駄猫の時事放談

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アパ・グループは建設中の物件をアベしちゃいました 

昨今、団塊世代とその子世代である団塊ジュニア世代の不動産購買意欲の高まりを当て込んでいるんだろうが、景気回復の追い風もあって、マンションの建設が盛んである。
私が住んでいる地方は、首都圏で都内への通勤にもレジャーにも便が良いなどと言われているから、尚更のことだ。

俺が今現在、住んでいる家は駅から徒歩十数分の場所なのだが、周囲は田圃ばかりで、子供の頃は自宅の二階の南側の部屋の窓から、電車が走っているところを眺めることができた。
しかし、近年は駅の周辺に分譲・賃貸問わず、マンションが続々と建築されて、とうとう、それらの建物に遮られて、電車が見えなくなってしまった。

まぁ、そんなことはどうでもいいんだけれど、供給が需要を上回ると、物件の二極化が拡大していくような気がする。

僕が子供の頃、最寄の駅から歩いて50分以上もかかる土地に、大きな住宅団地が建設されて、外から大勢の住人が入ってきた。やっぱり、市立の小学校に通う子供の数も急増して、校舎内の教室が足りなくなって、中庭に仮設校舎が設置されたほどだった。

だが、建設から20年以上が過ぎると、住人の高齢化は進み、聞いた話では、来年度、その市立小学校に入学する児童の数は、その団地内の全てを合計しても、たったの2人なんだそうだ。

当然、今の日本の社会全体が少子高齢化しているということもあるんだろうが、もっと駅に近い場所にマンションが次々と建てられているのだ。
どこかに勤めながら、子供を育てているような世帯は、他にそれだけ物件があるなら、駅から徒歩50分で、近所に商業施設も乏しいような場所を好んで選んで移住してくるわけがないだろう。

現在、ここの何件かが、中古市場に流れているが、地域のある不動産屋の社員のブログを見たら、人気が高くて、仕入れたら、すぐに売れてしまうようなことが書かれている。
具体的な価格はここには書かないが、「嘘ばかり言うな」って失笑してしまった。

駅から遠いし、近所に碌な商業施設は無い。そして、築20年以上で、恐らく、そろそろ大規模な修繕をやらなきゃならない時期だろう。大体、民間企業が建てたマンションは、修繕積立金が不足しているケースが多いって言われている。

同じくらいの価格で、県内の中古の物件を探すにしても、東武伊勢崎線や東武東上線の沿線で、駅から歩いて10〜20分程度の立地の物が幾らでもあるのだから、明らかに割高な物件だと思うのだ。
「何だって、あんな僻地のマンションに、あんな値がついているんだ?」って、不思議に思っている。

もっと、安くしなければ、空き部屋は増える一方だろう。
今現在、日本の全国で総計すると、住宅は600万戸近くも余っているんだそうだ。
きっと、人口が減少して、高齢化が進んでいく社会では、こういう割高で、人気の無さそうなマンションから、空洞化が酷くなっていくのだ。

その一方で、上にも書いたとおり、もっと立地条件の良い場所に、新しいマンションが続々と建築されている。
大体、既婚の世帯向けの物件が多いんだけれど、それらの広告を見ると、サクラ共和国がどうのこうのだとか、独自の付加価値をつけた物も目立つ。
アパ・グループの温泉付き物件も、その一例だろう。

都内の温泉マンションからレジオネラ菌…アパ分譲

アパグループ(東京都港区)が分譲した温泉付きマンション「アパガーデンコート綾瀬」(足立区綾瀬、77戸)で先月上旬、循環式温泉給湯設備から国の基準値を大幅に上回るレジオネラ菌が検出され、給湯を中止していることが23日、わかった。

 同グループでは全国に温泉付きマンション31棟を開発しているが、厚生労働省によると、こうした家庭用の浴室は、不特定多数が利用する施設を想定した公衆浴場法の適用外で、「衛生面でのチェックは管理会社任せ」(生活衛生課)となっているのが実態という。

 足立保健所が、今年6月に渋谷区の温泉施設で起きた爆発事故を機に、任意で調査を実施して判明した。

 同保健所によると、9月4日と13日に同マンションの貯湯槽や蛇口など数か所を調べたところ、100ミリ・リットル中のレジオネラ菌の数を示す値(CFU)として8万9000〜6900が検出された。国のレジオネラ症防止指針では、10CFU未満と定めており、都が公衆浴場などを対象に定めている指導基準でも、1万CFUを超えた場合は営業停止処分の検討対象となるという。同保健所では、マンションを管理しているアパグループに使用停止を助言、同グループでは9月中旬から給湯を中止している。同グループ広報担当は「定期的に衛生状態を検査しているが、今回のマンションで、どのような状態だったかは現在調査中。全国にある他の温泉付きマンションの実態も調査したうえで、安全対策を講じたい」としている。

 レジオネラ菌は土の中や川などしめった場所に生息する菌で、体力の弱った人が感染すると肺炎になることがある。2002年7月には、宮崎県日向市の温泉施設で295人が感染し、7人が死亡した。

(2007年10月23日13時7分 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071023i204.htm?from=navr

このアパっていう会社は北陸の企業なんだが、埼玉県にも進出していて、現在は県西部の所沢、県東部の鷲宮に分譲物件を抱えている。

しかし、県内ではこの他にも、鶴ヶ島市は東武東上線の若葉駅の目の前にも販売物件を建てていた。
それが昨年、イーホームズの藤田に偽装の疑いを告発され、世間で大きく取り沙汰されると、県の調査で耐震強度が不足していることが公になって、建築が中断され、ずっと放置プレイだったのだ。
俺は通ったことがあるから知っているのだが、若葉駅の周辺、特に東口側は商業施設が多くて、賑わった街だ。
その反対側の街は建築が中断されたマンションが放置されたせいか、どこか寒々しい雰囲気だった。近所の住人にとっても、いい迷惑だっただろう。

結局、アパ・マンションの若葉駅前の林檎ガーデンの販売計画は「建ち消え」になった。

http://prosv.pref.saitama.lg.jp/cgi-bin/scripts/news/news.exe?mode=ref&yy=2007&mm=8&seq=135

土地と建物は長谷工コーポレーションに売却され、アパが建てた物は完全に解体されて、ゼロから全く新しい物を建てることになったのだ。
今年の4月には是正計画書を提出して、来年早々に工事を再開する計画を標榜していたばかりなのに、この顛末だ。

アパ・グループは立てたばかりの約束をアベしちゃったってことだ。今更、月並みなことを言ってしまうが、無責任を絵に描いたような体質の会社だってことだ。

世の中、「友達を見れば、その人物が分かる」だとか、似た者同士が仲良く集まり易いなどと言われるが、アパの元谷外志雄はお友達の安倍晋三とそっくりなのだ。
さんざん、硬派で愛国心を持っていて、社会に貢献しているようなことを標榜しておいて、口先ばかりで、やっていることは無責任の極みだ。

「もう、新所沢や東鷲宮の物件も更地にして、埼玉から出て行け」って言いたい。
飽く迄、継続するつもりなら、お前らの負担で、若葉駅前の取り壊すマンションを利用して、破壊検査でもやるべきだっただろ。

不幸中の幸いは、立地条件が良いからか、買い手がついて、廃墟が放棄されたままの状況に終止符が打たれることぐらいだ。

しかし、アパの不祥事なんて、氷山の一角なんだろう。

中古マンションの購入を検討しているなら、「好景気の建築ラッシュの時期に建てられた物は避けた方が良い」って言っている専門家もいる。
コンクリートの材料になる砂が不足するから、岩塩を含んだ砂が使われているケースが特に多いからなんだそうだ。勿論、耐用年数への悪影響は大である。

この記事の冒頭でも書いたが、昨今は団塊世代とその子世代である団塊ジュニア世代の需要を当て込んで、マンションの建築が盛んになっている。
やっぱり、こういう時期に建築されているような物件は、どこの業者だろうと、リスクが高いのかも知れない。

大体、アパのオンボロマンションが目の前に建ちそうだった若葉駅も含めて、東武東上線は川越よりも下り方面になると、列車の本数も減って、便が落ちるからか、不動産相場も安くなっていく。
それだけ予算・資金計画があれば、少し駅から離れた土地に一戸建も買えるんじゃないかと思うのに、2,000万円以上も出して、マンションなんかを買うのは、馬鹿らしい気がするのだ。
2007/10/27 08:22|経済CM:0
 

危険なマテリアル 

東京でアイスクリーム入りラーメンが大流行!?

いつの間にか東京でアイスクリームラーメンが発売されていた! そのラーメンを食べることができる足立区北千住では、今後アイスクリームラーメンが大流行するのではないかと、もっぱらの噂だ。このラーメンをよく食べるというサラリーマンは、「こんなナウいラーメンは東京にしかない!」と意気込んで語ってくれた。

そのアイスクリームラーメンを食べられるのが、北千住駅から徒歩15分ほどにある『菊や』。ラーメンに合うアイスクリームを探し、ついに完成したのがこのラーメンだという。ハーゲンダッツやレディボーデンなど、さまざまなアイスクリームを試してみたが、いちばんピッタリのアイスクリームはコーンタイプの普通の安価なものだったそうだ。

スープはあっさり、ソフトクリームはこってり。ふたつのハーモニーが織り成す味は、あなたの未体験ゾーンに新たな刺激を与えることだろう。ちなみに『菊や』では、ココアラーメンや緑茶ラーメンなども食べることができる。以前は乾電池ラーメンもあったそうだが、危険なのでやめたという。

http://trebian.livedoor.jp/archives/54849105.html

小学校時代、毎日、昼の給食を食べ終わってから、後片付けの時間になると、皆が食べ残した物を容器に放り込んでいたじゃないですか。
どこのクラスにも、こういうことをやりたがる悪餓鬼が数人いたものだが、皆の食べ残しが放り込まれた容器の中を「おたま」で掻き回していている光景を見たことがある。

掻き混ぜられた残物は異臭を放つ奇妙なマテリアルと化していくわけだが、口にすれば、ドリフのコントみたいに、頭が爆発しかねないだろう。

上の記事に出てくるアイスクリーム入りのラーメンだなんて、「面白半分に給食の残飯を掻き混ぜていた餓鬼の発想と同じだな」と感じた。
それを面白がって、代金を払って食べている方も物好きだが……。

しかし、最近は子供の給食費を滞納している親(モンスター・ペアレンツ)がいることが問題視されているが、東京都の府中市ではなんと、公立の小中学校に勤務している教職員で、給食費を滞納している奴が35人もいたなどというニュースがあった。

学校の給食は食べ残した物を無理強いして食べさせると、体罰になってしまうんだそうだが、だとしたら、保護者も学校の職員も、給食費の滞納を続けている奴に対する制裁は、どこかに留置でもして、アイスクリーム入りラーメンみたいなマテリアルを食わせてやることだな!
2007/10/23 08:00|食の話題CM:0
 

ペットボトル廃止試案 

原油高に産業界懸念 物価への影響必至

国際指標となる米国産WTI原油の先物価格が1カ月あまりで10ドルも値上がりしたことの悪影響を、産業界は懸念している。消費者にもしわ寄せが及びそうな雲行きだ。

 日本鉄鋼連盟の馬田一会長(JFEスチール社長)は19日の定例会見で、「米国景気を後退させかねず、中国や日本へ波及するのが心配」と述べた。景気後退した米国が鋼材の輸入を減らせば、鋼材市場がだぶついて市況悪化を招きかねない、と懸念する。

 原油を多く使う化学業界は、原料の多様化を急ぐ。原油から取り出すナフサを原料とするのが一般的だが、ナフサよりも安価な軽質原油(コンデンセート)やLPGなどを使えるよう設備を改造する例が相次いでいる。

 三菱化学は、岡山県の水島事業所で85億円かけて、ナフサ以外が使える比率を最大2割まで高めるための工事中。三井化学も、大阪工場でナフサ以外の原料比率を2割から4割へ引き上げられるよう改造を計画中だ。

 自動車業界には、最大の市場である米国での新車販売が4カ月連続で前年割れとなったのは、「ガソリン高も影響している」(ホンダ・近藤広一副社長)との見方が多い。日本自動車工業会の張富士夫会長(トヨタ自動車会長)も「(原油高の影響が)この先どうなるか大変心配だ」と懸念する。

 消費者への影響が大きいのは、灯油の価格上昇だ。石油情報センターによると、15日現在の灯油の配達価格は全国平均で1618円(18リットル)。9月末に比べ20円上がった。価格水準は06年とほぼ同じだが、05年に比べると300円も高い。元売り各社は、石油製品の卸値を11月にも5円前後上げる見込み。家庭の出費はさらに増えそうだ。

 清涼飲料業界にも値上げが及びそうだ。ボトルメーカーが、ナフサからつくられるペットボトルの来期の値上げを目指しているからだ。飲料大手は「飲料メーカー1社が値上げすれば、業界全体に広がる可能性もある」という。



最近、金属盗難の件数が増えているそうだが、上の記事を読むと、これからはプラスチック盗難も増えてくるんじゃないかって気がしてくる。

僕が子供の頃にテレビでやっていた『未来少年コナン』というアニメの世界では、プラスチックが貴重な資源として取り扱われているところが描写されていた。
2008年に戦争で地球の環境やそれまでに築かれた文明が破壊されて、僅かに生き延びた人間は、瓦礫の山からプラスチックを拾い集めて、エネルギーとして再利用して、生活の糧にしているのだ。

それと同じようなことが起こるわけだ。
例えば、家庭から出たゴミの収集場所に置いてあるバケツなんかが何者かに持ち去られる珍事が続発するようになる。
きっと、日本海側には『コナン』のバラクーダ号みたいな胡散臭い船が停泊していて、外国人犯罪者が組織的に集めてきた樹脂製品を積む段取りになっているのだ。

しかし、ここで素朴な疑問が募ってくるのだが、近年は環境対策などの名目で、食料品を扱う小売業はレジ袋の使用量の抑制のため、お客に買い物籠の持参を呼びかける店があるじゃないですか。
買い物籠の持参を言うなら、清涼飲料水の販売だって、ペットボトルの供給を抑制するため、消費者に容器の持参を呼びかけるムーブがあっても道理だと思うんだがな。
つまり、店に清涼飲料水のタンク・サーバーがあって、顧客は店員に料金を支払うと、持参した容器に必要な量を注いでもらうシステムだ。

衛生面については、難しくない筈だ。
例えば、埼玉県にはベルクっていうスーパーがあるんだけれど、その店舗では申し込んで所定の容器を購入した客に純水の供給サービスをやっている(「良水オアシス」)。

http://www.belc.co.jp/water/page.html

純水をこのように供給するシステムがあるなら、清涼飲料水で不可能な訳が無いような気がするんだが。

後は保存や品質の維持や在庫管理の問題さえクリアできれば、後から後から天然資源を浪費して、ペットボトルを量産する必要は少なくなるだろうし、消費者だってペットボトルの購入代金の負担が軽くなるんじゃないの?

究極的には、22世紀の社会では、水道管と平行して、コカ・コーラなどの定番清涼飲料を各家庭に供給する管が整備されているかも知れないですね!?

冗談は兎も角、何故、誰もそういうことを提案しないんだろうか?

きっと、そんなことが実現したら、石油の卸売り会社とか、ペットボトルを製造している樹脂製品メーカーなどは売上が落ちるだろう。
だから、そういう業界団体は自分たちの息の掛かった学識者にでも「衛生面で問題があります」みたいな指摘をさせるなど、横槍を入れてくるかも知れないし、或いは既に誰かが提案しているが、その話は潰されているのかも分からない。

だが、昔は大容量の清涼飲料水の容器はガラスの瓶が最も多かった。
それがいつの間にか、ペットボトルに代替されてきたわけだが、そういう過程で、ガラスメーカーは業績が苦しくなっただろうし、ペットボトルへの移行にだって、何か抵抗があったのかも知れない。「ガラスの瓶と比べて、衛生面で問題がある」みたいな批判があるんだとすれば、そういうところから流れてきたんだろう。
2007/10/22 23:25|経済CM:0
 

私の脳内 

http://maker.usoko.net/nounai/




中心付近の「悪」の三文字が、とても気になっている。
2007/10/21 23:00|このブログの管理人のことCM:0
 

カップヌードルのCMのアニメは、美しい国会議と同じレベル 

日清 カップヌードル 76g 1ケース
日清 カップヌードル 76g 1ケース

俺はテレビをあまり観ないので、よく分からないのだが、日清食品のカップヌードルのテレビCMで流れているアニメ『FREEDOM』の本編が、ヤフーの動画サイトでダウンロード販売されている。
今、それの第五話目が無料で公開中である(22日(月曜日)の午前11:59まで)。

内容を簡潔に説明すれば、未来の世界が舞台なのだが、人類は科学技術が進歩したけれど、地球は戦争と異常気象で環境が目茶目茶になって、とても人が住めない状態になり、月面に都市を建設して、そこに定住している状況になっている。
そこで生まれ育った少年が、地球から打ち上げられたロケットに入っていた写真を拾ったことがきっかけで、月面の都市国家の法で禁じられている地球旅行に出て、出会いや冒険を通して、精神的に成長していくところを王道的に追っていく展開になっていくらしい。

世間、もっとアニメが好きな人たちの評価はどうなのかは分からんが、私がこのアニメ作品を観た感想は、「普通……」「平凡……」という言葉に尽きる。
細かい技術的なことは兎も角、似たような設定・あらすじの作品が昔から他に山ほど制作されている中で、そこから抜きん出るような魅力・オリジナリティがあるようには感じられなかった。

きっと、日清はこういう宣伝に相当の広告費を投資するのは恒例行事なんだろうけれど、最近は「電通の経営者や社員に高給を取らせるために、『カップヌードル』は値上げしたのか?」って、邪推を誘われてしまうな。
今年に入って、カップヌードルに限らず、色々な定番食料品の値上げが相次いでいるが、 それらの商品の今の知名度を考えると、そんな宣伝費を抑えてでも、少しでも値上げを控えて欲しいって思っている消費者は俺だけなんだろうか?
ハッキリ言って、何千万円もの国費を電通のために浪費した末に何の成果も上がらないという意味では、アベ内閣の「美しい国会議」と同じようなものだな。

しかし、上に「オリジナルティが弱い」などという個人的な雑感を書いたが、色々な意味で、日本のアニメの文化の行き詰まりのようなものが見えているのかも知れない。

下記の記事は、そういう業界の過酷な労働環境を訴える内容だが、とどのつまり、広告代理店などの搾取が酷いことも大きな要因だ。
別のソースにあったが、ベテラン声優として名を知られていたような人物でも、野垂れ死にしているケースもあるらしい。

アニメ:制作現場から悲鳴 労働環境改善求め協会設立へ

 休みなしで原画を200枚描いても月数万円、社会保障や退職金もない−−。アニメ大国と言われながら、長時間労働と低賃金で人材離れが進むアニメ制作現場の労働環境を改善しようと、アニメーターや演出家が13日、「日本アニメーター・演出協会(JAniCA)」を設立する。アニメ業界でこうした団体ができるのは初めてで、賃金アップや残業代の支給を業界に訴えていく。

 人気アニメ「北斗の拳」の監督としても知られる制作会社「スタジオライブ」(東京都板橋区)の芦田豊雄社長の呼びかけで実現した。JAniCAには約500人が参加。代表の芦田社長は「劣悪な労働環境を背景に国内では人材不足が慢性化している。このままでは、日本の制作現場は崩壊する」と語る。JAniCAは今後、国や地方自治体にも人材育成支援への協力を働きかけていくことにしている。【森有正】


 「小さいころから夢だった仕事に会社員から転職したが、1日12時間働いて月収は以前の半分。徹夜が続いても残業代はないし、医療保険さえない」。都内のアニメ制作会社で働いて2年目の女性(32)は労働条件の厳しさを訴える。

 会社員時代はマンションで1人暮らしをしていたが、転職後は家賃が払えなくなり、実家へ帰った。生活費を切りつめるため化粧もやめた。医療費がかかるからと、病気が悪化するまで病院に行かなかった同僚もいる。「海外旅行なんてできなくてもいい。せめて普通に暮らしたい」と言う。

 ベテランのアニメーターも老後の不安を抱える。人気アニメ「あしたのジョー」の作画監督として有名な金山明博さん(68)は「40年近くアニメの世界にいたが、契約社員として働くことが多く、退職金ももらえなかった」と振り返る。

 体調を崩して59歳で一線を退いた。今は月12万円の年金が頼りだ。「同年代の業界仲間には生活保護を受けたり、ホームレスになった人もいる。こんな環境で日本のアニメはいつまで持つのか」と心配する。

 業界では近年、深夜テレビやインターネット配信向けにアニメの需要が増加。テレビ向けに限っても新作は20年前の約3倍の年間100本も生まれる。

 しかし、制作現場では人件費の安い韓国や中国の下請け会社との競争で賃金が下がっている。そのうえ、アニメーターは1作品ごとに契約したり、フリーの立場で働くケースが多く、身分は不安定だ。「親のスネをかじらないと仕事が続けられない」(都内の23歳男性)状況が広がる。

毎日新聞 2007年10月13日 3時00分

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20071013k0000m040154000c.html

なんというか、世界でも高く評価されるようになった日本の文化を支えている・きた人材が、そういう最低限の尊厳も守られない生活を強いられるなんて、それは切ないし、義憤のようなものも募ってくる。
今の日本はあらゆる業種で、人件費を削る経営が大流行だから、それで様々な問題が生じているが、アニメの世界も同じことだ。
いや、手塚治虫の「安請け合い」もあって、産業革命期のような労働環境がいつまでも残存してしまって、それが平成不況に入ってからは、他の業種へ再波及していったとでも言ったほうが適当かも分からん。

『FREEDOM』という作品は、公式にはキャラクターデザイン、メカデザインなどを担当していることになっている大友克洋の降板説がチラホラと流れていて、何か揉め事が起こっているらしいが、そういう問題なのかも分からない。

製造業にしろ、アニメ産業にしろ、末端で働いている人間の尊厳や生活が、経団連とか、電通みたいな広告代理店とか、美しい国一派のような為政者に踏みにじられ続けるのは、美しい国・日本。
今日もどこかで、「お兄ちゃんには夢が無い」という言葉が交わされているんだろうな。
2007/10/20 23:00|経済CM:0
 

日本(セカイ)は美しくなんかない 

秋なので、読書の話題を書くことにしよう。

先日、出掛けたついでに立ち寄った古本屋で買った本。

キノの旅 The beautiful world (11)
キノの旅 The beautiful world (11)

俗にライトノベルって呼ばれているジャンルの小説(俺は「ライトノベル」っていう言葉が嫌いなので、以降では「ジュニア小説」と表記する)。

今でこそ、ジュニア小説の世界は、一般作品と比べても遜色の無い作品・作家が続々と認められているが、昔はゴミのような扱いのジャンルだった。
富士見の『スレイヤーズ』シリーズの作者が、アニメ化で印税を稼いで、長者番付に名前が出ていた頃だって、文筆業の業界では、ジュニア小説を書いていただなんて、実績として認められないどころか、みっともないこと、却ってマイナス評価を受けてしまうこともあったそうだ。
まさか、日本経済新聞社の系列の出版社から、ガイドブックが出るようになるとは想像もしなかったし、そういう時代のことを思い出すと隔世の感がある。

でも、俺も一時期は少し読んでいたが、こういうふうに社会で広く認められるようになってからは、あまり読んでいないです。
元々、評価が高い・人気がある作品を読んでも、自分には何が面白いのか、よく分からないっていうケースが少なくなかった。

特に上の「キノ」シリーズと同じ叢書から出ている「ブギーポップ」(上遠野浩平著)なんか、人気が高くて、テレビアニメなどにも展開して、電撃文庫という、このジャンルの世界ではトップのレーベルを代表しているといっても過言ではないのだが、俺にはあの小説の何が秀逸なのか、ちっとも分からないままだ。
一人称の視点がコロコロ変わり、時間軸をバラバラにして、ひとつの怪奇現象を追っていく話だったが、それを読み進めると、ジグソーパズルが組み合わさっていくみたいに、話が分かってくるところがウケているらしいが、それの何がそんなに目新しくて素晴らしいのか、俺にはさっぱりだ。
この作品のことをピカソの描いた絵に喩えている人がいたが、そういう芸術にも興味の無い俺には、やっぱり話が分からない。

ブギーポップは笑わない
ブギーポップは笑わない

俗にセカイ系って呼ばれているジャンルの草分け的存在らしい(「世界の敵」がどうのこうのっていう台詞がよく出てくる)。

「セカイ系」っていう言葉の意味は、俺がここで詳細に説明するのは面倒なので、お手数ながら、検索で調べてもらいたいが、それを簡潔に説明する主なフレーズをふたつ挙げると、「自分の精神的な葛藤を世界の歴史なんかと結びつけて考えてしまう妄想癖のようなもの」とか、「成長という観念への拒絶の意志」などというものがある。
アニメ・漫画では、『新世紀エヴァンゲリオン』や『最終兵器彼女』などがその典型として挙げられるそうだ。

しかし、俺が今でも何となく読んでいる『キノの旅』のシリーズは、『ブギーポップ』の人気が高かった頃に、同じ新人賞の選考を経て、シリーズ化した物なんだけれど、今の電撃の路線は「ブギーポップ」の人気化で、それと同じようなジャンル主体に定着したところがあるそうだ。

これもそうだという意見の人は、多数派ではないかも知れないけれど、個人的な解釈を言わせてもらえば、明らかにそういう基準で、商業ベースでの出版に至ったのだと感じている。
現に1巻の序章は、世界は美しくなんかないっていう件で始まるからな。

特に1巻の第五話の「大人の国」は、露骨なメタファーで構成されている。

キノの旅―The beautiful world
キノの旅―The beautiful world

小説の概略を一から解説することは端折るが、主人公の少女が生まれ育った国には、「国民は12歳になったら、しっかりとした職業人になるため、『大人になるための手術』を受ける義務がある」という法律がある。
ある旅人と出会ったことがきっかけで、彼女は親や周囲の大人から言い聞かされてきたことに疑いを持つようになって、施術の当日、それを拒否して、殺害される危険に陥ってしまう展開になる。

明らかに「成長という観念への拒絶の意志」の象徴に解釈できるだろ?
今の日本の社会の常識・慣習(要するに、大多数の人にとって、経済力の根拠になる職業人・労働者として成功するかどうかで、社会で敬われるか、軽蔑されるかが分かれる風潮、つまり、米英のここ二百年の国家的繁栄の根拠になっているプロテスタンティズムの価値観に牛耳られている社会)に対する皮肉のように解釈することもできなくもない。

4巻の「ぶどう」の話もそうだろう。
モトラド(大型の自動二輪車。この小説の世界では、それをこのように呼称する)で気侭に諸国を旅する主人公が立ち寄った街で、そこ通りがかった地元の男から色々と説教される話だ。
その台詞がどんな内容なのかというと、主人公の少女の《キノ》が、学校にも通わず、定職にも就かず、ブラブラと旅をしていることへの非難の言葉の数々である。


――人間には果たさなくちゃならない義務がたくさんある。ひとつは仕事をすること。定職に就くことで、他人や国に奉仕する。つまり、社会人としての義務だ。もうひとつは結婚して家庭を持つこと。配偶者を幸せにして、そして子供を産み、しっかりと育て、新しい社会に送り出す。これはもっと根本の人間としての義務だ。旅なんかして、ふらふらして、今の君にこれらが果たせるとはとうてい思えない。異論はあるかい?――

――それと、もうひとつ。
モトラドなんか乗るのも、やめたほうがいいね――

――ああ、モトラドは危険だ。おまけに二人しか乗れない。移動手段としては非常に野蛮で原始的なものだよ。ちゃんとした大人には、そんな家族に不安と不便を強いる自己中心的な遊びは許されないね。車を買って、大切な人たちをしっかりと移動させられる手段を持つべきだ。モトラドで旅なんて、最低かつ最悪の組み合わせだ――


表面的にはこういう台詞だった。読者の中に、もし、この作品を読んだことがある人がいるなら、分かると思うが、その章を最後まで読めば、その男は自由な生き方をしているキノのことを本当は羨ましい目で見ていること、表面的には社会的な義務を果たしていることを誇っているようなことを言いながら、実はそんな人生に疲れていることなど、行間を読めば、容易に察することができる話になっている。

僕がこの小説を初めて読んだのは、もう6年ぐらい前のことになるが、その当時、親の反対を押し切って、二輪の免許を取りに行っていた時期でもあったから、そういう自分の身近なことから、この小説の話は何か心に引っ掛かるものがあって、妙に印象深かった。
なんだか、ウチの親も含めて、今の日本の団塊前後の大人が言いそうな理屈だなとは思う。

キノの旅―The beautiful world (4)
キノの旅―The beautiful world (4)

最近、セカイ系という概念が主流になったジュニア小説がどうして、過去と比べて、広く注目されるようになったのか、その社会的背景が何となく分かるような気がしてきた。

察しのいい人なら、これだけ書けば分かるだろうが、日経の系列の出版社が、こういうジャンルの小説のガイドブックを出した時期って、ニートという時事用語が登場して、従来のフリーターのことも含めて、若い世代の雇用の問題が大きく取り沙汰されるようになった時期と同じ頃だっただろう。
また、そういう世相を反映して、『13歳のハローワーク』などという、ふざけた内容の本が話題になっていた。

また、正社員で就労していて、経済的に安定していても、仕事が忙しいとか、趣味などに没頭して、30過ぎても結婚しない男女が増えている社会現象なども、世代間の助け合いの社会保障制度の継続に支障を来たすという観点で、問題視されるようになっていた。
それで、『キノの旅』の4巻の「ぶどう」に登場する男の台詞のような文句を若い世代に対して言う中高年が増えたのだ。

米帝や英国が近代から現代に掛けて、経済的繁栄を謳歌しているのは、信徒に職業的成功を達成させるための努力を促すプロテスタンティズムの信仰が盛んだった歴史背景があるからだって、マックス・ウェーバーっていう有名な学者によって論証されているだろ。
ずっと前にも、こういうことを書いたが、現代の日本には、それと似たような風潮がある。
だから、『製造業崩壊』の著者なんかはその典型だが、戦後の復興や高度成長を支えてきたような世代の中に、ニートやフリーターが多い世代に異様な嫌悪感・憎悪を抱いている奴が多いのは、そういうことがあるからだ。

話は飛躍して、これはちょっと乱暴な論法になってしまうが、近代の純文学の小説って、ある意味、そんなプロテスタンティズムの価値観に適応できない、天国へ行く切符を手に入れることが出来ない不器用なタイプの人間の生きる支えのような物なのだ。
太宰治とか、芥川龍之介なんかだ。

アマゾンで『13歳のハローワーク』のレビューを覗いたら、こんなことを書いている人がいる。

「村上龍のような作家は、どうやっても、自分の仕事を見つけられなくて、引き篭もったりして悩んでいる人のために小説を書くべきなんだから、こんな内容の本を書いて欲しくなかった」

概ね、こんな意味の投稿だったと記憶しているが、村上龍って、他ならぬ芥川賞出身の小説家だったな。
『エヴァンゲリオン』は登場人物の名前に村上龍のある作品から引用されたり、何らかの関係についての考察が一部で論じられているが、『13歳のハローワーク』みたいな物を書くような奴だから、エヴァの劇場版のラストは、あんなオチだったのか?

俺は今年公開されている新装版は未見だけれど、どちらかといえば、10年前に公開された劇場版のラストには否定的な考え方を持っている(多分、新装版の同じことの繰り返しだと思うが、要するに、あれは「引き篭もりがちなオタク」に対して、外で出ることを強いるメッセージだっただろう)。

10年前、エヴァ劇場版が公開された頃は、日本の社会は金融恐慌で未曾有の不況になって、「失われた十年」の時代で、若い世代は最悪の雇用情勢に直面させられる時期だった。
そこで、本来ならば、精神的な受け皿になるべきものに叱咤されては、立つ瀬がなかろう。

俺の妄想の世界で語ってしまえば、セカイ系とか呼ばれているジュニア小説が、そんなに多く読まれるようになった背景には、既存の文学が本来の存在意義を忘れてしまって、プロテスタンティズムに迎合してしまったところがある現状に失望した読書家がそれだけ多く、今のジュニア小説はその受け皿になっていることの表れのような気がする。

要するに、みんな疲れているんだろうよ。
当の若者も、それに憎悪を募らせている上の世代も、社会に対する義務の重さってヤツにな。

きっと、前の総理大臣とその支持者が連呼していた「美しい国」とやらは、そういうことを国民に押し付ける考え方なんだろうが、思いっきり大声で言い返してやればいいさ。

日本(セカイ)は美しくなんかないんだってな。
2007/10/17 18:00|本の寸評、読書感想CM:1
 

目に見えないコスト 

20代前半で国民年金保険料を払ってるのはたったの26%!

 これは社会保険庁が9日、発表した2006年度の年齢層別の保険料実質納付率だ。今回の調査は、これまで算出の対象から除外されていた納付を免除されている失業者や猶予されている学生も含めて納付率を出した。

 それによると20〜24歳が26.9%で最低。25〜29歳が40.4%と2番目に低かった。全年齢層での納付率は49%。国民年金制度の崩壊が加速していることを浮き彫りにした。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071013-00000012-gen-ent

俺は自分のこのブログで、「基礎年金は全部税で賄うべきだ。それができないならば、もう、国が運営する年金制度なんて廃止した方が良いのだ」っていう趣旨の意見を今までに何度か述べてきた。

保険料の徴収が上手くいかないから、国庫負担の割合が二分の一に引き上げられることが目前になっているが、この調子では四分の三とか、三分の二への引き上げも通り越して、全部税で負担する制度に移行するのは、時間の問題だろうということは、論を待たない。


それでも、基礎部分の全額税方式に反対している声が未だに少なくない。そういう意見の人たちは税方式の問題点とか、モラルの低下の懸念とかを反対の理由に挙げている。

全額税方式化に移行すると、現行の制度で受給資格を持っていない、或いは今後、受給できる見通しの無い未納者に、今まで真面目に納付してきた奴の保険料を支給することになる。だから、モラルが無くなるし、まともに納付している人間にとっては、損の計算になるということだ。

そういう言い分は分からなくもないが、「目に見えないコスト」についても想像した方が良いかも知れない。

これから何らかの法改正をやって、今の制度で未納し続けている被保険者に受給資格を与えるだなんてことになったら、筋が通っていないということは当たり前な話だ。
だけれど、その道理を守ったところで、それ以外のことで、同じくらいの重さの負担が社会全体に生じることは避けられないのだ。

ちょっと考えれば分かることから言うと、生活保護などの他の福祉に老後の生活を依存する人間が増えるという弊害がある。
つまり、公的年金という枠の中でモラルを維持したところで、他で税負担が重くなるだけなんじゃないかって気がする。

或いは他の福祉の対象にすることも認めない、できないならば、コンビニ強盗みたいな犯罪が急増する社会になる。
それで、行政は治安の維持に予算を増やす必要に迫られたり、個人の生活では警備会社のサービスの利用とか、治安の良い地域を選んで、不動産の相場が高い所に住居を構えるとか、そういう負担が重くなる。

それに、生活保護の問題に話を戻すが、今の日本は財政が火の車だから、そういう福祉の支給を切り詰める必要性が高まっているが、こんな時世でも、特定の宗教団体や政党、プロ市民に繋がりのある人間の申請が通り易くなっているという問題があるよな。
今後、年金も納めず、老後の暮らしの見通しが立たない層が増えれば、その中から、そういう圧力団体に庇護を求める奴が増えてくるかも知れない。
そうなったら、選挙は広い民意を反映した結果になり辛くなって、国政も地方の議会も特定の宗教団体・思想集団に牛耳られる社会になっちまう危険だってあるってことだ。

極端な話、未納者は死刑にするとか、年金も掛けてこなくて、老後に自立した生活が出来ないような高齢者は国外へ追放・強制移住だなんていう法でもやらない限り、何か負担増になるような気がする。刑務所を建設するのだって、タダではないのだから。

だが、まさか、保険料の未納歴のある奴を総理大臣に担ぎ上げている今の国政の舞台で、そんな極端な話が飛び出すわけもないだろうし。
そんなことがホントに実行されるなら、それこそ、特定の宗教団体に政治や社会を牛耳られるような国家体制と同じだって気がする。

社会保険方式による年金制度が定着している中での税方式化すれば、「これまで保険料を納付してきた者と保険料を納付してこなかった者との公平が図りづらくなる」だなんて、誰にでも分かる話だ。

でも、それは民間企業や個人の資産運用の理屈で、「国家」や「政府」の存在意義ではない。それ言ったら、そもそも、国がやる必要なんか無いってことだ。
社会保険庁が民営化するなら、今の年金制度からの脱退希望も認めて、希望者にはこれまで徴収してきた保険料に利子つけて返すべきだろう。

今の社会の秩序やら民主主義政治やらを守りたければ、未納者にも僅かなセーフティネットを授けることを考えざるをえないような気がしている。

尤も、俺は今の日本の民主主義政治なんか、守るに値しないか、とも思っているがな。

世界には国民に信教や思想や表現の自由、選挙権などが認められていなくても、日本よりも福祉が手厚い国もあることを知ると、「そんなものにホントに価値があるのか?」という疑念すら募ってくる。

選挙権も思想の自由もあるのに、昔の自民党の田中派などのように、「国民の保険料をグリーンピアとかで食い物にしてきた国会議員を選挙で選んできた国民って、どれだけ民度が低いんだ?」って突っ込まれるだろ?

年金崩壊の危機の要因として、少子高齢化現象を取り上げる論もしつこいが、論点がずれて、勘違いしている奴が多過ぎる。

よく、結婚しない・出産しない若い世代が批判に挙がるが、「世代間の助け合い」は「産まれてくる子供の数が少ない」から破綻するんじゃなくて、「保険料を納付する支え手」が少ないことが悪いのだ。
今や年金問題は程度の低い政局の具に供せられ、第二次角福戦争だなんて、馬鹿なことを言っているが、あいつらの親世代の議員を選挙で選んだ世代は何だ?

年金の保険料が集まらないのは、そういう政治家を選挙で選んだ世代が、不況の時代に自分たちの雇用条件を守るため、リストラを避けるために、今の若い世代を年齢相応に保険料を納付できる被雇用者に育てることを怠ったツケだろ。

一概に言えることではないが、それが無ければ、生活が成り立たなくなるような世帯に対してまで言えることではないが、例えば、今は団塊世代の消費動向が注目されている時世だが、海外旅行だとか、今ある住まいとは別に不動産を買うとか、そういう消費を謳歌できるような奴に、二階部分以上については年金を支給する必要など無いとすら思う。
2007/10/16 19:34|年金、社会保障CM:0
 

ゆうちょとセゾンの離縁 

郵貯キャッシュカード、クレディセゾン「共用」打ち切り

民間カード各社が「郵便貯金キャッシュカード」にクレジット機能を付けた提携カードの取り扱いを相次ぎ打ち切る。クレジットカードの独自発行を計画するゆうちょ銀行に顧客が流出するのを防ぐ狙い。クレディセゾンが自社カードへの切り替えを促す通知を顧客に出したほか、三菱UFJニコスなどもゆうちょ銀との協議を進めている。

 セゾンのクレジット機能が付いた郵貯キャッシュカードは有効期限日までは使えるが、更新はできなくなる。ゆうちょ銀からキャッシュカードの案内が、セゾンからクレジットカードの案内がそれぞれ届く。1枚で済んでいたカードが2枚に分かれることになる。(07:02)

http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20071010AT2C0903L09102007.html

私が1枚だけ持っているクレジットカードは他でもない、この郵貯のキャッシュカードの機能のついたセゾンのカードだ。10年ぐらい前、まだ、家の自営業を手伝っていた時期に作った。

郵便局のATMの横に置いてあった申し込み用紙には、年会費無料が謳われていた。
いや、当初は「初年度に限り無料」ということになっていたかも知れない。兎に角、その当時は、年会費無料のクレジットカードなんて、あまり無かったかも知れない。

でも、消費者金融が営業を拡大していた時期で、それとタイアップしたクレジットカードというものが増え始める時期でもあったような気もする。
今更、俺が言うことじゃないが、クレジットカードにはグレードというものがあって、当然、高い年会費を負担し、信用力のある人間だけが持てるような高グレードのカードがあれば、最低ランクは消費者金融系のカードである。
確か、人生戦略会議の本で読んだ話だが、大体、年会費の額の順にランク付けされている感じがある。消費者金融系のカードなんて、キャッシング以外のことでは――買い物では恥ずかしくて使えないって言われているそうだ。

その中で、俺が持っているセゾンのカードは、年会費が無料の物の中では、上の方に位置しているらしい。
以前、契約社員で働いていた友達で、このカードを持っている人がいたが、流石に無職では難しそうだが、そんなに入会の審査は厳しく無さそうだ。
「消費者金融のカードなんて恥ずかしくて嫌だけれど、でも、正社員で働いていないし、大した資産家ではないし、年会費が掛からない方が良い」っていう考えの人にはうってつけのカードだとは思う。

でも、グレード云々よりも、地域のどこにでもある郵便局のATMのキャッシュカードの機能が付いていて、1枚で用が足りる利便性を買って、今まで使い続けてきたようなものだ。
それが分離するなんて、「面倒臭いな」としか思わないし、ゆうちょ銀行が独自に発行するなら、そっちに入会したいところだな。

もし、今度の「離婚話」がセゾンの方から先に出たなら、それこそ、顧客の流出に歯止めを掛けられないような気がするんだが、どうなんでしょうね?
2007/10/13 19:07|経済CM:4
 

コンビニ・パニック! 

ここ最近、コンビニエンスストアに関係した事件のニュースを目にすることが多い。
おにぎりを万引きした老人が、店員に追いかけられて自殺したとか、店員が万引きした奴を殴ったら、打ちどころが悪くて死んだとか、逆に店員が返り討ちされて、死亡するとか。

失業とか、近年の貧富の差を拡大させる経済政策とかのせいで、生活苦が犯罪に手を染めるきっかけになったケースも増えているのかも知れない。

それにしても、下記のニュースを読むと、馬鹿な奴らだと思う。

200人が最後の別れ=コンビニ店員刺殺−大阪

大阪府寝屋川市のコンビニで万引きした少年2人を追跡し、刺殺されたアルバイト店員上内健司さん(27)の告別式が9日、同市内の斎場で営まれた。友人ら200人以上が参列し、上内さんと最後の別れを惜しんだ。
 出棺の際、会場では上内さんが一番好きだったミスターチルドレンの「花」が演奏された。参列者によると、上内さんの父親は「来てくれて、ありがとうございました」と言葉少なにあいさつ。母親と姉は泣き崩れていたという。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071009-00000068-jij-soci

こんなことを書いたら怒られそうだが、加害者の少年も馬鹿だが、殺害されたアルバイト店員もそうだ。どっちも端金のために、若いのに自分の人生を棒に振ったのは、同じことだな。
自分がオーナーの店なら兎も角、店員は安い時間給で扱き使われているだけで、そんな正義感を持つ義理なんか無いのに、なんだって、そんなに店・会社に忠実な番犬の真似ができるのかって思う。

以前、テレビで、試験的に開かされた無人のコンビニエンスストアという店を見たことがある。要するに、店の中は全部、自動販売機みたいになっているんですね。
でも、外国人(白人)がコメントしていたが、「私の国でこんな店があったら、ハンマーで壊されて、商品も金も根こそぎ奪われてしまう」って笑っていた。
これは何年か前の話だが、ちっとも流行っている気配が無いことを考えると、やはり、今の日本でも防犯上の問題がネックになって、できないってことなんだろうか。

ましてや、今はATM(現金自動預け払い機)なんて物を置くようになったから、尚更、強盗の襲撃の危険が高いだろう(10月8日は、『コンビニATMの日』なんだそうだ)。

その上、民営郵政のリストラクチャリングで、郵便局が減った分、コンビニ店員は郵便局員の真似事までやらされることが増えてくるだろうし。この調子じゃ、保険や投資信託の取り扱いも始まりそうだ。
そのうち、コンビニの表に警備員が立っている風景が見られるかも知れないな。

確か、セ○ムの警備員だって、そこまで窃盗犯・強盗を追いかけるようなことはしないのに、何で素人のコンビニ店員がそんなに命の危険を冒さなければならないんだって、疑問に思いますわ。

しかし、コンビニの仕事は、アルバイトは安い時間給なのに、覚えなければならないことが多そうだが、加盟オーナーだって、本社のロイヤリティ搾取が酷くて、自分の手元に手取りが僅かしか残らないのに、拘束時間が長い。
こういうのは大抵、夫婦での加盟を募集しているが、一度開業すると、夫婦で一緒の時間に食事したり、寝起きすることはまず、できなくなる。それで、家庭が崩壊するケースも続出なのだ。
本社の幹部候補正社員とて、酷い激務を強いられている。

確か、ローソンだったかな。1年ぐらい前のことだ。
「子育て応援」キャンペーンとか言って、何か買い物すると、ミッフィーの絵皿がもらえるキャンペーンみたいなことをやっていた。
昨今は国が出生率を上げることを国策にしているから、自分の会社の売名のために、それに便乗する有名企業が業種問わずに多いが、ローソンもその口だったんだろう。
上に書いたような業界の実態を少しでも知っていれば、失笑させられるだけだ。お前の会社は従業員の生活を少しでも思いやっているのか、って聞きたくなる。

尤も、ローソンは既に24時間営業体制を廃止している店舗が一部あるそうだ。
2年ぐらい前のニュースだが、「2年後を目処に、一部店舗で24時間営業体制を廃止」っていう記事があった。つまり、今年のことですね。
その理由は加盟店オーナーが高齢化して、後継者もおらず、体力的に営業が厳しいからなんだそうだ。

きっと、同業他社も同じ問題を抱えているだろうな。若年層の人口は減少しているし、ここ1〜2年、景気回復で他の業種の求人が幾らか増えているから、コンビニに限らず、他業種と比較して、待遇の悪い小売・流通系の業種は求人を出しても人が集まらなくなりつつある。
どこの会社だって、24時間営業を続けられなくなる店舗が増えてくるんじゃないかって気がする。
2007/10/10 23:00|経済CM:0
 

子供の騒音 

公園の噴水遊びは「騒音」 訴え認める 東京地裁支部

東京都西東京市緑町3丁目の「西東京いこいの森公園」にある噴水で遊ぶ子どもの声やスケートボードの音がうるさいとして、近くに住む女性が市に対して噴水の使用とスケートボードで遊ばせることをやめるよう求める仮処分を申請し、東京地裁八王子支部がこれを認める決定を出していたことが分かった。決定は1日付で、市は2日から両施設の使用を中止している。

 市によると、噴水は地面に埋め込まれた噴水口から水が断続的に噴き出し、水の間を縫って遊べる構造になっている。女性の家は公園に隣接し、噴水からは数十メートルの距離にある。都条例で同地域の騒音規制基準は日中で50デシベルと定められているが、市が女性宅付近で測定したところ、噴水で遊ぶ子どもの声が60デシベル、スケートボードの音が58デシベルと、ともに基準値を上回っていたという。

 女性は心臓などを患い療養中で、噴水で遊ぶ子どもの声などが精神的苦痛をもたらすと主張。これに対し、市は、子どもの声は基準値を超えても受忍限度を超える騒音にはあたらないと主張していた。

 決定書では、基準値を約10デシベル上回る現状は女性に苦痛をもたらしていると認め、市は工夫次第で子どもたちが歓声を発することのない形の噴水を設けることは可能だったとした。

 市は「決定に従って使用を中止したが、今後については弁護士と協議して、対応を検討していく」としている。

http://www.asahi.com/national/update/1005/TKY200710050168.html

上の記事について、訴えた女性のことを自分勝手だと批判する意見も少なくないが、俺は同情的な感想を持っている。
元から騒音がある場所へ後から移住してきて、文句を言っているなら兎も角、先に自分が住んでいる家の隣に騒音の原因になる物を作られれば、腹が立つのも道理だろう。

こんなことを書くと、思いやりがないとか、冷たいとか、「子供なんだから、もっと大らかになれ!」などという批判がくるんだろうが、そういう精神的な議論で片付けられないと思う。
都会には子供をノビノビと遊ばせる土地なんかないんだから、そんなところで産み育てられないってことだ。
いや、今の日本の国そのものが、人が多過ぎるせいで、環境が悪くなっているんだから、軋轢はどうしようもない。国も個人も、経済的に無理を圧して、「子供、子供。人口の目減りを阻止しなければ」なんてことを考えるのは、しばらく止めた方がいいとすら思う。

最近、「モンスター・ペアレンツ」という俗称で、学校に理不尽な苦情を言う保護者や地域住民のことが問題視されている。
今は運動会・体育祭のシーズンだが、音楽や放送がうるさいっていう苦情がくるから、学校行事の運営も難しくなっているそうだ。

でも、確かにうるさいと思う。だから、学校の近くの住宅物件は相場が安くなる嫌いがあるんだそうだ。
幸い、俺が住んでいる家の近くには、そういう施設が無いのだけれど、すぐ近所だったら、運動会のシーズンは、ウンザリさせられると思う。

誤解しないで欲しいが、年に1度ぐらい、校庭が賑やかになる日が一日ぐらいあっても良いだろう。
それよりも、運動会の当日だけでなく、それ以前に行われる練習の日々だ。
自分の小学校時代を思い出すと、運動会の直前は一ヶ月くらい、学年単位で色々な催し(よく分からないダンスとか)の練習を毎日、何時間もやらされていたけれど、動きがトロいと、教師の汚い罵声が拡声器を通して、何度も何度も飛んできた。
近所に住んでいる大人だって、日中、そういう怒鳴り声を何度も聞かされると、自分が怒られることでなくても、気分が悪くなるだろう。
運動会のシーズンになると、そんなことが何週間か続くのだが、「うるさい!」って苦情を言う奴が、どこにでもいるのが当たり前だと思うわ。
2007/10/07 23:00|生活、モラル、マナーCM:0
 

バラマキ 

今更だけれど、前の宰相の安倍が所信演説の直後に辞任した無責任ぶりには、それなりに呆れた。
そのまま続行させていれば、松岡みたいに自殺したかも知れないが。そういえば、その頃は「自殺予防週間」の期間中だったんだけれど、自殺する人間の気持ちが身をもって知って、少しは国民の生活を省みるなら、もう少し国の舵取りを任せても良かったのかも分からないがな。

氏の辞任後、その脱税疑惑を指摘した週刊誌は以前、隠し子がいるなどという説の記事も掲載したそうだ。
正妻のアキエとの間には子が生まれていないが、田中真紀子から「種無し南瓜」などと揶揄されたことがある。

前も同じことを書いたが、率直に言うと、美しい国一派の思想・価値観が濃い社会では、離婚歴のある小泉純一郎とか、父親になって、子供を育てた経験のない安倍晋三みたいな奴は、人間性に何か問題があるという疑いの目で見られ易くて、とても総理大臣なんかにはなれない筈なんですよ。
昔、今とは違って、生涯非婚を通す人が少なかった・珍しかった時代は、結婚していないだけで、社会では「身体が弱いのか?」っていう目で見られるのが当たり前の雰囲気だった。

それで、ホントに健康上の理由で、こんな辞め方になって、国益を損ねたのだ。
そういう保守的な価値観の持ち主が、少子化対策のために、そういう価値観の復古を考えていて、こういう身体の弱い奴を総理大臣に担ぐだなんて、矛盾もいいところ、頭がどうかしていると思ったものだ。
こんな身体の弱い奴を宰相職に推した者は、責任を取れっていうんだ。

さて、安倍内閣の政治に不信感を抱いた有権者の票を集めて、7月の参議院選挙で大躍進の民主党だが、子育て支援のマニフェストはどうかと思う。
国民年金(基礎年金)の完全税方式化を言う発想がある奴が、「何でこんな愚策を言うのかな?」と、これも首を傾げたくなる。

民主「子供手当法案」固まる 一人に月2万6千円支給

民主党の参院選マニフェスト(政権公約)の目玉の一つで、今国会への提出をめざす「子ども手当法案(仮称)」の概要が3日わかった。中学校修了までの子ども一人につき、国が月2万6000円を支給することが柱で、親の所得制限や国籍要件は設けない。財源として5兆8000億円が必要と試算した。

 3日の同党「次の内閣」で大筋で了承され、今月中旬までに法案化する。法案は「子どもの成長および発達」を目的としている。支給額は、子どもに食費や教育費などで月約2万5000円かかるという各種調査の試算をもとに設定した。

 現行の児童手当は、国と地方、事業主らが負担する。3歳未満は月1万円、小学校修了までは第2子までが月5000円、第3子から月1万円で、会社員世帯(親子4人)であれば年収860万円未満など所得制限もある。

http://www.asahi.com/politics/update/1003/TKY200710030343.html

「安倍晋三」で思い出したが、『美しい国へ』という著書で、『三丁目の夕日』という映画をプロパガンダに用いていた。
以前、俺はこの映画の下らなさを指摘する感想文を記事にしたが、どうも、現代の人間がノスタルジーでこういうテーマの作品を作ると、押し付けがましい内容の駄作になりがちなのかなと思う。
大体、「人情」とか、「貧しい時代を逞しく生きた人」とか、そういうものを観たければ、その時代にもっと近い頃に制作された作品を見た方が良いだろうに。

ここでひとつ、古い映画を挙げるが、『キューポラのある街』という作品がある。
埼玉県南部の工業都市で、鋳物の町という呼び名でも知られる川口市が舞台なんだけれど、 主人公の中学生の少女ジュンは、鋳物職人の父が解雇されたことによって、家庭の経済的な苦境のせいで進学を断念させられそうになる境遇で、様々な社会問題に直面しながら、自分の人生を前向きに切り開く道を模索していく過程を淡々と描いた内容は、『三丁目の夕日』などよりも、よっぽど秀逸だと思う。

監督:浦山桐郎
出演者:吉永小百合、 浜田光夫、 北林谷栄、 東野英次郎
収録時間:100分
レンタル開始日:2004-08-06

Story
浦山桐郎監督のデビュー作であり、吉永小百合が18歳という若さでブルーリボン賞主演女優賞に輝いた作品。埼玉県川口市を舞台に、貧しくも、たくましく明るく生きていく若者たちの姿を等身大で描く。 (詳細はこちら

今日のテーマからは逸れるので、拙評を多く書くことはしないが、この作品の中で、気になったことをひとつ取り上げる。
ジュンの家庭はオヤジの転職が上手くいかないから、経済的に苦しい。
だから、進学はおろか、修学旅行も行かれなくなりそうだった。しかし、旅費の集金日の直前、担任の教師から思わぬ話を聞かされる。
所得の低い世帯には、川口市から旅費の補助が出るというのだ。
担任教師はその金が入った封筒と領収書をジュンに手渡し、「明日のホームルームで、集めることになっているから、ご両親の判をもらってきなさい」などと告げる場面だ。

俺が疑問に思ったことは、「何故、わざわざ、生徒に一度、預けるようなことをするのか?」ということだ。
ジュンのオヤジは、昼間から飲んだくれていて、妻子に暴力をふるうことは日常茶飯事だ。
21世紀の今も経済的に不安定な家庭で、家庭内暴力が起こり易いという社会問題があるが、そんなバイオレンス亭主は子供が学校から、何かお金を受け取ってくることを知れば、力で取り上げて、自分の遊興に使い込んでしまいがちのような気がする(この映画では、そういう展開にはならなかったが)。
近年は給食費を納付しない世帯の問題もあるだろう。
こういう環境の家庭がある限り、お小遣いバラマキ型の福祉は本来の目的を果たせないってことだ。

終戦から間も無い高度成長期でも、21世紀の格差社会でも、日本の国の行政が本来の目的のために使われない恐れのあるバラマキ型の福祉をやる体質は大差ないみたいである。
単刀直入に意見を言えば、児童手当てなんて出すくらいなら、給食費とかを無料化するべきだ。
そうしてやった方が学校の先生だって、集金の手間の煩わしさから開放されて、他の仕事への支障も無くなるだろうに。
国民年金だって同じことだ。基礎部分は全部税方式にした方が、徴収や記録の作業を簡素化して、行政の効率化になるというのに。
だから、その年金の完全税方式化を公約にしている政党が、児童手当の増額を言い出すなんて、二律背反に見える。

思うんだけれど、日本人の国民性がこんな制度を存続させているのだろうな。
行政から何らかの福祉を受給する層の全てが、現金を手渡されて、それを生かす使い方ができる、自立した人ばかりという前提なのだ。
でも、世の中、しっかりした人ばかりでないし、それを直すなんて不可能に近いから、年金の未納も児童手当を自分の遊びに使ってしまう馬鹿親もいなくなるわけがない。
年金の未納期間がある福田が総理大臣になってしまっている現状なら、尚更だろ?

例えば、基礎年金を税で全て賄うことを反対している人の中には、「自分で納付という手続きを踏まない制度は、生活保護と同じで、国民の意識を低下させる」みたいな意見がある。
なまじ、モラルの高い人間が反対するから、行政の福祉が本来の機能を果たさなくなるのではないかっていう印象すらある。
そんなに意識が高くない人が多過ぎるから、様々な問題が多いし、それを叩き直すことなんて不可能なんだから、モラルの低い人が多いことを前提に何でも制度を作らなければならないと考えている。

いずれにしろ、高々、月2万6千円の児童手当よりも、将来に希望を持てるような社会を作ることに予算を割くことを考えろって思うが。
2007/10/06 18:00|政治CM:0
 

電子マネー詐欺事件と郵政民営化 

<円天被害>相談の5割は60歳以上 退職金つぎ込む例も
10月5日15時3分配信 毎日新聞

 独自の電子マネー「円天」を売りに巨額の資金を集めた健康寝具販売会社「エル・アンド・ジー」(L&G、東京都新宿区)の出資法違反事件で、過去10年間に国民生活センターに寄せられたL&Gの被害相談1125件のうち、60歳以上からの相談が約5割を占めていることが分かった。消費者問題に詳しい弁護士は「資産があるのに投資や金融システムに疎い高齢者が狙われる。核家族化で周囲に相談出来る人がいないのもつけ込まれる一因ではないか」と指摘している。  L&Gは数年前に円天を導入して会員を増やし、約5万人から1000億円前後を集めたとされる。国民生活センターによると、L&Gを巡る被害相談や問い合わせは、97年度から03年度まで100件未満で推移してきたが、同社が円天システムの前身とみられ、ポイントをためる「あかりポイント制」を導入した後の04年度に115件と、初めて100件を突破した。うち76件(66%)が60歳以上からの相談だったという。  相談件数は05年度241件、06年度244件で推移。60歳以上の相談は117件(48%)、151件(61%)で、いずれの年も高い割合を占めている。今年度(9月27日現在)も174件のうち99件(56%)が60歳以上からの相談だという。  L&Gに限らず、出資を勧誘する業者を巡る高齢者からの相談は増加傾向にある。大型詐欺事件が相次いで発覚し、相談件数が多かった01年度は60歳以上からの相談が全体の16%にとどまったが、05年度は33%、06年度は35%に上っている。  センターは「退職したばかりの人が『配当金で生活していくために』と考え、退職金をつぎ込んだりするケースが少なくない」と分析している。【曽田拓】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071005-00000064-mai-soci

和牛商法、オレンジ共済、近未来通信など、この手の詐欺は後を絶たない。
円天・L&Gは「買い物で使っても残高が減らない電子マネー」を餌に出資者を募っていたが、子ネズミが増え続ける前提が成り立たなければ、たちまち破綻の憂き目を見ることなど、少し考えれば明らかではないですか。

何故、こういうものに虎の子を注ぎ込んでしまう人が、いなくならないのだろうか?
今日はそのことについて、馬鹿猫の稚拙な考察を書いてみよう。

一言で指摘すれば、教育の問題なのだ。誤解しないで欲しいが、「金融リテラシーを身に着けさせるために、教育現場で株式投資の授業をやるべきだ」などという次元の話ではない。

話を少し飛ばすが、とどのつまり、「国家」という概念・その本質は、こういう「ねずみ講」を合法的に執り行ない、それを少しでも長続きさせるために国民を奉仕・納税させるシステムそのものに見える。

国家ぐるみで偽札を作っている北朝鮮。
株価が下がれば、輪転機を回して、株式を買い支え、国民の消費を煽り続けている米帝。
そして、財政が破綻状態に近く、役人が自分たちの不正・使い込みを棚に上げて、年金制度の存続が厳しい原因を若い世代が子を産まないことのせいに摩り替えている日本。

とどのつまり、どこの国だって、政府が運営している「ねずみ講」の破綻を先延ばしに貢献させるために、教育やメディアなど、様々な手段で国民を洗脳している構造は変わらないように見える。
日頃から、その類の洗脳に浴しているから、そういう誘惑に対する抵抗力が低い人間が世の中に多いのも道理という気がする。

今月1日、郵政は民営が始まったが、ここで改めて、警鐘を発する論者が多い。
将来、郵貯銀行と保険会社の株式が外資に売却されると、350兆円の国民の金融資産が米帝の資本家に強奪されることになる。その結果、本来、日本の国民の福祉のために用いられるべき原資が、米帝の軍事費や向こうの国民の消費を下支えするための資金になってしまうのだから、売国改革だったという話だ。

大きな双子の赤字を抱えている米帝が、今のところ破綻・没落を避けられているのは、ドルが何とか基軸通貨の地位を保っているからだと思うが、それは日本人の金で買い支えられているお陰でもある。郵政の民営化もそういうことの一環として、売国奴のコイズミやタケナカを介して推進されたのだと思う。
アメリカ人のねずみ講を少しでも長続きさせてやるためということだ。

郵政民営化の口実は、不要な公共事業の温床を取っ払うために、その原資になる金融資産を様々な投資対象に分散させることを促すことだ。
しかし、こんなに国の借金が膨らみ過ぎている現状、個人金融資産の流動化をやれば、財政が破綻してしまうことも懸念されている。
右も左も、民営化に反対している論者の指摘はそんなところだ。

しかし、どうなんでしょう?
所得格差の拡大によって、貯蓄ゼロの世帯の数が増えている。
ましてや、近年は昔と比べて、比較的小さい資金で様々な投資対象(FX、商品先物、株価指数先物、不動産)での運用の敷居が低くなっている。
民営化を止めたところで、或いは郵貯銀行の株式を外資に売却することを禁じたところで、どのみち、反対派が懸念しているようなことが起こる確率は変わらないような気がする。
リスクとリターンのバランスを勘案して、お金が有利な場所に流れることを止められないのだ。

過疎地の郵便局のサービスの便が悪くなれば、自分の虎の子を壷に入れて、庭に埋めて隠さなくてはならなくなる金融弱者がいるだなんて言われている。
そういう高齢者を狙った新手の詐欺がまた、出てくるような気はするが。
2007/10/05 22:35|汚職、経済犯罪CM:0
 

海に排泄物を垂れ流しても怒られないわけ 

ペットボトルが命綱、船から転落・一晩漂流の男性救助

岩手県釜石市沖を航行中のタンカーから真夜中の海に転落した男性甲板員(28)が、空のペットボトルを浮輪代わりに一晩漂った末、3日朝、漁船に救助された。

 釜石海上保安部によると、男性は2日午後10時半ごろ、釜石市の御箱埼灯台沖約9キロを航行していた「さくら丸」(2997トン)の甲板で用を足していて転落した。同保安部などの捜索では見つからなかったが、3日午前8時半ごろ、灯台沖約20キロで漁船に救助された。意識ははっきりし、命に別条はないという。

 男性は救命胴衣を着けていなかったが、転落直後に取っ手付きのペットボトル(容量2〜3リットル)を見つけて体を浮かせた。発見時は片手でペットボトルをつかみ、空いた手を漁船に向けて振っていた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071003-00000516-yom-soci

年に1度、行くか行かないかぐらいの頻度なんだけれど、私は北海道へ旅行に行く時は、大洗と苫小牧の間を結ぶ航路のフェリーを使っている。
その航路は釜石の御箱埼灯台の沖も通っているが、船旅中に甲板から海面を見下ろすと、ゴミが漂っているところはよく見かけるものだ。

フェリーの船内のどこかに貼ってある札にも書いてあったが、海にゴミを投棄することは環境に悪影響があるから好ましくないことは言うまでもないが、刑事罰の対象なのだ。

上の記事に出てくる甲板員の男は多分、甲板の船縁で海に向かって立小便をしたのだと思うが、ゴミの投棄が罰則の対象なら、排泄物を海に垂れ流すことだって同じことだろう(現に陸の上での立ち小便は、軽犯罪法や刑法第142条の浄水汚染、同第261条の器物損壊等で処罰される可能性がある)。
そのことについて、事情聴取を受けているかどうか、気になるところである。

しかし、この男は誰かが不法に投棄したゴミを掴んだおかげで、命拾いをしたわけだ。

その辺の公道にゴミを捨てる者の中には、こんな理屈を言う輩もいるのだ。
「俺がゴミを捨てているから、清掃の仕事に就く人間が必要になる。それで、雇用が増えるのだから社会に貢献しているのだ」

上の記事の内容のニュースを読むと、そういう理屈が助長されるような気がする。
「誰かがゴミを捨てたお陰で、一人の漂流者が命拾いをしたじゃないか。だから、海にゴミを捨てることは悪いことじゃないんだ」ってね。

どこの海運会社なのかは知らないけれど、だから、海に立小便をしても、お咎め無しなんだろうか?
2007/10/04 08:00|生活、モラル、マナーCM:3
 
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