で心身を鍛えた人でも、そうなってしまうケースが珍しくないらしい。
ほぼ、『フリーター漂流』で描かれている通りのことだけれど、政治が悪いから、こんなことになっているんだろうなと思う。
人件費の抑制に躍起になる大企業が支持する政権与党、既存の組合員の利害のことしか考えない労組が支持する野党、どちらも社会に出る前の若者の選択じゃないだろう。
年金問題や環境破壊型の公共事業のやり過ぎによる財政危機だって、そのツケだろう。
個人の資質とか、若年層の職業観の変容とか、そういうことに原因を求めて、「ニート=怠け者」みたいな議論が主流だけれど、経済や教育がどうなろうと、どんな時代だって、そういう人間は一定割合、いるものなんだと思う。
生物学でも証明されている。社会性のある昆虫(蟻など)の群には何も労働しない個体が必ず存在するのだ。更に不思議なことに、怠け者の個体ばかりを集めても、働き者の個体ばかりを集めても、やっぱり、働き者と怠け者に分かれるんだそうだ。
今の日本の若年層の就労対策は、教育の失敗に原因を求める発想の物が主体になっているけれど、「若者自立塾」に国費を投入するなんて、税金の無駄遣いの極致としか言いようが無い。
実際、定員割れしているし、修了後の就労率も低いのに、
ましてや、今の日本の社会はある種の飽和状態だから、そういう観点の対策をやって、一人のニートを就労させれば、他の場所で新たに一人、ニートになってしまう者が出てくるような気がする。
つまり、現政権の「成長力底上げ戦略」とやらは胡散臭いわけだ。
これはシングルマザーの就労支援についても同じことが言えるが、格差の是正とか、貧困対策などが目的なら、職業訓練とか、就労支援などの対策には限界がある。
労働市場にそれだけ労働力の供給が増えれば、社会全体の賃金水準を押し下げる効果が出てきて、却って、生活が苦しくなる世帯が増えるだけなんじゃないかって気がする。
ヤフーのサイトの上の記事は何故か、少子化のカテゴリーにも入っているが、その対策として考えるなら、地方の雇用を立て直して、大都市に人口が過剰に集中しないようにするべきだろう。
今の雇用の問題だが、企業に今の労働法の遵守をもっと厳しく迫れば、半分ぐらいは解決するような気がする。
例えば、法で定められている年次有給休暇の取得率を上げるだけでも違うと思うのです。
素人の浅い考えを書くと、失笑を買うかも分からないが、自分の好きな日程で、連続で有給休暇を取得し易くなれば、繁盛記のシーズンを外して、国内旅行に行く人が増えるかも知れない。
そうなれば、観光地で観光客相手の商売をやっている産業は年間を通して、売上の波の変動が緩くなる。
繁忙期だけ従業員をスポットで、テンポラリーに雇い入れる必要性が減り、逆に常用で雇用し易くなるんじゃないの?
地方は地元に求人が少ないって悩む人間も少しは減るだろう。
今の労働問題は概ね、業績のために人件費を最小限に抑えるという発想を企業に捨てさせない限り、絶対に改善など無理だと思う。
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| 2007/06/30 19:00|雇用、労働|CM:0|▲
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この間、「エホバの証人の信者の輸血拒否」のニュースを取り上げる記事を書いたら、アクセス数が普段の数倍に上がった。
主にヤフーの該当トピックに表示された効果だったのだけれど、「ちょっと面倒臭いことになるかもなぁ」と思っていた。
幸い(?)、何も無いけれど、ふとしたことでブログが炎上するかも分からなかった。
該当の記事にポストされたコメントは身内にこれを信仰している人がいる人の書き込みもあったが、何となく、この宗教を信仰している人間のアクセスも少なからずあったと思う。
俺は輸血を拒否する考え方は全面的に肯定するようなことは書いているけれど、そういう宗教を信仰している人間が反感を覚えるような内容も書いているのだ。
何かといえば、ハンドルネームは聖書の創世記で出てくる反逆者の《カイン》だし、進化論者っぽいところがあるし、そういう宗教に喧嘩を売っているように見えなくもないカラーのブログだ。「罰当たり」って銘打ってあるしな(恐らく、件の団体も多くの原理主義系の団体と同様、ダーウィニズムに否定的だろう)。
そういう思想の持ち主が大勢入ってくれば、その中には一人ぐらい、内容が気に入らないからといって、何か非常識なことをやる輩がいるんじゃないかとも思っていた。
でも、その関係にはそういう輩は極少なくて、今度はそういうアクセスは無かったってことか。
世の中、主な揉め事の原因は「宗教」「政治」「野球」関係なのだそうだ。
他にも色々と、デリケートな話題は多いが、ずっと前、何が気に入らなかったのか、「女性を差別するな」などと書き逃げしていった奴がいた。
まぁ、自分は繊細なクセに、他者にはデリカシーに欠けるところがあるという、最悪な性格の持ち主がやっている。
だから、実は常に炎上の可能性をはらみながらの連載・運営なのだと思わなきゃいけないのかも知れない。
今月も3日に2本ぐらいのペースで記事を書いてきたが、来月も同じくらいのペースでの更新になると思います。
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| 2007/06/29 08:00|ブログの運営に関する話|CM:0|▲
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米下院外交委「慰安婦」決議を採択…日本政府に謝罪要求
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070627-00000002-yom-int
【ワシントン=五十嵐文】米下院外交委員会は26日午後(日本時間27日未明)、旧日本軍のいわゆる従軍慰安婦問題で日本に公式な謝罪を求める決議案の修正案を賛成39、反対2の賛成多数で採択した。
ナンシー・ペロシ下院議長(民主党)は決議案採択後、「本会議で採択し、強いメッセージを発したい」とする声明を発表した。決議案が7月中にも本会議で採択されるのは確実な情勢となった。
決議案の修正案は民主党のトム・ラントス外交委員長と、共和党のイリアナ・ロスレーティネン筆頭理事が提出した。安倍首相が4月の訪米時に元慰安婦へのおわびを表明したことなどを踏まえ、原案が要求した「日本国首相の公式の声明としての謝罪」を、「首相が公式な声明として謝罪すれば、これまでの声明の誠意に関し繰り返される疑問を晴らすのに役立つだろう」とやや表現を弱め、日米同盟の重要性を指摘する文章も新たに追加した。
この前、「姦国」っていう記事で書いた話の繰り返しだが、戦地で身を危険に晒している将兵とか、それに準じて、命の危険があるスポーツや職業をやっている男性は、性欲が暴走し易い生理的傾向があるらしい。
近代国家の軍隊が慰安所を設置し、慰安婦を集める目的は、将兵が進駐先の民間人の女性に狼藉を働くことを未然に防ぐためなのだ。
もし、「売春」それ自体の存在が悪だと裁断する意見があるなら、人間に備わっている、このパラドックスについて、考えなければならない。
人類の歴史は戦争が絶えないが、戦場になった地域で強姦されたり、拉致される女性が多かった。
世界最古の職業は娼婦・淫売なのだそうだが、戦争が起こる所へ傭兵を相手にする娼婦がどこからか集まってくる。すると、戦場の近くの町や村で、強姦とかの被害に遭う女性が少なくなって、治安も比較的安定する傾向があったのだろう。
王侯やそれに準ずる為政者がそれを認めて、近代国家の軍隊では慰安所の制度が整えられてきたのかも知れない。
旧日本帝国軍の従軍慰安婦の問題は資料・証言が錯綜して、今でも国の責任の有無を争う議論が終わりそうにもない。
でも、「強制連行」があったことを認める主張・証言――俗に吉田証言と呼ばれているものとか、自称「元慰安婦」の証言などは、矛盾する箇所があって、胡散臭いものを感じている。
大戦中に米軍が作成した資料(「戦闘地域の日本軍の売春所」)の内容では、「強制連行されて、過酷な性労働を強いられる」などという奴隷のようなものをイメージさせる記述ではなく、衛生面でも配慮も含めて、慰安婦の心身に応じて、客を取らない自由も認められていたらしく、かなり厚遇されていたようなことが記録されているそうだ。
日本の国の犯罪性を否定する保守思想の論者は、当時の朝鮮の社会では、朝鮮人が営む斡旋業者が新聞に慰安婦を募集する広告を打っていること、そこに記された待遇が破格であることなども挙げて、「強制的に慰安婦にされて、奴隷のように働かされた」などという国の責任を問う主張に反論している。
ここで俺が個人的に考えたことは、まず、慰安婦の数が不足していたという事実についてだ。
余程の厚待遇を謳う広告を打った業者の裏には、それだけ、人数が足りない・人が欲しいという需要があったわけだ。
強制があったかどうかは兎も角、一晩で十人の兵士の相手をさせられる激務をやっていた慰安婦もいただろう。
また、上記の米軍の資料で記録されている慰安所が多いならば、慰安婦の数が足りず、過酷な労働を強いるハラスメントが無ければ、一晩順番待ちしても娼婦を抱けない将兵も出てくるわけだ。もしかすると、その中から、膨張する性欲をもてあまして、現地人の女性に狼藉を働く者も出てきたかも知れない。
それに、やたらと待遇の良さを強調する求人広告を出す会社は、中の環境は碌でもないっていうケースが多いのは、今も昔も同じことのようである。
きっと、慰安婦が稼いだ売上を法外に搾取・ピンハネする業者が少なからずいたに違いない。
斡旋業は日本人が営んでいる所もあったし、朝鮮人とか、それ以外の国籍の者が営んでいるケースもあっただろうが、中には相手(慰安婦やその家族)の弱みや無知に付け込んで、法外な搾取をやっていた連中もいただろう。
俺が思うに、慰安婦の斡旋業者は今の日本の社会で喩えると、派遣会社・業務請負会社みたいなものだ。この問題の核心もそれと同じなんじゃないかって気がする。
今の日本では行政・厚生労働省は派遣会社が労働法を守っているかどうかを監督しなければならないのと同様に、当時の国・軍は斡旋業者が慰安婦を不当に酷使していないかどうか、監督する責任があっただろう。
当時の公娼制度については、よく分からないけれど、今の日本の労働関係の問題と同様、国の取締りの緩さにつけこんで、酷いことをやっている業者が少なからずいたのではないかと思う。
「国や軍が組織ぐるみで、大陸や朝鮮半島で女性を拉致、奴隷にして、将兵の性の相手をさせた」なんて非難の声は胡散臭いと思う。
ただ、酷いことをやっている悪徳斡旋業者がいたなら、国はそれを摘発しなかった責任は幾らか問われるかも知れない。
だけれど、米帝や中韓を筆頭に、世界のどこに日本国の責任を批判する資格がある奴がいるのだ?
国連に加盟している国の大半は、一部の反日論者が叫んでいる「過去の日本の戦争犯罪」に劣らぬ人権無視・非人道的行為が罷り通っているではないか。
明らかに日本の国を陥れようとする悪意が働いて、米下院外交委員会の決議案の採択が決まったのだと見ている。
この議案はマイク・ホンダっていう日系の議員が提出したらしいが、チャイナから献金を受け取っているなどという話もあるし、かなりの反日家で知られているらしい。
もしかしたら、この人の両親は政府の甘い話を信じて移住を決めたが、期待に反して、移住先で苦労したのかも知れない。戦時中に収容所での生活を強いられたこともあるだろう。だから、日本の国をここまで敵視しているのかも知れない。
いずれにしろ、ホンダ氏個人の感情は無くても、これから、日本・日本人を迫害の対象にするシナリオみたいなものが国際社会の裏側で書かれているのかも知れない。
このニュースはそういう妄想を誘われる内容なのだ。
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| 2007/06/28 01:38|国際問題、海外のニュース|CM:0|▲
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監督:佐藤東弥、佐久間紀佳 出演者:志田未来、 田中美佐子、 生瀬勝久、 山口紗弥加 収録時間:156分 レンタル開始日:2007-04-04
Story“女子中学生の妊娠”というセンセーショナルな題材を通じ真実の愛を描いた、志田未来主演によるヒューマンドラマの第4巻。突然の陣痛に襲われた未希は、波多野に助けられて的場クリニックへと辿り着くが…。第9話から最終第11話までを収録。 ( 詳細はこちら)
「その3」の記事でも書いたことだけれど、この最終巻を見て、やっぱり、そうだと思ったことは、このドラマは「両親が揃っている家庭の方が幸福。母子家庭で育つ子供は不幸」みたいな考え方を訴えているのだと感じた。
あんなに頑なだった父親も結局は智志に対して、「未希や生まれてきた子供に会ってやってくれ」って頼みに行った。
桐野静香が最後まで厳しい態度を変えずに言い続けていることは、未婚で子供を育てることはホントに厳しいぞ」ということだった。
公式サイトの掲示板を見ても、こういうことを書き込んでいる人はいないけれど、俺は「命の大切さ」だとかよりも、そういうことを強く訴えているように見えた。
桐野静香のキャラクターで、もうひとつ強い印象を受けたことを書けば、自殺未遂をやって、病院に運ばれて、一命を取り留めて、意識が戻った時の場面だ。
未希の母に対して、「自分は事業の失敗を絶望して自殺したわけではない。息子に大学卒業まで、学費を賄って暮らせる程度の保険金を残してやる算段を冷静に考えた上でやったんだ」などという話をしたところだ。
信じ難いだろうが、何を隠そう、それが人間も含めて、あらゆる生き物の自殺を選択する心理の核心だからだ。
今日の記事のテーマから外れてしまうから、ここでは詳述しないが、自殺する人の心理は子孫の繁栄を計算する本能が働いているのだ。
(もし、人間にそういう本能が備わっていなければ、戦時中の特攻隊とか、壬生義士伝の吉村嘉一郎みたいに、生きて帰れない戦場に行く者なんか皆無だと思う。ということを以前に書いた。)
そういうことを冷静に考えて実行に移そうとしたり、それを人に語るところにも、桐野静香の怜悧さや強さが表れているように見えた。
しかし、このドラマを観たことで、もうひとつ、考えさせられたことは、波多野というキャラクターの背景である。
海外の紛争地域を駆け回って、そういう世界の子供の窮状を見て歩いた経験が豊富で(出版社の編集部の机に、そういう写真が多く置いてあった)、それと比較して、日本は平和で豊かな環境で生活できるのに、親や社会に不満を抱いて、素行が悪くなっている子供が増えていることについて、批判的な目を向けている。
ドラマの内容から少し外れた話になるが、これを見て思ったことは、福者マザー・テレサの言葉と同じことである。「世界の平和とか、貧困問題の撲滅などを願うなら、まず、身近で困っている人間を助けなさい。家族を大切にしなさい」などということを言っていたそうだ。
波多野が登場する場面になると、大体、戦乱や飢餓の危機に子供が晒されている国の写真が出てくるが、皆が「家族」を大事に考えているなら、戦争など起こらないんじゃないかって気がしないでもなかった。
途上国の飢餓とか戦乱の根本的な原因は人口爆発だが、何故、人口が増えるのかといえば、労働力として、子供を産み育てた方が生活が楽になる構造が社会に根付いているからだ。
大人の経済的都合のせいで、酷い目にあっている子供が多いわけだ。
逆に、今の日本を含めて、先進国の多くは子供を産むと、経済的なデメリットが大きいから、出生率が落ちているわけだ。
番組の公式サイトの掲示板に馬鹿なコメントもあったけれど、出生率について、今の日本で罷り通っている議論――年金制度の維持のため、出生率を上げなければいけないとかいう発想は、途上国の貧困層の家族計画と大差ないような気がする。
今の日本はそんな考え方の国民が増えているから、家庭内の暴力とかが多かったり、平和憲法を変える議論が活発になっているのかなって気がしないでもない。
日本の国は過去、江戸時代が一番、子供の目が輝いていたって言われているが、開国まで平和な時代が200年以上も続いたのは案外、そういうことかも知れないですね。
倒幕後、明治に入ってから、安全保障上の止むを得ない事情もあったとはいえ、何度も大きな戦争が起こっている。
今、家庭の崩壊とかも社会問題になっているが、戦後の左翼思想や歪んだ自由主義を悪玉視する議論が支配的になっているが、実は明治の頃から何か歪んでいたんじゃないかって思う。
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| 2007/06/27 08:00|映画、テレビドラマ|CM:0|▲
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第21回参議院議員選挙の日程が決まったが、自民党は次期の立候補を見送った大仁田厚の後釜として、教育再生会議の委員で、ヤンキー先生の愛称(蔑称?)で有名な義家弘介を比例区で立候補させるんだそうだ。
これには呆れたが、義家みたいなD’QUNを国会議員にするなんて、自民党の連中の感覚はどうなっているんだ?
こんな冗談は漫画や架空のドラマの中の世界だけにしてもらいたい。
そもそも、この男が教育再生会議の委員に選ばれた理由も分からない。教師としてのキャリア自体も貧しい。
元々、日の丸や君が代に否定的な考え方の持ち主だったそうだが、今は安倍晋三のような思想に迎合するようなことを標榜しているらしい。
「言っていることがコロコロ変わって、色々、信用できない問題言動が多い奴」っていうのが、俺の印象だけれど、世間はチヤホヤしているみたいだな。
しかし、自民党は昨年、千葉7区の衆院補選で、民主党が公認した太田和美っていう女性候補のことを「高卒のキャバ嬢なんか、相応しくない」みたいな中傷をやっておいて、義家みたいな輩をよく立てられるもんだ。
義家みたいなD’QUN――ぐれているように見えて、立場の強い奴にはペコペコしている卑小な男は太田の万倍、国会議員に相応しくないような気がするんだが、どうやら、一有権者と自民党の選対のモラルは乖離しているみたいだ。
ところで、民主党所属の太田和美だが、その党内で「民主党の由美かおる」などと呼ばれているそうだ。一体、どういう意味なんだろ?
由美かおるといえば、水戸黄門のかげろうお銀を連想する人が多いだろう。
最近のシリーズには、出演しているかどうかは知らないが、色仕掛けによって、悪徳商人や汚職役人が入浴中に気の緩みを誘って、悪事の証拠を盗み出す場面がお約束である。
松岡農林水産相の謎の死とか(あれは自殺じゃなくて、何かの口封じのために殺されたんだと思う)、ペッパーランチの強姦事件と政界の関係などについて、色仕掛けで証拠集めでもやっているんだろうか?
そんな妄想を誘われるが、どういう意味なのか、気になるところである。
……そんなワケ無いかと思うが、民主党にはうっかり八兵衛みたいな奴もいた(メール問題の永田)。
世の中、漫画やドラマの悪いところを真似する輩は多くても、逆に良いところを真似する人間はあんまりいないって気がするな。
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| 2007/06/26 08:00|政治|CM:0|▲
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ここ数日、アクセス数が凄く上がっているが、どこかの掲示板で晒されているのかと思えば、ヤフー・ニュースで拾われていた。
この間、「エホバの証人の信者の輸血拒否」のことを取り上げたのだが、このブログは記事をアップする都度、Pingを送信しているせいだろう。
ヤフーの該当記事の「この話題に関するブログ」のリストに入っていた。よっぽど、世間の関心が高いニュースなんだろう。そこから、大量に人が入ってきたのだ。
さて、昨日のニュースだが、日本輸血・細胞治療学会など関連5学会の合同委員会は、患者が15歳未満の場合、親が拒否しても輸血を実施するとの指針案をまとめたんだそうだ。
やっぱり、輸血拒否は根拠の無い迷信による思想だと思い込んでいる一般社会の感覚では、そういう判断になるのも道理だと思う。
でも、エホバとは無関係な医療関係者の中にも科学的な根拠があって、輸血の安全性に疑問を呈している者が少なからずいるのに、「子供だったら、親が反対しても、強引にやっても構わない」だなんて法を作るなんて、とんでもない悪法だと思う。
薬害事件の悲劇を何度、繰り返すつもりなのだ?
しかし、ブログでこんなことを書いたら、考えなくてはならないことは、もしもの時、「輸血拒否」の意思を身の回りの人間や医師等に伝える手段である。恐らく、輸血が必要な状態というのは、自分の意識は喪失しているだろうから、事前に考えなきゃならない。
エホバの証人の信者は何らかの手段で病院にその意思を伝えて、輸血を断っているわけだ。多分、家族がそういうことを伝えるんだろう(信者同士以外は、結婚できないらしい)。
だけれど、そういう宗教の信者じゃない人が科学的に証明されたリスクを取ることを嫌気して、輸血を拒否したいと考えるならば、もしもの時、何て言って断ればいいんだろうか?
輸血って、エホバの証人みたいな宗教に入っていなければ、断ることはできないんだろうか?
だったら、嘘でも「僕はエホバの証人に入信しているんです」って言うしかないんだろうか?
いずれにしろ、自分の身体に他人の血を輸血されたくない人は、普段から拒絶の意思を示すものを身に着けなけばならないってことだ。
財布か、いつも持ち歩く身分を証明する物にでも、何かカードを添付するっていう案もあるだろうけれど、持ち忘れることだってある。
だから、身体に入れ墨でも入れるのが確実だろうな。「法で定められた意匠の入れ墨が身体に入っている人物には、輸血を行ってはならない」みたいな法でも作るようだろう。
ちょっと考えてみたが、デザインの案は幾らでも思いつくぞ。
これらの烙印が身体に刻印された者には、輸血を行ってはいけない。

新約聖書の『ヨハネ黙示録』に出てくる悪魔の印。

ZARDの歌じゃないが、いつも、悪霊に憑かれて、眠れない夜を抱いています……

弥七???

好物は吉野家???
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| 2007/06/25 08:00|医療、健康|CM:0|▲
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株主総会のシーズンなので、それに関係する話題を書きます。
今日は日曜日だけれど、昔と比べて、平日は職に就いている一般個人株主に配慮した日程――土日に開催する予定を組む企業が少しずつ増えているみたいだ。
株主優待の実施もそうだけれど、外資の買収攻勢から資本を防衛する必要性で、少しでも安定株主を増やさなければならない必要性が、経営者に個人投資家のご機嫌を取らせるようにさせているわけだ。
でも、高が知れているだろう。
日本人の個人金融資産は千数百兆円とは言っても、昔と比べて、個人の投資対象の選択肢が増えている。株の信用取引も含めて、昔は敷居が少し高かったこと――レバレッジを利かせたあらゆる商品(外国為替、商品、株価指数などといった先物)が誰でもできるようになっている今日、現物株の保有に流れてくる個人金融資産は限られているような気がする。
ましてや、これから、金融資産を多く保有する団塊世代は考え方が保守的で、株式を含めて、元本割れのリスクのある投資に消極的な考えの持ち主が多いらしい。
それに後を絶たない経済事件、ライブドアが黒で、日興證券が白と裁断する当局の基準は、国民一般の倫理観から乖離している。証券犯罪に対する罰則強化の改革の議論も殆ど進んでいない。
長い目で見て、日本市場の現物株は皆からそっぽを向かれて、上場投資信託や指数先物とのサヤが短期で拾われるだけの「出涸らし」に過ぎなくなって、今の一部の仕手銘柄のように、株主構成が頻繁に流動化する会社が増えていくのかも知れない。
それで、グリーンメーラーから企業経営を守るためには、昔のように系列で持ち合うか、上場自体を止めて、非公開にするしかなくなるんじゃないかって思う。
俺が投資を始めた1997年頃からだったと思うが、株式や経済関係のニュースを読むと、「持ち合い解消」っていう言葉が頻繁に出てきた。
バブルの後遺症から抜け出そうとしていたところで、酷い不況が再来して、俄かに日本の社会は大きな変化を強いられたのだ。
例えば、就職氷河期ってやつは、バブル景気が崩壊した後からだが、興味深いことに、個人や個別企業のことは兎も角、日本社会全体の傾向を見ると、サラリーマンの賞与の水準は1997年まで右肩上がりが続いていたんだそうだ。
だけれど、金融の混乱で、もっと酷い不況になって、新卒者の採用を絞るぐらいでは、経営が成り立たなくなったから、そこを境に賞与をカットする会社が急増したのだろう。
経団連の会長が提案したようなこと(「もう、企業が従業員の面倒を抱え込むのは止めようぜ」)で、リストラクチャリングを進めていく会社が増えていったのだ。
あの山一證券が廃業を決めた年だったが、そういう社会の変化を象徴する出来事だった気がする。
最後の社長を務めた野澤正平(今は日産センチュリー証券の社長)の記者会見のことが記憶に残っている人もいるだろう。
あの会見は従業員の再就職先を確保するためのパフォーマンスでやった面もあるそうだが、廃業後もそのフォローのために、かなり奔走したそうだ。
その一方、個人投資家で最大の株数を保有する株主だった竹田和平(愛知で製菓会社を営む資産家)は、山一の役員に対して、「会社を倒産させたのに、株主に侘びの一言も入れに来ない」ことに腹を立てたそうだ。
今思えば、これは日本の会社・企業というものの姿勢の変化を象徴するひとつの出来事のひとつだった。
「株主よりも、従業員の生活を守ることを優先する姿勢」の会社が市場から淘汰されて、逆に株主の権利を重視する会社が再生の洗礼を受けて、評価されるようになったってことだ。それがここ10年で定着した風潮だ。
だけれど、ここ最近は「金で株を買い占めれば、何をやっても認められる」っていう風潮に懐疑的な声――行き過ぎた株主の発言力に歯止めをかける声が少しずつ大きくなっているような気がする。
今、グッドウィルが「データ装備費」の名目で、スタッフからピンハネしていた金について、10年分を返還することを労組から要求されていて、業績に大きな影響が出ることが予想されているが、同業のフルキャストも同じような状況である。
平野社長は「自社の待遇は、ワーキングプアの問題に繋がっているという批判が高まっているから、賃金を上げなければならない。株主には申し訳ないが、そのために業績を下方修正します」などということを公言したそうだ。
今は行き過ぎた振り子が反動で逆に振れてきているかのように、株主の利益重視に歯止めが掛かり始めてきたのかも知れない。
しかし、今更、三角合併に恐々とするくらいなら、他にも色々と問題が噴出するなら、端から持ち合い解消だの、改革だの、規制緩和だの、そんなことはやらなければ良かったのだ。
結局、国賊が外資――米帝の政府・中央銀行の背後にいる悪魔崇拝の教団に日本の資産を売り渡すためだけの陰謀だったのか?
過去が理想的とは言えないけれど、中流が没落して、不遇を舐める人間が増えるような経済改革が民主主義・多数決の社会で通るなんて、不思議ですね。
まぁ、それ以外に国の経済を再生する道は無かったんだという反論があれば、経済音痴の俺には今日は何も反論できないし、商道徳についても、ここでは議論する気は無い。
でも、1997年以前もそれ以後も、これだけは変わっていないが、日本の国は今も昔も大企業は国の手厚い庇護を期待できるが(潰れそうになったら公的資金注入。不祥事をやっても、お目溢し)、個人には冷たい社会で、企業の労働者に対する拘束・搾取・ハラスメントはキツいってことだ。
今も昔も、「企業が成り立っての社会」っていう風潮が濃くて、個人の生活とかは後回しだ。
行政の福祉は欧米諸国よりも小さいままで良いのかも知れんが、もっと個人の生活が「企業」に潰されないような社会にした方がいいとは思う。
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| 2007/06/24 17:28|経済|CM:0|▲
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母子殺害で懲戒請求数百件 弁護士が中止求めアピール
山口県光市の母子殺害事件で殺人罪などに問われた当時18歳の元少年(26)の弁護人に対する、インターネットを利用した懲戒請求が相次いでいることが分かり、有志の弁護士508人が19日、「被告が弁護を受ける権利を否定する言動に抗議し、直ちに中止を求める」との緊急アピールを発表した。請求は計数百件に上るという。
アピールなどによると、ネット上に「意図的に裁判を遅らせている」などとして懲戒を求める書面のフォームが出回り、これを使った請求が各弁護人の所属弁護士会に届いている。
アピールの呼び掛け人の1人、前田裕司弁護士は「基本的人権を守る弁護士への攻撃だ」と話している。
日弁連は、こうした懲戒請求の有無について「答えられない」としている。
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2007061901000505.html
山口県光市の母子殺害・屍姦事件の裁判に関するニュースを読むと、被告人の弁護士の言動に呆れてくる。
安田以下、弁護士はこの事件を個人的な思想――「死刑廃止」という政治目的の闘争のための橋頭堡に仕立て上げている面があるのだが、それに賛同する法匪が案外と多いらしい。
立法府で論を戦わせるべきことを、法廷に持ち込むのはどうなのか?
死刑廃止の思想を掲げるのは自由だけれど、もっと被害者の気持ちを考えろって思う。
百歩譲って、安田弁護士らが、この裁判を死刑廃止運動のプロパガンダに利用していないのだとしても、先に「過酷な成育歴でも前科は無く、社会と折り合いをつけてきたことは更生の可能性を示している」と主張してきたのに、新たな証拠は何も無いのに、一転して「こいつは頭がおかしいから、責任能力はないんですよ」などと傷害致死に主張を変える稚拙な論法が通じるんだろうか?
その辺のことが、強い反発を買っているんじゃなかろうか。
まぁ、狭い列島に1億人も人が住んでいれば、一万分の一ぐらい、1万人ぐらいはこういう人間が出てくるのはしょうがないと思うし、こういう犯罪者でも、弁護を引き受ける人間が全くいない社会の方が却って怖いだろう。
それでも、こういう犯罪者の死刑判決の阻止に、数十人・数百人の弁護士が立ち上がっている社会も、何か倫理のようなものが欠けていることの表れに見える。
東京新聞の19日の朝刊の読者投稿の欄に、自称「法曹を目指して勉強中」の27歳会社員の男性N氏の意見が掲載されていた。
その内容を要約すると、「マスコミの誤った報道のせいで、世間の人は安田弁護士が死刑廃止のために裁判を利用しているなどと誤解している。弁護団は法廷で、被告の殺意の有無を主張しているだけなのだ。私は真実を追求しようとしている保田弁護士を尊敬する。安田さんの様な弁護士になることが僕の夢です!」などという投書である。
「このお兄さん、何を言っているの?」って思った。
何というか、この国で法曹を目指す人間は、免許を取る前から世間とズレているというか、どこか、心が壊れているんだろうか?
これも一万分の一なんだろうか?
こういう人には司法試験を通って欲しくないって気がする。
でも、こういう犯罪者に対する極刑は、死刑でもないような気がする。
生い立ちでそうなったのか、自分自身の命に対する感覚も薄いのかも知れない。
実現性は兎も角、真人間に更正させて、結婚でもするようになってから、過去の自分の罪の重さを初めて悟って、本当の苦しみを味わうんじゃないかって気がしないでもない。そっちの方が死刑の何千倍も過酷だろうと思う。
そんなことをやっていては、間に合わないから、他の刑罰で代替するしかないんだけれどな。
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| 2007/06/21 18:59|司法、刑罰、犯罪|CM:0|▲
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<エホバの証人>手術中に大量出血、輸血受けず死亡 大阪
信仰上の理由で輸血を拒否している宗教団体「エホバの証人」信者の妊婦が5月、大阪医科大病院(大阪府高槻市)で帝王切開の手術中に大量出血し、輸血を受けなかったため死亡したことが19日、分かった。病院は、死亡の可能性も説明したうえ、本人と同意書を交わしていた。エホバの証人信者への輸血を巡っては、緊急時に無断で輸血して救命した医師と病院が患者に訴えられ、意思決定権を侵害したとして最高裁で敗訴が確定している。一方、同病院の医師や看護師からは「瀕死(ひんし)の患者を見殺しにしてよかったのか」と疑問の声も上がっている。
同病院によると、女性は5月初旬、予定日を約1週間過ぎた妊娠41週で他の病院から移ってきた。42週で帝王切開手術が行われ、子供は無事に取り上げられたが、分娩(ぶんべん)後に子宮の収縮が十分でないため起こる弛緩(しかん)性出血などで大量出血。止血できたが輸血はせず、数日後に死亡した。
同病院は、信仰上の理由で輸血を拒否する患者に対するマニュアルを策定済みで、女性本人から「輸血しない場合に起きた事態については免責する」との同意書を得ていたという。容体が急変し家族にも輸血の許可を求めたが、家族も女性の意思を尊重したらしい。
病院は事故後、院内に事故調査委員会を設置。関係者らから聞き取り調査し、5月末に「医療行為に問題はなかった」と判断した。病院は、警察に届け出る義務がある異状死とは判断しておらず、家族の希望で警察には届けていない。
エホバの証人の患者の輸血については、東京大医科学研究所付属病院で92年、他に救命手段がない場合には輸血するとの方針を女性信者に説明せずに手術が行われ、無断で輸血した病院と医師に損害賠償の支払いを命じる最高裁判決が00年に出ている。最高裁は「説明を怠り、輸血を伴う可能性のあった手術を受けるか否かについて意思決定する権利を奪った」としていた。【根本毅】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070619-00000097-mai-soci
「エホバの証人の信者の輸血拒否」に関する話題は時々、メディアでこうして取り上げられるが、世間の反応の大半は問題の核心を誤認している。
カルト宗教の実態とか、信仰の自由についてのことなどに話題が流れやすいが、この問題の本質は医療や個人のリスクテイクの考え方の違いなのだと思う。
以前にも、ほぼ同じ内容の記事を書いたことがあるけれど、この宗教の連中は根拠の無い迷信で、輸血を拒絶しているわけではない。ある程度、科学的な裏づけがあって、輸血の危険性を証明しているのだ。
ヤフーの該当トピックにトラックバックを送信しているブログを片っ端から覗いてみた。
大体、こういうところにTBを送るブログって、ソースをコピーしただけのブログが半分近く、他も薄っぺらい内容の物が多いんだけれど、ある程度は自分の意見のようなものを書いているブログを見ても、今回のことについては、「患者の信仰が壁になって、十分な医療行為を施せなかった」病院・医師に同情的な文章、患者の選択に懐疑の念を示すブロガーばかりだった。
「輸血すれば、絶対に健康な身体に回復する」だなんていう世間一般の思い込みに懐疑の念を寄せる奴が一人もいないことが、俺には不気味に思えた。
自分は過去に、この宗教の信者と話をする機会があって、その当時はその宗教の「輸血拒否」の主張に懐疑的だった。
それが変わったきっかけは、この医師のブログのある記事だったんだけれど、医療の現場の碌でもない実体が暴露されていた。今の日本の病院・医師は保険の点数か何かを稼ぐために、必要が無くても、患者に輸血を行うケースが少なからずあるというのだ。それだけならまだしも、赤十字社がどんなに厳格なことを標榜したところで、輸血で肝炎などのウィルスに感染する確率は今でも低くないのだ。
http://www.oyako-net.com/medicine_info/column_104.html
また、献血者の血液にウィルス混入などの問題が全く無くても、相性(?)によって、輸血を受けた患者は何らかの障害を患う可能性だってある。
2000年の最高裁の判例も、今回の記事で取り上げられた病院の対応も妥当・適切なものだと思われる。
しかし、「献血」は無条件に善行みたいなことを標榜して、人の善意を集めておいて、スキャニング・フィルタリングを怠って、不幸を送り出している日本赤十字社はホントに罪深い。こういうことこそ、「地獄に落ちろ」って言うんだ。
それでも、確実に死ぬような出血のある人が、ウィルスに感染するリスクがあることを承知で、輸血を受ける考え方もありだとは思う。
変な喩えだけれど、証券会社や銀行が商品を購入する顧客に損失のリスクを説明するように、病院や赤十字は患者や献血者にそういう危険を説明する義務はあるのかも知れない。
でも、親がこれを信仰していて、子供がそういう危機に瀕した場合については、微妙なところかも知れない。
親の考え・信仰で、子供の輸血も拒否することを是とするようなことを書くと、凄く批判が集まるだろう。
だけれど、それを恐れずに書けば、俺は何らかのウィルスに感染するリスクを大人の判断で取らせてまで、生きることを強いることこそ、酷いような気もする。今の日本のように、弱者に冷たい社会では、そっちの方が酷なことかも知れないぜ。
エホバの証人と日本赤十字社、どっちが悪魔の宗教なのか、皆、自分の頭でよーく考えた方がいいと思うぞ。
俺は無宗教者だけれどね。
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| 2007/06/20 23:59|医療、健康|CM:5|▲
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株式市場は国政選挙を意識した展開になっているが、自民党の議席数が安定すれば、選挙の後の市況は堅調に推移し易いだなんてことが、昔から言われている。市場の参加者がそう決め付けている雰囲気がある。
今度もそうなのだと思うが、しかし、長い目で見て、労働者保護の規制の緩和を推進していく方向で動いている今の政権が継続していくことは、日本の景気に悪影響を及ぼしていくのだと見ている。
以前、民主党が最低賃金を1,000円にする公約を出したことについて、否定的なことを書いたが、今回の記事では前言を翻すことを書く。
今の日本の社会の現状を考えると、富裕層を優遇するより、中・低所得層を優遇した方が景気の活性化になるんじゃないかって思われる。
例えば、今年に入って、国内の自動車メーカーが揃って、国内市場の売上不振に頭を悩ませている話題が何度もメディアで取り上げられているが、原因はクルマを買って、それを維持できるだけの収入を得られている購買層が格差社会の煽りで減少しているからだ。
しかし、中間層・低所得層が痩せ細る一方で、新自由主義政策の恩恵で肥え太ってきた富裕層の購買力が、その穴を埋めてくれるわけではない。恐らく、成金の見栄っ張りは、トヨタのレクサスなんかには乗らず、外国車を好むものだからな。
日本国内で、レクサスを買うのは特殊な身分――定年まで終身雇用を全うして、まとまった金融資産を手にする団塊世代のオヤジぐらいだろう。
富裕層を減税で遇するよりも、最低賃金を1,000円にでも上げた方が、絶対に景気に対する好影響の度合いが大きいと思うな。
金持ちは減税で浮いた金を金融商品への投資へ回すケースが少なくないが、低所得層の賃金を少しでも上げれば、その殆どがそのまま、消費に流れるのだ。
だから、賃金の抑制に躍起になっている企業経営者の利害の影響力が強い政党が政権を握り続ければ、長い目で見て、国の景気は低迷していくような気がする。
こんなことを書くと、よくある反論として、倒産する会社が増えて、それだけの賃金に見合った労働力の無い労働者の失業が却って増えるという反論がある。
しかし、海外企業との競争に晒されている製造業なら兎も角、「市場が国内に限られていて、外国の安い人件費と競争する必要が無い業種はどうなんだろう?」という疑問が浮かんでくるのだ。
尤も、そんな公約を掲げている当の野党も含めて、今の日本には非正規非雇用者・未組織労働者の権利をそこまで真剣に考えている政党なんか無いと思っているが。
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| 2007/06/19 22:33|経済|CM:2|▲
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タイトルの通りだが、来月1日から、下記の各紙で、あの国民的人気の漫画『ちびまる子ちゃん』の4コマ漫画が朝刊に掲載されるんだそうだ。
《掲載紙》
北海道新聞、中日新聞、東京新聞、西日本新聞、河北新報、神戸新聞、中国新聞、徳島新聞
以前、実写ドラマのことを軽く取り上げた時にも書いたが、俺はこの漫画で「家が火事で燃える経験をした同級生」の話が出てきた後から、作者の性格にある種の嫌悪感を覚えるようになった。以来、俺の嫌いな漫画家ベスト10に入っている。
でも、ウチが取っている新聞は東京新聞で、今度の4コマ連載は普通に興味を引かれているから、読みはするけれどね。
この間、三面にさくらももこのインタビューが掲載されていた。
「もう、今の若い世代は昭和40年代のことなど、わけが分からないだろうから、時代色はあんまり出さない」なんてことを言っていた。
逆を言うと、今の時代を意識するような描き方もしないらしいから、あの漫画の登場人物に携帯電話を持たせて登場させるような真似もしないだろう。昔からのファンは安堵ですね(笑)
記事の最後は「今の時代の子供は生き辛さを抱えていると思うが、それについて云々」などという質問だったが、それに対する答えは、「今の時代が特別、子供にとって生き辛いだなんて思っていません。どんな時代でも、その時代の楽しさを満喫できればいいですね」みたいな内容だった。
ステレオタイプな質問を一蹴したところで、この漫画家のことを少し見直した。
しかし、あと20年ぐらい過ぎたら、今のドラえもんのスネオみたいに、携帯電話を持たせるんだろうな。
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| 2007/06/18 23:00|漫画、アニメ|CM:0|▲
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年金記録の問題が大騒ぎになっている今日、参院選を目の前にして、与党・自民は急遽、選挙の争点を今まで大声で訴えてきた改憲・教育再生から、年金をメインにする論法を取っているが、野党と何を争っているのか、よく分からないし、国民の不安を鎮めるための相談窓口の設置とやらも意味不明である。
人材派遣からサプライズしたコールセンター要員が電話で対応できることなど、オンラインで社会保険庁のサイトにアクセスすれば、確認できる範囲なので、人件費の無駄の極致でしかない。
それに、俺が奇妙に思っていることは、相談窓口に問い合わせする人間の年齢層はどちらかといえば、中高年が多いことだ。
この問題の根本的な原因は要するに、被保険者の退職や転職の時の手続きの漏れだろう。
転職や婚姻・離婚の回数が多い人ほど、手続きの怠りによって、記録が漏れている可能性が高いわけだ。
だから、特に心配しなければならないのは、転職が多い人――どちらかといえば、雇用が流動化した今の社会の若い世代の方なんじゃないのか。ひとつの職場に一生、勤め続ける人の方が多数派の世代の人間の「相談」「照会」が多いなんて、変なことに見える。
定年まで終身雇用にぶら下がり続ける男が専業主婦と子供を養う家族形態が大多数の社会が続いていれば、こんな政治問題には拡大しなかったのだろう。
元はと言えば、今の制度の成立と同時期に施行された、雇用の流動化を促進する派遣法とか、女の社会進出を促す男女雇用機会均等などが、昨今の転職が多い社会の構造の発端で―― 一号・二号・三号という被保険者区分が頻繁に変わる人が急増して、社会保険の事務作業の煩雑さに繋がっているのだ。
基礎部分は一元化とは言っても、一号被保険者の保険料は平等負担、二号は応能負担というダブルスタンダードもおかしいと思っている。
雇用を流動化だとか、生き方の多様性を促進するなら、社会保険も手続きが煩雑にならないやり方に変えるべきだったんじゃないかと言えるが、元は積立式で始まった制度で、その資金の運用に利権を見出している輩の抵抗があるから、そういう改革は政治的な合意の形成は困難なのだと思う。
でも、自営業者じゃなくても、被保険者の収入を全て把握することが困難になっている社会なのだから、全部個人単位の平等負担にした方がいいような気もしますがね。
制度自体については、何も議論することなんか無いだろう。
もう、何年も前から、自民の背後の財界も、民主党の支持基盤の大労組も、基礎部分については、「全て税で賄う方式にしろ」って訴えてきているのだ。
渦中の安倍宰相は、「不況で税収が激減するリスクをヘッジする目的でも、自助と共助の精神を残すためにも、税方式と保険料方式の半々が理想」などと自著で述べているが、俺個人の考え方も、全部税方式の方に傾いている。
それに、保険料納付制度は不況のときのヘッジにもならない。とどのつまり、景気が悪くて、政府に税収が入ってこない時期は国民の生活・民間企業の経営だって、うんと苦しいんだから、保険料をズルする会社、一号被保険者の未納だって激増だろ。馬鹿なことを書いているとしか思えなかった。
安倍の著書の年金に関する章を読むと、投票率の高い年輩の有権者の利害を重視した内容としか思えなかった。
いずれにしろ、今の日本の企業って、規模の大小問わず、従業員の保険料の負担を重く感じて、嫌がっているだろ。なので、長い目で見て、僕が上に書いた形に改定されていくと思う。
社保庁の改革にしたって、これは公務員全体に言えることだけれど、今のキャリアの利権を保持したまま、これから国を支えていく世代には、不安定な雇用を増やしてやるだけの結果に落ち着くんじゃないかって気がする。
あの異様なカリスマで5年も政権を運営してきた小泉でも天下りや無駄な公共事業を減らせなかった。「八方美人の晋ちゃんに、何ができるの?」と冷ややかに見ている。
でも、あわてふためいている振りをして、実は最初から、今年の参院選は年金を争点に持ってくる想定だったんじゃないかって気がするよ。
改憲や教育再生などよりも、年金は投票率が高い世代の票を集めやすいネタだからな。
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| 2007/06/17 17:24|年金、社会保障|CM:0|▲
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韓国人男性のアジア児童買春深刻=米国務省報告書
http://news.livedoor.com/article/detail/3198689/
米国務省は12日、「2007年人身売買実態報告書」を発表した。同報告書は、毎年世界で80万人(うち女性80%以上、未成年者50%以上)が人身売買されていると推計している。国務省は2000年に制定された「人身売買被害防止法」(TPVA)に基づき、01年から毎年、世界各国の人身売買根絶努力や被害状況を分析し、報告書を出している。今年は北朝鮮・ミャンマー・シリアなど16カ国が最低基準も満たせない最悪の「第3分類」に入った。
◆「韓国人男性のアジア児童買春も深刻」
韓国は02年から「第1分類」を保っている。しかし、韓国人女性は今も米国・日本・オーストラリアなどへ売春目的で売られている。ロシア・ウズベキスタン・フィリピンの女性も同様の目的で韓国に入国している。特に、同報告書は韓国の地方都市に掲げられた「ベトナム人女性、絶対に逃げません」という国際結婚あっせん広告の写真を掲載し、「韓国では国際結婚が5年間に3倍以上増え、昨年は4万3121件に達したが、この中には金銭で売買されたケースも少なくない」と批判した。また、韓国では「児童買春」を目的に東南アジアや太平洋の島々を訪れる韓国人男性が増えていると懸念されている。にもかかわらず、韓国政府は韓国人の海外における児童買春行為に対し、起訴した前例がない。
韓民国は前世紀の大戦から数十年が過ぎても、日本に対して、「従軍慰安婦」という戦争犯罪の責任を追求してくる外交の繰り返しだが、上記の報告書の内容が間違っていなければ、他国の国家犯罪のことを批判する資格があるのか?
日本の多くの右翼が指摘している通り、韓国人の男は世界で最も性犯罪を犯す割合が高いのかも知れないな。
韓国は40年前、米帝のベトナム戦争に派兵したが、民間人を殺害したり、強姦を働いた兵も多かった。
尤も、そういう戦争犯罪については、洋の東西、どこの国でも、軍隊というものは概ね、そういう性質を帯びている面がある。
人間は命の危険に晒される極限状況が続くと、強姦に走り易くなるのだ。
生物学の世界で、そういうことの説明がつくらしいが、ちょっと危険なスポーツに打ち込んでいる男も、それに準じるんだそうだ。
好例をひとつ挙げると、日本では最近、どこかの大学のラグビー部員が、性犯罪をやったニュースがあったが、確かに、ラグビーって危険なスポーツだろ。
恐らく、その連中の性欲が暴走したのも、過酷な部活動が大きく影響しているんじゃないかな?
俺が嫌いな政治家のベスト10に野田聖子という女性議員がランクインしているが、こんなことを公言していたそうだ。
「ヨン様はあまりに礼儀正しく素晴らしい紳士であり、その背景には韓国の徴兵制がある。 一方、日本の青年達は親を殺すようになった。日本の青年にヨン様のようになってもらうために、 日本に軍隊を作って男の子達を徴兵制で鍛えなおしてもらったらどうか。」
要するに、隣国の韓国を見習い、「体育会系の雰囲気の集団生活で、男子を鍛えよう」っていう発想なんだろうが、そういう訓練を施せば、強姦魔になり易い男が増えるというパラドックスがある。
韓国人男性の買春・性犯罪が多いのは、徴兵制による訓練の影響かも知れないのだ。
そういう生物学的な因果関係の可能性は分かっているんだろうか?
分かった上で、推進したいんだろうか?
こんなことを思っている女は、他にも少なからずいるらしいが、下記に一例を挙げる。
http://allabout.co.jp/relationship/womenlove/closeup/CU20070513A/index3.htm
「男も女も我慢を身につけることが大切。極端だけど、男には他の国みたいな兵役制度みたいなものがあるといいのにって思う。共同生活や訓練でしごかれてしごかれて我慢することを学んだら、甘ったれた若い男も少しは成長するのにね。でも現実には無理だから、今どきの男よりは多少はエネルギーがある女のほうが、男を育てる気概と我慢を持つこと。最初からいい男なんてめったにいないけど、10年も一緒にいれば、育てられるんじゃない?」と一条先生。
なんだか、勘違いした男女同権論者の女の中にも案外と、こういう思想の持ち主が多いのかと思ってしまうが、男にそれを要求するなら、女はどこで我慢を身に着ける訓練を積むの?
徴兵でビシバシ鍛えられた男なら、強姦されてもOKですか?
いや、「集団レイプする人はまだ元気があっていい、正常に近い」などという発言をする政治家がいれば、批判の集中砲火を展開するんだろうから、徴兵制やスポーツで鍛錬された男性が強姦に走り易くなるという性質を知らないんだろうが。
野田聖子という女性はきっと、保守的な家庭に育ったが、子供が授かり辛い身体だったから、家庭内でも、嫁ぎ先でも、石女(うまずめ)だなんて、誹謗されていたのかも知れない。国会議員になって、やたらと「少子化対策」を訴えているのは、抱えてきた劣等感の裏返しなんだろうな。
でも、「軍隊を作って男の子達を徴兵制で鍛えればいい」などと発言している人間の口から、「少子化対策」だなんて言葉は聞きたくないし、国民・有権者も、こういう物の考え方をした奴がいる政府・与党に「育児支援」の福祉の拡充などを要求しない方がいいと思う。
日本は政府の福祉が手薄いまま、市場化に流されて、格差が拡大、貧困率が上昇して、出生率の低下の一因にもなっているって言われているが、俺は社会民主主義に近い思想だけれど、今の衆愚政治を見ていると、政府の規模は大きくしない方がいいような気がする。
安倍晋三は「バスタブに沈むほどの小さい政府も良くない」だなんて著書に書いていたが、今の日本人の民度では、排水溝から流出するほど、小さい方が良いかも知れない。
野田聖子といえば、一昨年の総選挙の時の寝返りに唖然としている人も多いが、そんなのが罷り通っている社会に、ファシズムに流れやすい素地があるのだ。
自分の子供に、世界のどこでも生きていかれる能力を持たせる教育を施せるような経済力を持っていないなら、わざわざ、こんな碌でもない社会・国で、新しい命を迎え入れるのは、酷と言うより他は無い。
野田さんが言うには、韓国は男が鍛えられていて、しっかりした国に見えるそうだが、日本よりも更に少子化が進んでいるのは、どうしてでしょう?
少子化対策に特に取り組んでいることを標榜するなら、そのくらいのことは説明できて当たり前だろう。
今の日本で、勘違いした男女同権を主張しているような馬鹿女を、国の内外で、女児買春やっているような韓国人の男にあてがってやればやればいいぜ。
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| 2007/06/15 23:53|家族政策、子育て、ジェンダー|CM:0|▲
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プレゼントは集団暴走=逃走中に転落、一網打尽−少年ら43人・大阪府警
5月29日19時1分配信 時事通信
交際中の少女の19歳の「誕生祝い」に、集団で暴走したとして、大阪府警黒山署などは29日までに、道交法違反(共同危険行為)の疑いで、羽曳野市西浦、バイク販売店従業員七種竜也容疑者(21)ら7人を逮捕、少年ら36人を大阪地検に書類送検した。少年のうち約30人は逃走中、がけから転落。追跡中の警察官に助けられ、御用となった。
調べによると、七種容疑者は「彼女の19歳の誕生日に暴走をプレゼントしたい」と暴走族仲間に依頼。昨年10月29日未明、14〜20歳の42人と一緒に堺市内の中央環状線や国道を原付きバイクや車など25台で暴走。約30分にわたり、道路いっぱいに広がって低速で蛇行運転を繰り返し、交通を妨げた疑い。
警戒中の覆面パトカーに追跡され、集団は堺市美原区の団地内に逃走。バイクなどを乗り捨て暗闇に紛れ込もうとしたが、がけに気付かず次々と9メートル下に転落。骨折などの重傷を負った少年もおり、追ってきた警察官に引き上げてもらい、病院に運ばれた。逃走に夢中で、警察官に「空中を3、4歩走った」と話す少年もいた。
「誕生祝い」をしてもらった少女は「最初はうれしかった」と話しているという。
ちょっと古いニュースだけれど、気になったので取り上げる。
こんな漫画みたいな出来事がホントにあるわけだが、単純に驚いた。
空中を3、4歩走ったって……。
「ヤンキー」「漫画」といえば、週刊少年マガジンを連想するけれど、僕がそのくらいの歳の頃は、ヤンキーが主人公の漫画作品が幾つも掲載されていた。『特攻の拓』、『カメレオン』、『湘南純愛組』なんかが、特に連載が長かったような気がする。
今、ネット上ですっかり定着しているD’QUNっていう侮蔑語の元ネタの『目撃ドキュン!』というタイトルのテレビ番組が放送が始まったのもこの頃だった。
思えば、今のマガジンって、その頃には想像もつかなかった作品構成になっている。
ファンタジー系の冒険物なんてありえなかったのに、90年代の後半に入ると、少しずつ変わってきて、ジャンプのワンピースのパクリっぽい変な漫画が始まってから、完全にカラーが変わって(株のネット・トレードをテーマにした漫画まで掲載されたりして)、ヤンキーがストーリーの中心に出てくるような漫画は激減したような気がする。
でも、『湘南純愛組』は最初も最後も、二人の主人公が、ヤンキーの世界から足を洗おうとする場面になっている。「もう、ヤンキーなんて流行らない。いつまでも、暴走族なんてやっていられん」等という台詞を言っていたような気がする。
思えば、それはそういう人種が廃れていくこと、そういう世界を描いた漫画は流行らなくなるようなことを暗示していたのかも知れない。その当時に、そんな話を考えた作者は少し先見の明があるのかもね。
そういうふうに時代が変わって、今日、取り上げた記事のような人種は絶滅の危機に瀕しつつあるんじゃないかって気がするな。ただでさえ、少子化で数が減っている未成年者の中でも、そういう行為に入門する者の割合って減っているんだろう。
少年誌で、そういうテーマの漫画が少なくなっていることは、そういう世相を映しているような気がする。
僕の地元でも、自分が二十歳前半ぐらいまでの頃は8月になると、定期的なイベントっぽいことなのか、凄い大人数の暴走集団が深夜にウチのすぐ近所の道を行軍している様子を毎年見られたけれど、いつの間にか、見かけなくなった。

俺の、夢は、将来のうちに、
連れとか仲間と、いっしょに、連合組んで、
関東を統一することである。
学校でたら、トオルんところの、溶接、手伝って、
アストロとか、シーマを、迷っているが買って、
単車を改造して、バリバリバリいい音出して走る。
俺は、ずっと生涯現役で、走り続ける事が、夢である。
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| 2007/06/14 21:33|世相全般|CM:0|▲
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連日、コムスン、グッドウィル・グループの不祥事のことがメディアに取り上げられているが、昨年のライブドア・堀江と同じ展開である。
この間、グッドの折口社長が出演したサンデープロジェクトなどがそうだと思うんだけれど、メディアは今まで、新興の辣腕起業家、時代の寵児みたいな感じで持ち上げてきておいて、不祥事が明らかになるや、掌を反して、ボロクソに叩いている。
しかし、テレビ局とか、プロスポーツの球団などは、どこの誰が経営権を握ったって、さしあたって、国民の生活には支障無いけれど、今度の不祥事は一企業のモラルの低さの非難では終わらせることができない問題なのだと思う。
元はと言えば、日本の国・政治が社会保障の費用を抑制するために、介護を医療から切り離したことが諸問題の発端なんだろう。
もう、20年以上も前から、21世紀が明けると、日本は高齢者の割合が急増することは誰でも予測がついた。
高齢者の世話を医師・看護師・病院に担わせたままにすると、国が保険で負担しなくてはならない費用が膨張してしまう。
だから、医師とか、看護などよりも遥かに取得が容易な介護士なんて資格を作って、安い人件費で済ませる算段が行われたわけだ。
否、当初は決して、そういう意図では無かったのかも知れないが、結果的に不安定な雇用ばかり増やした規制緩和の典型例なのではないかと思う(今、社会問題になっている人材派遣がそうだ)。
高齢者や国の金をネコババした一企業を断罪しただけで、オチのつけられる問題ではない。
要するに、介護を営んでいる企業って、大手自動車メーカーに工賃の値切られまくっている下請けの部品加工の工場と同じなんだと見える。
じゃあ、極限的に人件費を切り詰めなきゃいけないのは何故かと言えば、民間企業の罪はバブル景気の時代に設備などへの投資や不動産投機に熱中し過ぎたツケだ。
官の罪は景気が良かった時に国民から徴収してきた保険料を本来の目的のためにプールされず、下らないことに使い込んだことだ。
とどのつまり、それらのシワ寄せが社会の底辺にきているという構造なんだ。
下記のリンク先の糸山英太郎のWEBコラムにも呆れてしまった。
国会 会期延長 弱い者いじめ折口雅博を証人喚問せよ
グッドウィル・グループのもう一つの柱、人材派遣事業も介護事業同様これから問題になっていくだろう。
スポット派遣なんて呼んでいるが、平たく言えば日雇い労働の口入れ稼業だ。
この極端に不安定な就労形態が若者のワーキングプアを生み出す原因となっている。
折口雅博のビジネスモデルは常に弱い者からの収奪なのだ。
前も同じことを指摘したかも知れないが、グッドウィルの同業のフルキャストの株式で大儲けした実績のある資産家が、どの口で「弱者を思いやる」ようなことが言えるんだろう?
http://www.itoyama.org/contents/jp/info/2003/0519.html
まず昨年11月にディスクローズした糸山英太郎保有10銘柄JAL・三菱重工・トヨタ・ソニー・NTT・東電・ウッドワン・GMO・フルキャスト・アイコムについてだ。塾長は4銘柄を除外し2銘柄を採用8銘柄にすると明言した。
フルキャスト・アイコムについては増収増益基調を維持するものの、株価急騰(上昇率70%超)のため利益確定し一時糸山銘柄から除外する。株価の位置を見てまた採用したい、というポジティブな除外理由となっている。
直裁に言えば、フルキャストという会社もグッドウィルと同類なのだ。グッドに劣らず、問題が多い会社だろ。
何の力も無い若い世代を食い物にしているという点では、そういう会社の株への投資保有で、配当や値上がり益を享受している老人も同罪だと思うがね。
折口や堀江もそんな感じだが、パソナの南部とか、フルキャストの平野とかも、『賭博破戒録カイジ』に出てくる大槻班長みたいなキャラクターだね。
そんな小悪党を何らかの法で摘発して、締め上げたところで、世の中は大して良くならないだろうし、国民の年金・老後の不安が払拭できるわけではない。
経済格差などで、ストレスを抱えている国民のフラストレーションを政治や資本家に向かって暴発させないために、時々、目立ち過ぎた成り上がり者を吊るし上げるイベントが打たれているのかなと思う。
今、大騒ぎになっている年金の記録問題では、与党自民は野党・民主党の支持基盤の公務員労組関係に責任があるようなことを標榜しているようだが、あんなのはカムイ伝症候群である。
江戸時代の支配者階級が重税に不満を持った民衆の反乱を抑えるため、農民と非人を対立させるやり方そのものだろう。
奇麗事を言いながら、国の金や若い労働力を食い物にしている奴の声ばかりが大きい世の中だなって気がする。
日本の高齢化社会の問題への対策だが、ホリエモンが言っていた、不老不死の研究を本気でやる以外に活路は無いんじゃないかって気がする。
高齢者の割合が凄く増えるのに、出生数は激減して、社会が成り立たなくなるんじゃないかっていう懸念の声が多いが、人がこんなに「老い」と「子育て」を負担に感じる社会はある意味、異常なのかも分からない。
だったら、堀江が言っていた不老不死の研究を国を挙げて、やればいいじゃないか。科学技術の力で、老いや子育ての負担から、俺たちを解放してみろよ(笑)。
上の世代が残した借金を背負わされ、安い賃金で激務の介護を担わされ、それなのに、自分たちの将来の保障は無い。
今の日本の若い世代には、どんな未来があるんでしょうね?
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| 2007/06/12 23:28|経済|CM:2|▲
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忙しくなってきたので、更新の頻度が落ちています。落ち着くまで、のんびりモードでやりますが、ご了承願いたい。
昨年の全国の出生数・出生率は前年よりも高かったそうだ。
しかし、加速する高齢化の前には微々たる数字で、2055年には65歳以上の高齢者の割合が現在の倍近い40.5%にも達する見通しなんだそうだ。
毎年、6月は昨年の年間の出生率が公的に発表されるし、縁起を担いで、結婚式を挙げる人が多いからだろう。
ヤフー・ジャパンのWEBサイトが、そういうテーマの特集を組んでいる。
結婚VS独身 どっちがトクか?
特集ばかりか、スタッフが自社の掲示板でこんなアンケートまで始めている。
結婚VS独身 どっちがトクだと思いますか? 男性女性、既婚未婚を問わず、みなさんにお聞きします!
これには呆れた。ビジター(客)の回答にではなく、自分の会社が運営している掲示板にこんな愚問を書き込むスタッフである。そして、そういう人間がいるヤフーという会社の体質にも、だ。
結婚って、「損得」でするものなのか?
こんなコンテンツを作っている奴は、寂しい感性の持ち主なんだなぁって想像するよ。
そういえば、ヤフーの親会社のソフトバンクって、極端な育児支援制度を始めたそうだ。
(ソフトバンクか、その100%子会社であるソフトバンクモバイル、ソフトバンクBB、ソフトバンクテレコムの4社に)勤続年数1年以上の正社員は第三子を出産すると100万円、第四子には300万円、第五子以降の出産では500万円の祝い金が支給されるんだそうだ。
大方、「少子化が深刻な問題になっているけれど、ウチの会社はこんなに子育て支援を充実させて、社会貢献してますよ」などという売名行為なんだろうけれど、俺は行政のものにしろ、民間企業にしろ、こういうバラマキには懐疑的である。
もし、「お金が沢山もらえるから」という動機で出産するような親がいるなら、その子供は碌な大人に育たないんじゃないかって気がする。
流石、経営者の名字が「ソン」って呼ぶだけあって、こういうことまで、損得で判断するような感覚の人間が揃っている企業グループなんだろうか?
話題を「ソフトバンク」から「結婚」に変えるが、独身者の自由と既婚の家族の幸福は比較する物じゃないような気がする。
こういう話題の掲示板が立つと、絶対に相容れない意見が書き込まれて、険悪な雰囲気になることが多いが、自分と立場や考え方の異なる人間のことを辛辣に批判する人間が多いことにウンザリしている。
「皆、もっと仲良くしようぜ。」って思うよ。
独身で婚暦の無い奴が、「結婚は墓場」みたいなことを言っているのを読むと、餓鬼っぽくて、負け犬の痛々しい強がりに見えるのだろう。
が、自由を謳歌している人間のことを「反社会的」だなんて誹謗している既婚者も怖い。こんな大人・年寄りにはなりたくないとも思う。
結局、両親の夫婦仲、親子の関係が良い家庭環境の人は金銭的な損得を考えずに結婚するだろう。
そうじゃない人の中から、今の多様な生き方が認められやすくなった時世で、家族を築くことの苦楽に背を向けるようになった人が増えているんだろう。
日本の人口が減って、高齢化が加速しているから、未婚・非婚の増加を懸念・批判している人もいるが、だからと言って、環境の悪い家庭に育って、結婚に希望を見ていない人とか、経済的な損得でゴチャゴチャ言っている奴の婚姻・再生産を強く促すようなことはしない方がいいと思う。
虐待とかも社会の大問題になっていて、その原因を教育に求める議論もあるが、そういうことを言うなら、元はと言えば、今よりも非婚率が低かった時代に相性の悪い者同士でも一緒にしたり、そもそも結婚に向いていない性格の奴を無理に結婚させた社会の圧力(見合いとか、職場の上司の勧めとか)が悪いんじゃないかとも思う。
年金の法律が改正されて、中高年の離婚が増えそうな気配は、それを語っているじゃないか。
そういう世代を見て育った子供・若者が影響を受けて、今の社会があるんじゃないのですか?
長い目で見て、日本の人口がどれだけ減ろうが、幸福な家庭を築く意欲がある人間だけが子作りすれば、却って、いじめや犯罪が減って、世の中が少しは良くなるような気がする。
このまま、非婚率が高止まりしたままで、人口が減少していけば、日本の国は滅びるだなんていう懸念もあるが、本末転倒な発想だな。変な喩え方に思われるが、社会や国といったものは、人間の生活に役立てるための道具――台所の包丁のような物であって、もし、それを苦痛に感じるなら、道具のために生きるなんて馬鹿げている。
こういう個人的なことを公に損得・善悪・白黒つけるような議論はヤバいとも感じている。
こんな下らない質問を立てたヤフーのスタッフや、婚暦の無い奴が「結婚」を墓場だと決め付けている発言も痛いが、「家族を持つのは良いよ」などと牧歌的なことを言いながら、「気ままに暮らしている」毒男や負け犬女を批判しているのも、矛盾しているように見えるんだけれど、情けなく感じるのは俺だけだろうか?
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| 2007/06/11 08:00|世相全般|CM:0|▲
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監督:鴨下信一、吉田健 出演者:真田広之、 桜井幸子、 峰岸徹、 渡辺典子 収録時間:136分 レンタル開始日:2006-10-31
Story93年にTBS系で放映され、社会現象を巻き起こした野島伸司脚本によるTVドラマの第1巻。教師と生徒による禁断の愛を中心に、レイプ、不倫、同性愛、近親相姦などのタブーを描く。第1話「禁断の愛と知らずに」から第3話「同性愛」までを収録。 ( 詳細はこちら)
以前、【生きている機械】の社会と国策という記事を書いたが、今日はその続きのような内容を書こうと思う。
その記事で、『高校教師』というテレビドラマのことを取り上げたけれど、最近、レンタルDVDでようやく観たので、今日は大雑把に感じたことを書きたいと思う。
一部で、「このドラマを観て、『利己的な遺伝子』という本を読んで、生物学にハマるような奴は痛い」って言われているらしいが、確かに俺個人の感性でも、このドラマを観たことがきっかけで、それに興味を持つのは、痛いような気がした。
少なくとも、自分は高校時代にリアルタイムで観ても、まず、興味が湧くことは無かっただろう。
前半で、主人公の羽村がこの本を読んでいる場面が何度か出てくるが、羽村は所謂、どことなく、《スベった》キャラクターの設定だ。が、このドラマの話において、『利己的な遺伝子』という本の扱い方も、どこか、すべっているような印象を受けた。
否、感覚の鋭い人、頭の切れる人の中には、何らかの暗喩を読み取って、高く評価しているのかも知れないが、生物学に疎い人とか、物の良し悪しを見る目が拙ければ、蛇足にしか見えないんじゃないかって気がした。
が、それがあっても、このドラマシリーズ自体は秀逸な作品だと思う。
校内レイプ、近親相姦などといった扇情的なキーワードがてんこ盛りなのに、いやらしい感じが無く、森田童子の歌に引き立てられる面もあるが、寧ろ綺麗な感じがする。
桜井幸子は団塊ジュニア世代だが、彼女が演じる二ノ宮繭はドラマの設定では昭和50年生まれになっている。俺は同じなんだけれど、だから尚更、「自分の高校時代にリアルタイムで見ておけば良かった」と思う(ウチは親が厳しかったから、こういう内容の番組は居間では見辛かったが)。
このドラマの要は後半、相沢直子が暴行されたことを腹に据えかねて、新庄が解雇を覚悟して、学校の中で藤村を殴る場面から始まる。
羽村はその出来事がきっかけで、一度は距離を置いた繭に対して、一線を越えた接し方に踏み切る腹を決めて、彼女をその父親の元から連れ出して、ストーリーは一気に瀑布へ向かうのだ。
この間、『自殺行為』っていう記事を書いたけれど、それと内容が重複するが、要するに、自殺する人の心理はこういうことなのだ。
自殺する人の全てがそうなのかどうかは分からないが、自分の身を危険に晒せば、このドラマの新庄や羽村みたいに、自己の立場とかに頓着せずに、自分の危機を救ってくれる人間が現れることを期待しているのだ。
そういう因果関係・人間の心理構造が今の生物学の世界で証明されているから、ドラマの主人公は生物学の講師という設定になっているんじゃないかという月並みな連想が誘われる。
俺はこういう理屈も、『利己的な遺伝子』も、下記の本で初めて知ったんだけれど、多分、そういう学に疎い視聴者の多くは、このドラマを観ただけでは、そこまで考えが至らないんじゃないかと思う。
今、いじめなどが原因で、自殺する子供が多いことが、この国の社会問題のひとつになっているが、生半に「命は大切だから、自殺はよくないですよ」みたいな奇麗事を言っていると、却って増えるんじゃないかって気がする。
ハッキリ言って、悩みの相談に応じる姿勢を見せるような真似などせず、「お前なんか、自殺したって、誰も何とも思わないんだよ」っていう意識を濃くした方が、自殺する気になる人間が減るんじゃないかというパラドックスがある。
自殺する人が増えていることに、心を痛めているようなことを口にする人間が誰もいなくなるようになった時、自殺なんかしなくなるんじゃないかって気がする。
大体、そういう心理状態で自殺行為に走る人間が抱えている悩みは、普通の社会の人間関係とか、法や道徳などを平和に守っていては、解決できないような状況なのだと思う。
このドラマは、「自殺を考えるほど、深刻な悩みを抱えている人間が身近にいるならば、お前は自分の立場や利害や常識を逸脱してまで、その人間を助けるか?」っていうことを視聴者・社会に問いかけているようにも見えなくもない。
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| 2007/06/08 18:53|映画、テレビドラマ|CM:0|▲
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専門のブログを立ち上げたので、『相場黙示録』のカテゴリーを打ち切ることにしました。
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