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山田先生。いい加減にして下さい 

先週の木曜日だったか、金曜日のことだ。
テレビのニュース番組を観ていたら、国立社会保障・人口問題研究所が、「2030年には全国の世帯数の3分の1が単身世帯になる」という見通しを公表したという話が取り上げられていた。

http://www.ipss.go.jp/pp-ajsetai/j/HPRJ2008/t-page.asp

結婚しない人が増加しているんだから、そうなるのは道理だってことはとっくの昔から論じられてきた。何故、今の若い世代の間で結婚しない人の割合が高くなってきているのかという原因について、多くの識者がそれぞれの見解を披露している。
人口が減る現象の国や社会に与える影響についても議論百出だけれど、下記の記事にご登場の山田先生は無論、「悪影響がある。対策して、食い止めなければ」という意見の立場である。

“規制”緩和で格差噴出…今話題の「婚活」って?

略語といえば、ローマ字が人気だが、日本語でも最近、こんな言葉が話題になっている。ズバリ「婚活(こんかつ)」。「就職活動」を「就活」というように、「結婚活動」を略したのが「婚活」だ。名付け親である東京学芸大学教育学部の山田昌弘教授(50)に、その実態を聞いた。

 「先日も『ウチの子は何で結婚できないのか』というテーマで講演したら、ドッと人が集まりましたよ」

 こう語る山田教授は、「学卒後も基礎的生活条件を親に依存している未婚者」を意味する「パラサイト・シングル」の名付け親として知られる家族社会学者。取材で「結婚活動」というテーマについて聞かれ、「『就職活動』は『就活』だから『結活』? いや、発音しにくいから『婚活』にしたら」と提案したのがきっかけ。このほど少子化ライター、白河桃子さんと共著で、『「婚活」時代』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)も出版した。

 その「婚活」だが、よりよい結婚を目指して、合コンや見合い、自分磨きなど、積極的に行動すること。「よりよい」とはいうが、2005年の国勢調査によると、30−34歳の男性の47.1%が一度も結婚しておらず、「結婚」自体のハードルも高いようだ。

 こうした現象は、略語のたとえだけでなく就職(仕事)と同様の背景、問題点を抱えている。別表=左下=のように、1980年代までは、さまざまな規制(枠組み)の中で流れにのっていけばなんとなく就職、結婚できるようなシステムが存在していた。

 たとえば、就職も学校(先輩)経由で斡旋されたり、就職協定で内定数の制限があったり、結婚では職場で総合職の男性と一般職の女性の出会いがセッティングされたり、恋愛=結婚という“規制”があったり…。だが、90年代ごろからその規制が緩和され、男女交際では、付き合っても結婚しないとか、いろいろなライフスタイルが選べるといった意識の変化が広がった。

 「経済と一緒で、規制がなくなり自由になれば競争も厳しくなり、一気に格差も噴出する。仕事で全員が正社員になれないように、結婚でも何回も結婚する人がいれば、彼女も彼氏もいないという人も出てくる」というわけだ。

 だが、本人たちの意識は「じっとしていれば結婚できるだろう」と以前と変わらず、取り残されていく。本人たちも深刻だが、「何で結婚できないんだろう」と思う親、また、少子化による産業など社会への影響も大きい。では、親や職場の上司らは、どうサポート、対処すればいいか。

 「職場ならコミュニケーション能力を磨かせる訓練を常にする、家庭なら男でも家事の手伝いをさせる…とくに、望めば結婚できた時代を過ごした親が意識を変え、結婚するためには“活動”しなくちゃいけないと仕向けるべき。女性に関してはとにかく高望みを捨てさせるのが基本。自分も働いて生活することを覚悟しろと言い続けなくてはいけない」

 そして山田教授は「本来は少子化対策として、国が婚活支援をするべきなんですが、プライバシー介入だと口をつぐむ」と国のふがいなさも指摘する。福田首相! 「婚活」支援で、名誉挽回なんてどうです!?

それで、それを阻止するために、国がやるべき政策とかを前々から提言している。

私が思うに、出生率が下がることをある程度、抑制する政策だが、保守的なやり方を引っ込めて、フランスやスウェーデンみたいに個人主義を容認していくやり方に向かっていかなければならないんじゃなかろうか。
経済の仕組みが似ている先進国を比較すると、保守的な社会の国ほど、出生率の落ち込みが際立っている。
両親が揃っていないような家庭、片方の親が異なる兄弟姉妹っていう子供が珍しくないような社会にしない限り、殖えないと思うぜ。

この先生の主張を要約すると、どちらかというと、そういうことも前提に対策を求める内容、つまり、リベラル色寄りで、社会保障・福祉は家族主義レジームを改めて、行政はもっと若い世代を支援しなければならないっていうような意見だと思う。

私は国の人口・出生数の増減など二の次だが、それには同意できることもあるのだけれど、この山田という学者の発言や書いている物には、前々から何か不快なものを感じてきたのである。
何が不愉快にさせられているのか、今回の記事を読みながら考えてみたんだが、はっきりと文章にすることができた。

例えば、正社員で就労できない奴が急増している社会現象、フリーターやニートの問題について、色々な意見を聞き集めてみよう。
まぁ、当の非正規雇用やニートに同情的な意見もあれば、政府の経済・労働政策の失策を批判する意見もあるが、教育や家庭の躾の欠落に原因を求める考え方もあるだろうし、個々人の怠惰な態度に責任を帰する意見もあるだろう。

この山田はバブル崩壊後の社会で、正社員で就労できない人が増加する社会的要因をさんざん説いてきた。椅子の数が激減してしまって、どうしても、そこに座れない人数が大量に溢れることの必然をよく論証してきた立場なのに。
それを認識した頭で、どうして、そんなに非正規雇用者などに侮蔑的な目線を投げかけられるんだろう?

大学教授のクセに馬鹿なのか、って思う。言っていることが矛盾だらけなのだ。

『パラサイト・シングル』の理論も破綻していた。
「親元に同居している若者は自由に使える金が多いから、自動車を買ったりしている」などと書きながら、「パラサイト・シングルが増えると、自動車などの消費財の需要が減ってしまうから、日本の景気に悪影響だ」などと書いていたのだ。
じゃあ、パラサイト・シングルが減って、不動産投資をやっている奴ばかりが潤う社会と、パラサイト・シングルが増えて、あらゆる消費財が売れる社会のどちらが好景気になるの?
小一時間、問い詰めたいわ。

これでは、社会学者というより、センセーショナルな用語を作って、世間の耳目を引くのが上手いだけの物書きに過ぎないだろう。
俺がこんなことを書いても、褒め言葉になるだけだ。
何故なら、その節があるからな。どういうふうに本を書けば、よく売れるのか、証券会社のアナリストだか、何だかの意見を参考に聞いているような話もしているからな。

大体、


「女性に関してはとにかく高望みを捨てさせるのが基本。自分も働いて生活することを覚悟しろと言い続けなくてはいけない」


こんなことを説いたら、余計に結婚に向かわなくなると思うぞ(笑)

大学で教鞭を取っている人間がこの程度なんだから、この国の国民のレベルは推して知るべしである。

まぁ、ここのブログの読者はそれなりにリテラシーのある方が多いだろうが、格差社会になっていくと、経済力とコミュニケーション能力が高い人ばかりが結婚して子供を産んで、そうじゃない弱者は皆、子孫を残せずに絶える、って一概に言えると思う?

俺はそうとも言い切れないと断言するだけの根拠があるぜ。

次回の記事タイトルは、「ダーウィニズムのパラドックス」です。
「乞うご期待」せずに待っててね(笑)
2008/03/16 20:00|家族政策、子育て、ジェンダーCM:1
 
コメント

山田なんぞ、電通でコピーでも書いてりゃいいんだが。
風太郎 #hE4kmW4M|2008/03/17(月) 01:27 [ 編集 ]
 
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